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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

日本SF SFの国

世田谷文学館で7/19から始まった「日本SF SFの国」展は本気で面白い展覧会だった。
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もともと世田谷と言う場所柄、東宝との関係が深く、そのために特撮物の展覧会もこれまでしばしば開催し、文学館としての立場によっての面白い展示を見せてきてくれた。
またSF作家星新一の企画展も好評で、もう四年前になるか、たいへんよかったことを忘れない。
その時の感想はこちら
こうした文学館がやってくれた企画なのだ。面白くないはずがない。

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SFという言葉が定着する以前の「空想科学小説」時代、少年雑誌に海野十三が多くの名作を挙げている。
「銭形平次」の野村胡堂も「太郎の旅 月世界たんけん」という横綴じ本でSFを書いている。
胡堂はほかにも少女雑誌でスパイ物も書いているので、色んな作品を手掛けていることがわかる。
この時の挿絵は1コマずつのマンガスタイル。
黒岩涙香も「80万年後の社会」という作品を出しているが、表紙絵は「?」形に体を曲げた妖艶な女だった。

旧き良き時代の宇宙人。イメージ (17)-1
タコ系宇宙人で妙に可愛い。

本人が意図せずとも、今日ではSFに分類してもよいのが鏡花の「夜叉が池」か。
そんなことを思いながら古き良き時代の空想科学小説の単行本を見て回る。
本当にタイトルを観るだけでわくわくする。
ちなみに今回の図録は海野十三の著書からのもの。
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ここまでが序章である。
次からが現在に通じる「日本SF」の祖であり、「SFの国」を建国した偉人達の紹介になる。
人物紹介は全て豊田有恒による。
星新一、筒井康隆、小松左京、手塚治虫、真鍋博。
彼らを中心にした展示が始まるのだった。
そして筒井康隆のあいさつがそこにある。
筒井は昨年「聖痕」という傑作を世に送ったが、古雅玲瓏な日本語を駆使しつつ、ある種の伝奇SF的な要素も含んだ魅力的な作品だった。
上記五人の最後の地球生存者として、まだまだ活躍してもらわねばならない。
既にほかの四人は宇宙の彼方に移住しているのだから。

当初「SF作家」という名称は多くの人に受け入れてもらえず、団体旅行した時も「歓迎 SFサッカークラブ様ご一行」と旅館に書かれていた。
1964年の雄琴温泉ツアーである。(あの当時の雄琴なら、SM作家は歓迎されたかもしれない)

1966年、仲間内で発行していた「SF新聞」に星新一は「レイ・ブラッドベリ私論」を挙げている。
わたしは星はショートショートをはじめとした短編や「人民は弱し官吏は強し」「城の中の人」などは読んでいたが、彼の評論は未読だった。
ブラッドベリの近視であることが彼の作品に幻想味を付与する力なのだという意味のことを書いていた。
それはマリー・ローランサンとも共通するものだという。
ブラッドベリが老眼になった時、作風の転換を迫られるだろう、ということをも書いて終わっている。
マジメに書かれているのだろうが、妙な諧謔があふれている。
「(眼鏡が必須の実業社会に生きる人)でない人は、ぼんやり甘くぼやけた幻想的で美しい作品を」拵えるという。
幻想が現実から離れたところに暮らす人にこそ宿る、そんな内容。

SF作家たちはみんな仲良しなようで、早世した異才・大伴昌司のお墓参りにうち揃って出かけたり、つくばの原子力研究所に向かったりしている。
「原子力」をハラコ・ツトムさんと思い込み「所長のハラコツトムさんにお会いしたい」と申し出た星新一のエピソードには、爆笑である。いい時代だったのだなあ。

大伴についてはここでも彼が得意とした図解ものが展示されていたが、今回の図録に彼が執筆したサンダーバードの図解図が付録としてついていた。
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なお大伴の活躍については2年前に弥生美術館で見た感想を参考に挙げておく。
ウルトラマン・アート関係はこちら
図解についてはこちら

