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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「日本絵画の魅惑

出光美術館の「日本絵画の魅惑」展のチラシ、これは今回の企画展そのものを語っていると思う。
昨今はコリすぎてたり、スタイリッシュすぎるようなチラシが全国を席巻しているが、このチラシは綺麗でありながらも、たいへんわかりやすい造りになっている。
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さまざまな日本絵画の断片をそこに丁寧にまとめ、「おお、この全体を見てみたい」気にさせる。
さらにチラシの下へ目を移すと、町人が二人、この情景を愉しみ、何やら語り合っているのがわかる。
彼らはわたしたち平成の観客の先達なのだ。
「見に来てね」という願いと、「どんなものがあるの」という問いかけへの答え(情報)と、「これは楽しい」というのが同居している。
いいチラシだとつくづく感心する。

第1章 絵巻–アニメ映画の源流

橘直幹申文絵巻 鎌倉時代 のんびりした情景が出ている。わんこが庭の内にいて、それをみて喜びはしゃぐ子供らと、室内でにこにこするご主人と。働く人等もみんなにこにこ。幼児もはだかんぼでお手伝い。なごやかでいいなあ。
門外でもトラブルもなくみんな楽しそうに働く。二匹のわんこが走っている。お店の人もお客はまだ来ずともせっせっと働く。
社会生活の健全な様子が見て取れる。
過去の、物語絵の中の様子でも、こうした和やかさをみるとこちらもいい気持ちになる。

長谷寺縁起絵巻 南北朝時代 奈良の牡丹で有名な長谷寺の縁起絵巻。風神雷神たちも大いに働いているように見える。赤い風袋に緑ボディの風神組に、石運びの眷属もいるが、何をしているのかよくわからない。
この続きは鎌倉の長谷寺縁起絵巻などでみている。
「金神地中乃宝石」という文字が読めた。

北野天神縁起絵巻 室町時代 昔、初めてこの場面をみたとき、なんでそんな平安時代の女の人が胸はだけて廊下をかけめぐるねん、と疑問ばかりだった。実はこれは「たたりじゃー」だったのですね。それを知ってからは「キター!!」。
表情と手足の指の動きが印象的。
室内に隠れる人々と無縁な人々と。

第2章 仏画–畏れと救いのかたち

山越阿弥陀図 詫磨栄賀 南北朝時代  黄金色に輝く三尊。アップでみているとなにやら怖い気がする。しかし地獄で見ると、ありがたくてすがりつきたくなるのかもしれない。

六道・十王図 室町時代 最近「鬼灯の冷徹」の世界にはまりこみすぎているのか、地獄関連の図絵を見るとついつい「あ、ここの就業時間は」とか「えーと、獄卒何人いるかな」とか「ここの王の補佐官てどなたやったかな」などと考えてしまい、チャウチャウと首を振ることが少なくない。
とりどりの地獄。中にはどう見てもSMにしか見えないものもあり、昔の人の内にもこれらを見て「やってみたいな」と思うようなヤカラもいたろうなあと妙なことを考えもするようになった。反省。

阿弥陀聖衆来迎図 鎌倉時代 大勢の仏の眷属がいる情景はにぎやかでいい。しかしたくさんで来るのはあの世へのお出迎えなのだからそれはそれで嬉しくないかもしれない。
…などというのは地獄行きの考えか。

当麻曼荼羅図 鎌倉時代末期~南北朝時代 極楽アイランド。これはまた色も綺麗なままの曼陀羅。修復したのかもしれないが、とても綺麗。ちびっこダンサーズもいるし、蓮も孔雀もにぎやか。
仏たちはふっくら4頭身サイズで、ベトナムの水上人形にも似ている。楽しいメロディが流れてくるのを感じる図。
実際にこれをベトナムの水上人形芝居で演じてくれたら、見に行きたいと思っている。

十王地獄図 鎌倉時代末期~南北朝時代 先年の龍谷ミュージアム「絵解きってなぁに?」展で地獄の裁判所に引き立てられる女についてくる子供、あれが実は虐待されて死んだ子供で、その訴え状を手にして歩いていることを知った。
ここにもいたいた。そういえばこうした殺された子供らはやはり石を積まねばならぬのだろうか。

