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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

夢見るフランス絵画 印象派からエコール・ド・パリへ

兵庫県立美術館「夢みるフランス絵画」展に行く。
どなたかのコレクションで「印象派からエコール・ド・パリへ」という副題がついている。
行く前に@aya34さんのブログ「雑雑日記(a)」で情報をいただき、「ルノワールの『タンホイザー』のコレクターのか…!!」と期待してでかけたわけです。
@aya34さんの感想はこちら
ありがとうございますw

『タンホイザー』は2010年の「ルノワール 伝統と革新」に展示されていたが、それ以前にわたしはホテルオークラ夏の恒例アートコレクションでも見ている。
「ルノワール 伝統と革新」の感想はこちら

アートコレクション2007年の感想はこちら

今回初めて絵葉書が出たので、入手できて嬉しい。
わたしは絵葉書コレクターなのですよ。
さて細かく見てゆこう。

第一章 印象派とその周辺の画家たち

セザンヌ イル=ド=フランスの風景 緑が濃いが徐々に後の分割された情景が露わになってきている。

セザンヌ 大きな松と赤い大地 これは日本の松とはまた違う感じ。
セザンヌ《大きな松と赤い大地(ベルヴュ)》

レスピーギの「ローマの松」はアッピア街道にある松だったと思うが、あれもまぁ和風な松とは違うものなあ。
枝の張り方が違うね、この松。というかちょっと枯れてないか。
そして遠くに家が見えるのだが、家の窓の配置がうさこ(ミッフィー)してますな。
こういう小さい発見が楽しい。
イメージ (3)

シスレー サン=マメスの船着き場 実はこの絵が最初に出て来たのですよ、展示では。
土手の湾曲がいい。船は左にまるでアーチが並ぶようにそこに連なる。湾曲の奥に木々や町が見える。

モネ ヴェトゥイユの柳 これまた日本の柳とは違い、枝垂れではない。柳ではなく楊かもしれない。そういえばヨーロッパ中世の楽曲に「ウィラウィラ」というのがあり、リュート演奏するのだが、これは「柳、柳」という意味。

モネ エトルタ、夕日のアヴァル断崖 人気スポットだが、こうして見てみると悪魔が水飲みしてるような姿に見えるな。
妙にペプシのコマーシャルでの「桃太郎」の世界観に近いような気もする。
モネ《エトルタ、夕日のアヴェル断崖》

モネ レ・ムレット(小さな積藁) 小さい藁を集めた△ものがぞろぞろ。それがみんな←向きに立つ。まるで積藁一族が夕日を一斉に拝んでいるようにも見えるし、昔の映画の「未知との遭遇」の1シーンのようにも見えた。

モネ 睡蓮のある池 緑に黄色にドドメ色が混ざる。花も少しは咲いているが、藻が繁殖しすぎたのかもしれない。この絵は分割されたそうで、その右側部分。
モネ《睡蓮のある池》

ルノワール タンホイザー 第一幕と第三幕 タンホイザー、美神に溺れておるのう。
ヴィーナスもニンマリしつつ男を破滅に向かわせている。そのパール色の肌で。
こうなると美神というより女妖、女怪のクチですなあ。
イメージ (5)

ルノワール 宝石をつけたガブリエル むっちりガブリエルが宝石を身に着けている。
瑞々しさに満ちた肉。脂がはじけそうな若さ。そこに緑玉の四重ネックレス。
ガブリエルは鏡を見ながら髪に薔薇もあててみたり。
若い女のナルシシズムも写し取られているが、決してそれはいじわるなものではなく、温かな目で捉えられている。
だから見る側もいい感じに眺める。イメージ (6)

ルノワール アンリ・ベルンシュタインの肖像 これは劇作家の男性。唇は甘い。素敵な手をしている。わたしは男性の白い手にときめくので、アンリさんにどきっ。
ベルンシュタインは琥珀の意味だったと思う。

ルノワール ド・ガレア夫人の肖像 長椅子でくつろぐ上流階級の婦人。背景には孔雀らしき鳥が散歩する野を描いた大きな絵が飾られているようだ。
夫人は青パール色のドレスを着て、髪にも首にも指にも宝石装飾をつけ、ゆったりとこちらを眺める。大きく開いた襟ぐりからは豊かな肩がみえる。
とてもゴージャス。イメージ (4)