さて、ここでは日本のSF雑誌のバックナンバーが壁一面に大量に展示されていた。
SFマガジンの創刊号~びっくりするくらいたくさんある。
ああ、わたしは80年代のSFマガジンが懐かしい…
79年のある号には安彦良和さんのイラスト、2008年のある号では小畑健のイラスト。
そしてどんどん号が増すにつれ時代を経るにつれ、追悼号が現れてゆく…

「奇想天外」も並ぶ。こちらは1974年創刊だったか。井上洋介の表紙絵。東京三世社から出てたのだったかな。いや、あれはまた別か。

SF小説のイラストを見てゆく。
武部本一郎の豊麗なイラストはバローズの作品を飾った。
2007年に弥生美術館で武部の回顧展が開催され、そこで初めて見たものも出ていた。
その時の感想はこちら
武部の絵からヒロイック・ファンタジーに目が向いた人も少なくはないだろう。

豊田有恒「ヤマトタケル」シリーズが並ぶ。懐かしくて涙が出てくる。
表紙は生頼範義。ああ、中一で読んだ「ウルフガイ」以来ファンなのに、宮崎の原画展に行かなかったのはホント、反省もの。
生頼さんのポスターほしさに見に行った映画もあるなあ。

「ヤマトタケル」81年だったか。このあと「神々の黄昏 オリンポス・ウォーズ」まではよかったが、後に豊田さんはどうも違う方向へ行ったように思う。
しかし今こうして前述の五人のことを紹介した文などを読むと、やっぱり慕わしい気持ちになるなあ。
また面白い伝奇SFを発表していただきたい。

「猿の惑星」の文庫版表紙がいい。
武装した猿たちが左へ歩く。かっこいい。
わたしは映画しか知らないので初めて見た。

斉藤和明の幻想的な絵、広い宇宙に展開するどこか恐ろしい光景。
絵が想像力を刺激する。

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あの五人の仕事が次々と紹介される。
星新一の1001のショートショート、ほしづるもいる。
筒井の学生時代の写真とそのコメント「美青年ぶりを発揮」。
手塚の雑誌「COM」の創刊号から数冊、これはよく見るものだが、所蔵人がいい。北杜夫だった。
小松は映画「日本沈没」「復活の日」が出ていた。
80年の映画「復活の日」についてはわたしは別に一本感想文を書けるくらい、深い愛情がある。
「さよならジュピター」についてもまた。
そして画家真鍋の仕事。星新一のための仕事だけではない。多様な仕事があり、中でもアガサ・クリスティの文庫本の装丁が素晴らしい。

67年、万博全景図があった。岡本太郎の「太陽の塔」がなんと顔ナシである。
68年の写真には掲載されているが。

わたしは万博を知らないので本当に残念な気がする。
80年代の面白い時代を知っててそれを味わったことをジマンに思っているが、70年の万博を知らないのはある意味で致命的な気がするのだ。

アトムの映像が流れている。
現在連載中のコージィ城倉「チェイサー」を思い出す。
(モノスゴイ衝撃的な古くさい絵柄で怒濤のような作品である。一旦読み出すと止まらない)
アトムのTV放映時の日本国民のドキドキが伝わるエピソードが延々と描かれている。

ほかに手塚の「火の鳥」のいくつかの物語が紹介されていた。能の「黒塚」をSFに置き換えたことで成功した作品に、若き浦沢直樹が影響を受けたそうで、その頃の彼のノートが出ていた。

大伴の万博記事もある。これは弥生美術館の資料である。
彼はやはり夭折の天才だった。
もっと長く生きていれば今のSF界も特撮界ももっと凄い発展を遂げていたように思う。

ああ、「復活の日」ポスターがある。草刈正雄とオリビア・ハッセーの再会する感動的なシーンのポスター。
草刈さんの素晴らしい美貌に改めてときめく。

特撮美術監督井上泰幸の大道具帳がある。歌舞伎のそれと同じ構造の「ノート」である。面白い。
セットデザイン。「怪獣総進撃」「ゴジラVSキングギドラ」などがある。歌舞伎ぽい構造の帳面なので、歌舞伎ファンの私としてはとても楽しい。

最後に、場内各地にスタンプがあり、ラリーを終えるとシールがもらえる。
嬉しいものだらけの図録や用紙など。

8/31まで。
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