第3章 室町時代水墨画–禅の精神の表現が芸術へ
昔は水墨画というものが大変ニガテで見ただけで鬱屈したが、今はその意味ではいい具合にトシをとったのか、なんとなく安寧に近いものを感じるようになった。
遠景を描いたものよりごく近景を描いたもののほうが好ましくも感じる。しかし茫洋とした遠景を見ると、自分もどこか遠くへ向かいたくなるのだった。

四季花鳥図屏風 応仁3年(1469) 能阿弥  叭叭鳥という不足を言いそうなツラツキの鳥のファンになってからは水墨画の花鳥画のよさを知るようになった。
何がきっかけになるかしれたものではない。
可愛いものも好きだが、こういうツラツキの奴らも大好き。そのきっかけになったのがこの屏風だった。
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相阿弥の山水図をみたとき、のどかな静けさを感じた。それはきっと山の形にあると思う。峻厳なものはなく、そんなに上りにくそうでもない。それが優しくよい風情をみせている。


第4章 室町時代やまと絵屏風–美麗なる屏風の世界
享楽的な性質なのか、遊楽図・行事図を見るのが大好きである。行事図とはつまり月次風俗図である。
都は12ヶ月必ず何かしら祭があり行事が起こる。

月次風俗図扇面  関西に住まう一得がここに描かれている。今も続く遊楽と行事がここにある。
遊山の楽しみがそこここに描かれている。

戯れ唄で「一月は正月で酒が飲めるぞ~」というのがあるが、12ケ月、本当に隙間なく出かけたり遊んだり参加したり色々することが多いので、月次風俗図は一部リアルさを感じもするのだった。


日月四季花鳥図屏風  思えばシュールな世界である。音もない中に鳥や植物や空気が閉じ込められている。しかも同時に日月が存在する。画面の奥には世界は失く、そこから飛び出すこともない。永遠に飛び続ける鳥、開き続ける花。
しかし西洋の「死んだ自然」ではない。西洋の静物画はドレスにはならないが、日本の四季花鳥図は着物になる。「自然」をまとうことが出来るのは日本の画だけなのだ。
この屏風の枠がまた見事なもので、螺鈿で宝尽くしが表現されている。海老と宝袋が特に丁寧に作られていた。

四季花木図屏風 右は春・左は秋という決まりがあるが、その左の秋の魅力が深い。
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紅葉した楓たち。丸々とよく肥えて、赤々と萌えている。
それらはまるで焼きたての紅葉まんじゅうのように美味しそうに見える。
そしてその楓たちは緑の丘のここかしこでかくれんぼをする。だが福々しい楓たちは隠れきれない。見え隠れする赤い楓たちの可愛らしさには採って食べたくなるような魅力が潜んでいる。中に餡やクリームやジャムなどなくとも、きっとほわほわと温かく美味しいに決まっている………
こんなに美味しそうな楓を描いた屏風は、ほかに見たことがない。

なお、この「かくれんぼする紅葉まんじゅう」たちに対抗する出光コレクションの可愛いものといえば、宇治橋柴舟図屏風の「働く柴舟たち」だと思っている。
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長らく見ていないので、また会いたい。


第5章 近世初期風俗画–日常に潜む人生の機微を描く

江戸名所図屏風  まだ東京の出光美術館に行けなかった頃、「近世風俗画」の本で初めて知って、すっかり大ファンになった。なにしろ洛中洛外図ではなく江戸だということからして目新しく、しかも描かれた人物たちがみんな睫毛が濃くて可愛い顔立ちだったので、一目で好きになった。湯女もいるし浄瑠璃もある。たいへん楽しい。
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そしてこれだけじっくり見てても見る度に新発見があり、新たに好みのキャラを見つけたりもする。
今回は右1の下の向島あたりか、木にからむ少年らが可愛い。それから観音院での稚児と僧侶。小網町の猿曳きなどなど。
前記でじっくり見た名品。また次の展覧では何を見つけ、誰に惹かれるか、今からとても楽しみ。

世界地図・万国人物図屏風  これは地図のサイドにある世界の民族衣装のカップルを見るのが面白くて、多くのお客さんもここでついついチェックせずにいられなくなるよう。
描かれているのが本当か想像かというのは措いて、やはり描かれた時代からこの屏風はこんな風に、お客さんの注目を集めたろう。