ルノワール 花を摘む裸婦 ふっくらした美人。顔に何やらなじみがある。本宮ひろ志の作中美人に似ている。立ちながらばらか何かの木花を摘む。

ルノワール アネモネ 赤と白とを瓶に活けている。可愛い花。

ボナール トランプ占いをする女 黒服に黒いヴェールの帽子を冠る女が、頬杖をついてこちらを見る。観客はこの女とトランプ占いをした対象になる。
1905年、パリのどこかでこんなこともあったろう。

マルケ ナポリ湾 いかにもマルケ色の風景。クリームの解けたソーダ色の海と、同じ色に包まれたヴェスビオ火山。灰のせいでこうなったのか、それとも違うのかはわからない。
手前には木の色を示す船が並ぶ。
マルケの展覧会も見たいなあ。


第二章 革新的で伝統的な画家たち

ルオーから始まる。農婦、ピエロといった疲れた人々が描かれている。
しかし二枚の「少年」像が目を惹いた。

ニコデモ パリサイ人ではあるがイエスの遺体引き取りを願い出て、葬列に参加する。
「災いなるかな、学者たるパリサイ人よ」だったかな。
少年の面影が濃く、ややうつむいた顔は面長。

ピエロ そのニコデモの隣にある絵。こちらも面長でニコデモによく似た顔。彼はニゴモをみつめている。
こんな絵の並べ方にはときめきがあるなあ♪

ルオー 装飾的な花 これはタイトル通りだし、それもさすが元はステンドグラス職人だという感じがある。正直なところこうした作品は絵よりも工芸品で手元に置きたい。

ルオー 聖書風景・夕 緑と黄色が混ざり合う風景色。実際に聖書にこんな風景があるのかどうかは知らないし、またいつものルオーによるイメージとしての風景なのかもしれない。
ただ、わたしはこの絵を見て石川淳の戦後すぐの小説「焼跡のイエス」を思い出した。

ヴラマンクの1910~1950年代の作品が並ぶ。かなり多い。彼は佐伯を罵ってガーガー吠えまくったが、作品の変遷を見ていると、本当はあれは自分への叫び・喝入れだったのではないか、と最近思うようになった。そうでなく単に怒鳴ったのなら難儀なオヤジにすぎないし、佐伯もそこまで気にやまなくても、と同情する。
佐伯の死に方を思うとやっぱりヴラマンクがなんとなく憎いのだが、ヴラマンクはヴラマンクでヒトのマネから始まって、なんとか独創的なものを、と足掻いてたんだから、もう仕方ないなと。ただ、そんなに他者を罵れるのか、あんたが、とやっぱり思うけどね。

ヴラマンク 橋のある風景 放物線状の遠近法とでもいうのか、湾曲して奥の存在を感じさせる。ただ、書割風にも見える。描かれているのはこの地でのノートルダム寺院。

ヴラマンク ルイ・フィリップ様式の花瓶 黒褐色地に白い、装飾的な陶器が浮かび上がる。何かの実を思わせるような形。

ヴラマンク 雪の道 雪は汚れていた。出ました、という感じ。どんよりな空。

ヴラマンク 風景 無人でどんより。ウックツするぜ。

デュフィ エッフェル塔 これまた何でもアリなタワー。やや中心から左寄りに立つエッフェル塔。その周囲にパリの建物、パリの事象。まるで3D鳥瞰図のよう。そして裾に明るい花々。
こういう構図を見ると絹谷幸二の作品を想う。彼もこの道を歩いているのかもしれない。

デュフィ ニースのホテルの室内 赤色が目につく室内。カーテンと絨毯と家具が赤いので赤い絵に見えるが、開いた窓の向こうに広がる青い海。その青の濃さも尋常ではない。
シャンデリヤとベージュの天井。皮張りの椅子。この辺りが違う色で、いいシメになっている。
イメージ (4)-1

ドラン 花瓶の花 黒地に様々な色の花が。ある種の抑制から解き放たれているようにも見える。

ドラン 森の妖精 これはファンタジックな絵というより、バレエの舞台を描いたような絵に見えた。緑が濃く、そこに裸婦たちが忙しく働き、全体に動きがある。
本当に舞台のようだ。

