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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

魅惑のニッポン木版画―明治まで / 広重ブルー

首都圏で木版画の良い展覧会を三つばかり見た。
横浜美術館「魅惑のニッポン木版画」
武蔵野吉祥寺美術館「川上澄生」
浮世絵太田記念美術館「広重ブルー」

いずれもどこかで絡み合う展覧会なので、まとめたいと思う。
まず「魅惑のニッポン木版画」
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第一章 幕末・明治 生活を彩る木版画

三世豊国 生月鯨太エ衛門 当18歳 七尺五寸!!巨大な人なので相撲取りになったが、その手形もあり、びっくりしたわい。

三世豊国 石井常右衛門 石井下部藤助 けいせゐ高尾 本当は四枚セットだったのではないかな。上右に高尾、下に石井常右衛門とその家来の藤助とが並ぶ。黒米の外に二人の男。芝居の1シーン。

三世豊国 御意に叶ひ大入を 鳥尽 都鳥 猿島惣太 粋な彫り物を入れた惣太がにっと笑う。向こう鉢巻きで櫓をこぐ姿。都鳥が飛んだり泳いだりの背景。彼の彫り物はどうやら「桜姫」らしい。「桜姫」の「世界」にはこうした面白いキャラが多い。

国芳 ほふづきづくし 夕立 戯画もここまでくると立派としか言いようがない。
赤酸漿・青酸漿がまざって急な夕立に右往左往の姿。江戸庶民の様子を酸漿に託す。

国芳 ほふづきづくし かん信 韓信の股くぐりの故事を酸漿で描く。もう笑うしかない。

歌川貞秀 富士山真景全図 二人の変な爺さんが山中にいるが、これは仙人なのかね。
妙な世界になっている。

貞秀 富士山体内巡之図 これまた変な世界が広がる。いや、狭い場所だから広がる破片か。苦しそう~せまそう~這う人多し。大日如来や阿弥陀の洞窟があったり、鍾乳洞のお乳としか思えんものから水を飲んだりとか色々。山の地下には入りたくないなあ。

国周 かべのむたかきいろいろ 先人国芳に倣い、国周も役者絵を「壁の無駄描き」する。左端は菊五郎か?田之助が女児雷也、ほかにも鬼神のお松、蝙蝠安などに扮した役者もいる。そして自身も鯔背な姿で描きこむ。

国周の役者絵はほかにも彦山権現のおその(彦三郎)、地震加藤(権之助)などが出ていた。
彦山は今もたまに出る。

芳年 鬼若丸、藤原保昌らの人気作品の他に風俗三十二相から4点と、月百姿からも色々。
芳年もこの20年の間に本当によく見るようになった。とても嬉しい。

三世広重 東京諸官省名所集 明治10年頃の省庁あちこち。レンガの紙幣局、和風の陸軍省、租税局というのもあったらしい。

清親 大橋雨中図、両国花火図といった人気作のほかに「今戸夏月」というのがあり、これは初見。粋筋の女が三味線を置いてすっきりした顔でこちらを見ている。万年青があるのもいかにも明治。今戸といえば石川淳「至福千年」の「今戸の一字庵冬峨」を思い出す。

安治も京橋勧業場、銀座商店夜景などが出ていた。
定番作品の展示でもやはりそこにあるのが嬉しい。

鈴木華邨 「桐一葉」口絵 狂乱前か淀殿が立つところを描いている。
「切らん切らんと狂乱の態」ね。このパロディが齋藤緑雨「鶏卵鶏卵は卵のことなり」だったかな。
華邨の絵はほかに「照葉狂言」を見ている。

文藝倶楽部のための口絵が何点か並ぶ。
武内桂舟、清方、尾形月耕などの活躍した雑誌。

千代紙もたくさんあった。中には暁斎がデザインしたものもあるが大抵は作者不詳である。
しかしいずれも魅力的な意匠で、色・柄ともに新時代「明治」を感じさせる。
菊花、紅葉に桜、小菊、南天、楓、麻の葉、霞に桜と紅葉、千鳥柄など…

おもちゃ絵も出ていた。実際にこれらの復刻版が欲しくなるものばかりである。
国芳 新版 宿下り楽双六 大奥や大大名にお仕えする女たちのお宿下がりは莫大な金がかかる。朋輩たちへの土産物、自身の芝居見物、料亭巡りなどで百両単位でカネが動いたりするそうだ。ここでも人形芝居、花見、おごり、遠足、深川に出かけたり、なんだかんだ。

国政 俳優出世 富士登山寿語六 浅草公園六区 人造木製富士山遊覧場之図 遠目から見ればまるでデコレーションケーキのような登山図である。登山口には田之助がいて、頂上寸前で福助が團十郎と菊五郎によってひっぱりあげられようとしている。(これは彼が若いということを言うのか、それとも既に鉛毒がキていることをさすのかはわからない)
頂上にはほかに芝翫、左団次もいる。
石神井公園ふるさと歴史館で同時代の双六に、西洋の舶来品が山を上ろうとし、日本古来の品々が下山しつつあるのをみたが、それを思い出した。

