美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

魅惑のコスチューム バレエ・リュス

国立新美術館の「魅惑のコスチューム バレエ・リュス展」は観る者を蠱惑する展覧会だった。
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これまでバレエ・リュス関連の展覧会では次のものを見てきた。
・ディアギレフのバレエ・リュス 舞台芸術の革命とパリの前衛芸術家たち 1909-1929 セゾン美術館 1998.7.25
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・写真に見るバレエ・リュスの時代 京都国立近代美術館 2007.5.26
・舞台芸術の世界 ディアギレフのロシアバレエと舞台デザイン 東京都庭園美術館 2007.8.18
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タイトルによってそれぞれの展覧会の特性が少しずつ異なることがわかる。
今回のようにコスチュームに主眼点を置いた展覧会は初めてである。
これらのコスチュームはオーストラリア国立美術館に所蔵されているという。

98年の展覧会の際には芸術新潮で鹿島茂による「ディアギレフのバレエ・リュス」に関する読み物が掲載され、たいへん興味深く読んだ。コピーだがそれは今も手元に残してある。

また京都近美の写真展は特集展示されたもので、バレエ・リュスに関わった芸術家たちの写真や作品を集めたもので構成されていた。
なお、その写真展と「舞台芸術の世界」の感想はこちらである。

ある月曜の朝、わたしは開館前から展示室の入り口前にいた。
少しの時間であろうと、誰ともあの空間を共有したくなかったので、その日の朝に出向いたのだ。

最初にイントロダクションとして映像が流されている。
その紹介される映像作品がまた素晴らしい。
レオン・バクストのオリエンタリズム、ゴンチャローワのフォークロア。
そうしたあたりを踏まえて実際の衣裳の前に立てば、いよいよ歓びと理解は深まるだろう。

席を立ち、第一室へ入ろうとしたとき、ニジンスキーの「薔薇の精」の大きなパネルが展示されていた。
あの衣裳の薔薇は実際にニジンスキーが着用しながらの縫い取りだったそうだ。
(山岸凉子によるニジンスキー評伝作品「牧神の午後」による)
わたしにとってはやはりバレエ・リュスとはニジンスキーの居た頃に尽きるので、それだけで全身に粟立ちが走る。
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以下、章ごとにささやかな感想を挙げるが、章のタイトル下につく年代ごとの画像は98年の展覧会の際のものである。
今回のくくりとは微妙なずれがあり、それがまた興味深くもある。

・1909-1913 ロシア・シーズン、歴史的エキゾティシズム
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入ると視界いっぱいに「魅惑のコスチューム」が林立していた。
横たわるなら絹の海だろうが、マネキンに着せかけられたバレエのコスチュームは人の体と同じ形に着付けられて、そこに林立していた。
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呆然と立ち尽くすわたしの耳にボロディンのあの名曲「ダッタン人の歌と踊り」が聴こえてきた。
目の前にある「アルミードの館」の隣にその音楽を使う「イーゴリ公」のコスチュームが立ち並んでいた。
踊りの場の名前は「ホロヴェツ人の踊り」となっていた。
アジアの、草原に住む西アジアの民族の、様子がここに披かれているようだった。

やがて「クレオパトラ」からレオン・バクストの仕事が始まる。
ギリシャ人の衣裳にはどういう意図でか赤で鍵卍をアップリケしてあった。
1909年、まだナチスは誕生してはいない。

エジプトの「奴隷」または「踊り子」の衣裳には胸を出し、下を締め付ける作りが採用されていた。
デザイン画のほうがより過剰な風もある。

やがて「シェエラザード」のコスチュームが現れる。
わたしたち観客はまっすぐにその場へ向かうような道のりを歩くことを許されず、不思議な行軍を見せるような動線の上を進んでいた。
だから一望したとき見えていたものも、全ては紆余曲折してゆかないと辿り着けないことになっていた。

初演の際、奴隷の衣裳をつけて歓喜に満ちたニジンスキーを捉えた写真を見ている。
その表情はわたしの脳髄に残り、どうかした拍子にしばしば表に現れる。
わたしは動かぬ衣裳を見ながらニジンスキーのあの姿を<視て>いた。
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一方古典的な演目もこのバレエ団は持っていて、「ジゼル」の衣裳もあった。
ニジンスキーはこうした古典ものがとても苦手だったらしい。

そして「火の鳥」がある。
ストラヴィンスキーの組曲の中でもいちばん好きな作品である。
随分前にこの衣裳を資料でだが見ていたので、存命中のベジャールが振付けた「火の鳥」の労働者風コスチュームがいやでならなかった。

「ペトルーシュカ」「青神」がある。
憐れなペトルーシュカ人形。ピエロの衣裳である。
ニジンスキーは首を長時間かしげたまま不思議な動きを見せていたという。

「青神」にはニジンスキーの名残がこびりついている。青く塗ったその染料が汗とともにしみついている。
百年前のニジンスキーの名残…!