二種の「桜下弾弦図屏風」が出ているが、私は後期のこちらが好み。
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髪のほつれについて面白い一文があり、興味深く読む。
わたしはアップになるとリアルな表現になるのが当時の流行なのかと思っていた。
こういう理由というのも読み取らねばならないようで、もう脱落気味。

誰が袖図屏風 人物が不在でありながらも、美人であることを想像させる、それがこの「誰が袖屏風」の魅力の一つ。
優雅な衣裳を室内いっぱい(画面いっぱい)に広げる。
日本に着物文化があればこその遊楽。
そういえば随分前に見た、本物の小袖を貼りつけた屏風、あれはどこの所蔵だったろう。

第6章 寛文美人図と初期浮世絵–洗練されゆく人間美

桜下宴遊図  琵琶法師もいる。幔幕の中での宴。踊る遊女と若い男がいるが、この立ち姿はアルゼンチン・タンゴぽい感じがする。 ピアソラの演奏が耳に蘇ってくるようだ。

若衆図 存外背が高いな。

遊里風俗図  菱川師宣 寛文12年(1672)  ここにも三味線を弾く盲人がいる。わたしとしてはどうしても「盲目物語」の弥市を思わずにはいられない。


第7章 黄金期の浮世絵–妖艶な人間美

蚊帳美人図  宮川長春  先般、大和文華館で宮川長春の展覧会を見てから大分こちらの目も開くようになった。
この形態はそこにはなかったが、あれら一連の作の変奏曲だというのはわかった。

更衣美人図  喜多川歌麿  この暑そうに団扇を動かす美女を見ると、知る人に似ているので、いつも親しい心持ちがする。

月下歩行美人図 葛飾北斎  何をいまさらだが、だいぶ下がっている着物、白藤の柄だったのだ。五月の花の一つ。


第8章 文人画–自娯という独特の美しさ
数年前、文人画の展覧会をこちらで見た。あのときはテーマがむつかしくてわたしのアタマは理解できなかったのだが、数年たった今はこうして眺めながら、往時の「事情」などを想像しながら絵を見て、静かに楽しんでいる。

猫図 渡辺崋山  白地に黒ぶち。バッタを見据えるお猫さん。鋭い目がいい。

これらの作品は後世の「卓上芸術」の先達だと思いもする。ほのぼのと静かな楽しさがある。
目撃佳趣画冊 文政12年(1829) 田能村竹田
瀟湘八景画帖 江戸時代 池大雅
青山園荘図稿 寛政9年(1797) 谷文晁
戸山山荘図稿 寛政10年(1798) 谷文晁
(それで実は自分も描けそうなきになってみたりするのだ)

第9章 琳派–色とかたちの極致

風神雷神図屏風 酒井抱一 期間中「建仁寺」展と重なる時期があったので、2館を歩けばたくさんの風神雷神に会えたのだった。

八ツ橋図屏風 酒井抱一  ああ、ここちよい。花も葉もよいが、実は橋の杭を縛る金糸がとても好きなのだった・。・

桜・楓図屏風 鈴木其一  最高の構図。桜vs楓のようにも見えてとても面白い。

もうこのあたりの心地よさは本当にすばらしい。

第10章 狩野派と長谷川等伯–正統な美vs斬新な美

松に鴉・柳に白鷺図屏風 長谷川等伯 カラスファミリーがなかなか面白くて好きな屏風。鷺のあたりがショップでチケットフォルダとして販売されていた。

花鳥図屏風  伝 狩野松栄  雀vs鶴、という立ち位置が面白い。

四季日待図巻 英一蝶 室内で踊る人々。中にはコスプレの人もいる。一方、山伏スタイルのひとが仏壇か何かの前で読経。源氏香の文様を入れた提灯も素敵だ。

第11章 仙厓の画–未完了の表現

花見画賛  なんというてもやっぱり幔幕の外でリバースしてる人が面白い。

柳町画賛  こ、こらーっ

老人六歌仙画賛  これはポストイットも販売していた。オジイチャンたちがカワイイ。

章ごとに違う世界が広がっていて、江戸時代までの日本絵画のありようというものがわかったような気がする。
とてもいい展覧会だった。
こうした構成で楽しませてもらうのは本当に有益。
ああ、面白かった。

あのチラシの町人さんたちとぜひとも話し合ってみたい。
そんなことを思っている。
6/8まで。
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