オバケカルタ 昨夏、大阪歴博や横浜そごうで開催された「幽霊・妖怪画大全集」展で今出来だがオバケカルタを手に入れた。あれは本当に嬉しかった。
この幕末から明治初期のオバケカルタもとても愛らしい。本所竪川の一つ目小僧、柳の下のウブメ、猫又、安積沼の小平次、提灯小僧などなど。可愛いなあ。
復刻して販売すればいいのに。

遊び札(貝合わせ) 芝居や講談のカップルを合わせるもの。お妻八郎兵衛、お国元三、お染久松、他にもいろいろ。

まだあるまだある。(「天下茶屋聚の元右衛門の台詞」
国安 立川焉馬述 京江戸大坂当年噺 月次の色々な楽しみや行事など。
三月は新町の天神、七月は大文字、十月大坂亀の井戸などなど。

芳艶 大道具引抜早替怪談てしな 一流 花川文寿斎(辻ビラ) この辻ビラというのは一流の浮世絵師も多く出かけていて、浅草奥山、両国の見世物興行などの宣伝を描いたものだが、どれもこれも魅力的で非常にそそられる。
明治後期の「引き札」の前身でもあるが、こちらの方が面白いものが多いように思う。
さてこの辻ビラは怪談尽くしでしかもそれを手品で見せるという代物らしい。
石子を抱くお岩、天徳の蝦蟇、外連味たっぷりである。しかも卒塔婆には「大入」「大当」の文字が入るのもいい。
わたしは本気でこういう辻ビラというものが好きでならない。

この後は「引き札」や色んな「型紙」、袋、熨斗紙などの木版ものが並ぶ。いずれもしゃれている。足袋型なんかは今のインソールと同じ形だし、お菓子袋に描かれた金太郎と山の動物たちとの交流もいい。
スポンサーつき辻ビラもある。金紅丹のそれは大和名所図会でもあり、吉野、妹背山、飛鳥、安倍の文殊、長谷寺、三輪、南都、法隆寺が描かれていた。


ここで太田美術館「広重ブルー」の感想を挿入する。
わたしは後期展に出かけた。
イメージ

肉筆画は5点あった。
京嵐山渡月橋、海晏寺観楓、信州更科田毎の月、月夜観桜美人図、桜花美人図である。
先の3点は風景画で後の2点は美人画である。
まだ「広重ブルー」はここでは満喫できない。

そもそも広重ブルーとは何か。
幕末になり洋もののベロ藍(ベルリンブルー、プルシャンブルー)が入ってきて、飛躍的に「青」が美しくなり、保ちもよくなったのである。
広重ブルーは輸入の青で成り立っている。

名所図を見る。
東都名所の連作も2種あるようで文政年間の日本橋と天保年間のがある。
高輪、芝浦、洲崎、佃島それぞれの地でみる美しいものを描く。
高輪の名月は「二十三夜待ち」で高名だし、佃島の海辺朧月もいい。
洲崎は雪の日。綺麗な青が活きることで、海も空も川も道も夜も朝も、みんな違う表現ができるようになった。

諸国を描いた連作もいい。
六十余州名所図会シリーズなどである。この時代に「六十余州」といえば黙阿弥の芝居の弁天小僧で首領の日本駄右衛門が名乗りを上げるときに使うのを思い出す。
「六十余州に隠れのねえ賊徒の張本・日本駄右衛門!」これですな。
描かれていたのは鳴門の渦、壱岐、養老の滝、更科田毎の月など。
阿武門観音堂 これがいちばん好ましかった。

名所江戸百もたくさん出ている。
「広重ブルー」という視点で眺めると、ブルーの占める役割・力というものに改めて打たれる。
絵の中に描かれるやきものも染付のいい色が表現できるようになったし、夜の深みもブルーで描かれる。
江戸時代に入ってから、染付のブルーには唐渡のコバルトが使われ、鮮やかなものから薄いものまで作られるようになった。
浮世絵のブルーはオランダ経由のプルシャンブルー。
広重にしては珍しい物語に関連する絵もある。
天神記 賀のいわひ 団扇絵で、千代(松ぼっくり)、春(梅)の着物で薬草摘み。

ベロ藍の入り初めの頃の作品も並んでいた。
また逆に輸入以前作品も。
ほかの絵師たちの青の美を堪能する。

北斎 富嶽三十六景 礫川雪の旦 雪と濃い青の美にときめく。

国芳 東都名所 大森 ノリ掻きだし中の女二人。小舟に乗って働く。青が明るい。

貞秀 長崎丸山之図 ランタンにビーズがつく。綺麗なランタン。藍のみごとさ。

天保年間は「青の時代」というてもいいのかもしれないと思う。

国貞 江戸名所百人美女 江戸はし 濃い藍色の着物の女。帯をギュッとね!

二世広重 東都名所 上野清水堂満花 清水堂以外全て青。桜もよく咲いている。

青の美にときめいたなあ。

どちらも5/25まで。
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