「牧神の午後」からはニンフの衣裳しか、残っていなかった。
そしてドビュッシーのあの音楽がコスチュームを展示する大きな台の下から流れてきた。
全身の細胞が細かく痙攣し始めるのを感じた。
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壁面には舞台写真の展示があった。
わたしの愛した写真も少なくはない。

・1914-1921 モダニズムの受容
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照明は計算されつくされ、衣裳をいよいよ際立たせていた。
大方は青い彩が衣裳に降り注ぐが、「ナイチンゲール」「サトコ」には黄色い彩が衣裳を照らし出す。

「蝶々」レオンバクスト、「金鶏」ナタリア・ゴンチャローワ。同じ1914年の4月と5月の演目である。
ゴンチャーロワのデザインはたいへん刺激的な様相を呈していた。
「金鶏」のコスチュームこそ、実はロシア的なありさまであるべきではないか、という思考を大いに裏切られ、このありようだからこそ、世界のどこかにいる黄金のトリとそれに<躍らされる>どこかの人々、という普遍性がここに付与されている。
そしてこの「金鶏」は先ほどの映像の中でも非常に魅力的な姿を見せていた。

「サドコ」あるいは「サトコ」はロシアの叙事詩からえられた話で、主人公は海底王国に行くと言う。浦島太郎は竜宮に行ったが、サトコは海底に行く。森鴎外により浦島も芝居になり、「サトコ」のコスチュームにはタツノオトシゴ、イカたち海洋生物を模したものが現れる。
タコやイカを大人向けの演目でデザインしたと言えば、スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」の毛利臣男のそれがある。クマソ兄弟のコスチュームにはタコ、そしてエビが大きくデザインされていた。
表現の方法はバレエ・歌舞伎と違うが、観客を非日常空間へ連れてゆくという目的が同じである限りここにある衣裳はかれらの先達と言ってよいと思う。

この時代にはピカソによる公式プログラム表紙絵が使われてもいる。

・1921-1929 新たな本拠地モンテカルロ
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古典的な演目が少なからずあり、コスチュームもリユースされたりもしている。
そしてこの1920年代のコスチュームには目のくらむような模造石などが使われている。

「眠り姫」「オーロラの結婚」こうした作品のコスチュームはまず優美さが目立った。
登場人物の「狼」「青い鳥」「騎士」「イワン」「侍女」…

そしてローランサンの「牝鹿たち」のための絵画がうるわしい。

一方、この時代には当時の世相が反映されたような衣裳も多い。
「鋼鉄の踊り」などは悲しいくらい働き者のスタイルである。
この辺りに来ると自分のアタマの中で勝手に共産主義関連の歌などが再生されてくる。
もうあの稀代のディレッタントたるディアギレフはいないのだ・・・

・1929~ バレエ・リュス・ド・モンテカルロ
遺志を継ぎ、新しいバレエを創造する人々の世界へ。
ここではピンク色の照明が使われていた。

衣裳の中にはロマンはないが親しいものもあり、20年の歳月の゜間゜に凄まじい変化があったことを感じる。

ただ、帝政ロシア末期、美麗の極致をいった画家イワン・ビリービンが1934年の公演パンフレット表紙を手掛けていることが、途轍もなく嬉しく思えた。
ロシア構成主義、シンプルで「可愛い」絵本の世界の中では、最早イワン・ビリービンの生きる道はなかったのだ。
なお「金鶏」の舞台デザインも彼だが、その頃はまだ「帝政ロシア」が存在していた時代なのだった。

長い時間をここにいた。曲がりくねる動線こそが魔術の道だと思い、その道を行きつ戻りつした。
深い歓びが自分の神経や細胞を刺し続けてくれた。
わたしはその痛苦に近い歓びにふるえ、再びこの空間に佇みたい、と願うている。

そしてやはり自分はニジンスキーのいた時代にいちばん魅了されていることを思い知る。
決して味わうことの出来ない世界。
動くことはないものの、かつて生きていた彼らが身に着けた衣裳がある、それが言葉にならないほど嬉しい。

また、この世界を味わうのにいちばんよいのは山岸凉子「牧神の午後」である。

牧神の午後 (MFコミックス ダ・ヴィンチシリーズ)牧神の午後 (MFコミックス ダ・ヴィンチシリーズ)
(2008/03/27)
山岸 凉子



100年後のわたしたちはこの作品とこの展覧会とで、あの歓喜を味わうほかに道は、ない。
9/1まで。
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