第三章 エコール・ド・パリの画家たち

ユトリロ パリのサン=セヴラン教会 白。かっきりした建物。五階建てのビル。白塗りに赤がカッキリしている。

ユトリロ モンマルトルのコルト通り 白が汚れていた。土がついている感じ。絵の汚れではなく、白壁が汚れたのを描いている感じ。

ユトリロ モン・スニ通り ずーっっと向こうに海が見える。現実にそうなのだろうか。

ユトリロ レストラン『プレ・カトラン』 なかなかおしゃれなレストラン。アーチ窓もたくさん並び、シャレ―風なところもあって、けっこう大きい棟。
松本の鯛萬に似ている。あちらはアルザス風の建物だが。
でもこれは今のブーローニュのあのお店とは別に思うのだが、どうなのだろう。

ユトリロはふっくらスカートの婦人たちを絵の中に入れるが、彼はその婦人たちが大嫌いだったというのがなんだかすごいな。
何点かそんな作品もあった。

ローランサンも数点並ぶ。
先日三鷹市芸術センターで「ローランサン 女の一生」展を見たが、あちらは蓼科のローランサン美術館からの貸し出しだった。
そちらの感想もまだ挙げていないので、別項にしたい。
またシャガールも目黒区美術館で「シャガールの版画」展を見てまだ何も書けていないので、こちらも別項にする。

モディリアーニ 小さなルイーズ 鳥居派の人体構成を思い出した。あの逆だったかな。
ルイーズの小さいのは顔で、腕はとても大きい。それは肉体労働者であることを示す描き方だと言うが、彼女は全体として8の形に似てもいる。
小さな目は夢みるように開き、唇も軽く開く。

モディリアーニ 薔薇を付けた若い婦人 どこか悲しそうに見えて、しかし微笑みは浮かべている。複雑な笑顔。泣きそうにも見えるが、彼女はそのまま永遠にこの表情を変えまい。
モディリアーニ《バラをつけた若い婦人》

藤田嗣治 マドレーヌと猫のいる風景 中南米に入ってからの絵らしいので色彩がついている。ネコが藤田とマドレーヌの間に、ぬんっっとばかりに顔を出す。いいねえ、猫。

藤田嗣治 北那覇 藤田は沖縄ラブだったそうで、1938年にこの絵を描いたときも喜んでいたろう。憧れの地。確かにとても温度の感じる絵。 
あれは別の地域なのだがTHE BOOM「島唄」のPVを思い出した。

藤田嗣治 人魚 いゃ、まぁ、なんというか、人魚ですわな。ちょっと蓮っ葉な感じがする人魚で、やたら顔が長く、チャコールグレーというのがまた。人魚は決して少女ばかりではないのですよ。鯰が飛び交うのがこれまた。膝下からのお魚。カレイにオコゼもいた。

藤田嗣治 少女 イメージ的にもう「娘」という感じ。美人で、「北斗の拳」のユリアを思い出した。55年頃の藤田嗣治の美人はコミックで見てみたいと思うことが多い。
布をかぶっているのはキリスト教の何かの儀式か。胸が映っているよ。

キスリング 花 青い瓶にチリリリリ、キュキュキュキュな花が活けられている。

キスリング 花 出ましたミモザ。それとチューリップがどーんと存在感を見せる。

キスリング 若い女性 黒髪の美人だが、服の配色がおかしい。これはキスリングの趣味なのか彼女の趣味なのか、当時の流行なのか。
ピンクのブラウスに緑のスカートである。これはどうだろう。ぼってりした唇に細い眉は艶めかしい。1939年、パリでも上海でもこんな顔の女はいたろう。
イメージ (7)

キスリング 裸婦 金髪に青い目に赤い唇。この肌の色はわたしの好きな焼き菓子「博多通りもん」に似ている。いわゆるミルク饅頭なのだが、あの甘やかで美味な味わいが蘇る。
舐めてみたくなる肌の色。

キスリング 百合 匂いが大変強そうである。カサブランカを想う。(映画ではなく百合の品種)
キスリング《百合》

キスリング 魚のある風景 これまた「出た―」または「キターッ!」。なんでか知らんがキスリングはやたらと魚がグニョグニョ集まった、めにょ~~~とした絵をかくな。
おどろな風景で、おいしそうではないのだよ。しかし面白いけどね。

キスリング サン=トロペ港 平面的。手前に木々。中に建物。奥に川。ずっと奥に山。
こういう近景・中景・遠景のはずなのに、分割もないし、なにやらたいへん平面的に見えるのも興味深い。

長々と書いてしまったが、たいへんいい展覧会だった。
後にブンカムラに巡回するそうだ。
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