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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

江戸妖怪大図鑑 化け物篇

太田記念美術館は今月から9月末まで三期に亙る「江戸妖怪大図鑑」展を開催中。
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今月は「化け物」特集。
近年の太田はチラシもファンキーでポップなのが多くて可愛いが、これまた楽しくオバケが勢ぞろいしてますな。

昨夏大阪では「幽霊・妖怪画大全集」が大ヒットして、全国あちこちの巡回先でも大繁盛してたけど、やっぱり日本人はオバケ好きが多いんよね~~~
子供らに大人気の「妖怪ウォッチ」てのもあるし。
わたしなんか夏は当然、他の季節でもオバケオバケ…と唱えてるくらい(なんやそれは)。

太田のオバケ関連の企画展と言えば2007年の夏に「江戸のあやかし」展が開催されて以来だと思う。あの時は早々に図録が売り切れたそうな。シンプルな図録でよかったからか。
その時の感想はこちら
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ちなみに前述の「幽霊・妖怪画大全集」感想のうち妖怪画はこちら


昨夏は三井でも横須賀でもオバケ展があって本当に楽しかったなあ。
今夏は首都圏と京阪神では太田だけかな。
でも金沢市では鏡花の「草迷宮」をモチーフにしたオバケ屋敷も出来てるとか。石川文学館ではおばけの絵本原画展もあるしね。

さて中に入りますと、早くもバケモノ出現。妖怪「ヒトゴミ」。ものすごい大繁盛で、みづらいみづらい。
その妖怪ヒトゴミの隙間に入り込みますと、こちらもたちまちにして妖怪ヒトゴミのなかまいりになるのでございます。
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日本の代表的なバケモノが集められている。
化け物の定義も思えば難しいね。
化け物とバケモノの違いもある。化物になると炭水化物という仲間も増える。←チガウ。
平安のバケモノと江戸のバケモノと明治のそれとは明らかに違う。
大正以降になると作者によるオリジナルバケモノも出現するし。
宮沢賢治「ペンネンネンネネムの伝記」その前ものの「ペンネンナームの伝記」になると、人界が舞台ではなくバケモノ世界が舞台になるわけだしね。

とりあえず「化け物」のラインナップ。
源頼光に関わる化け物たち。

頼光さんとその配下又は助演の四天王らが大江山に鬼退治に向かうのは有名だけど、その前哨戦と言うか一連の流れとは別に土蜘蛛退治などの話もあったりする。
これらはたしかに化け物だけど、一方で市原野の鬼童丸みたいな殆ど人間やめかかっているバケモノみたいな盗賊との関わりもある。
なかなか頼光さんは生涯にわたって化け物と関わりの深いひとなのだった。
そもそも配下の坂田公時も出自からして怪しい。渡辺綱は酒呑童子の家来の茨木童子との関わりがあるし、碓井貞光も大蛇退治の逸話があり、卜部季武にはウブメの説話もあり、藤原保昌は異類のものではなく人の方でいろいろと関わりがある。
…と、そんなことを踏まえつつ作品を観る。

国芳、師宣、北尾政美、西村重長、芳艶、貞秀、芳年や勝川派の絵がある。
いちばん迫力があるのはやはり国芳だが、みんなそれぞれの頼光と四天王の活躍する化け物退治図を描いている。
動きの少ない作画をする師宣でも酒呑童子の首が飛んで頼光の兜をガブッというのを描いている。

土蜘蛛退治は国芳が幕府をあてこすった絵があるが、芳年の土蜘蛛はまた不気味さがあっていい。これなどは白いシーツのようなものを巻きつけた姿で土蜘蛛が立っていて、その白シーツで頼光を包もうとする、その様子が怖い。

土蜘蛛関連で国芳の描いた公時、碓井が碁を打ち、それをみる綱の三人の図が面白い。二人はかなり碁に熱中していて、邪魔しにきた化け物たちを「むん、邪魔すな」とばかりにぐい、と押し退けている。岡目八目の綱も一向に化け物に目を向けず、難しい顔で目を読んでいるばかり。
三人の男たちの生真面目な顔つきと、拉がれた化け物たちの滑稽な顔つき。さすが国芳と言いたい。

土蜘蛛も一味を率いて襲ってきたのだが、貞秀の絵では蝦蟇・大蛇・なめくじの三すくみ相撲を公時が熱心に観戦し、どうみても船遊びに熱中しているような化け物もいるし、碁を見守る大入道もいる。
まあ公時は金太郎の昔、足柄山で熊や猿やウサギらとお相撲をとっていた昔を思い出していたのかもしれない。
襲撃図というより、娯楽施設にいるみんな之図という感じ。

芳艶は丹波山中の土蜘蛛退治に出かける図を描くが、四天王が山を渡るモッコに乗ってたり、手乗り蝦蟇が可愛かったり、土蜘蛛の目が初期のミッキーマウスみたいでキュートだったりと、別な楽しみを見いだしてしまう。

派手でにぎやかな化け物図は面白いが、しーんと静かなそれは怖い。
それで思い出したが、幽霊とオバケの違いについて面白い文章を読んだことがある。
八世三津五郎だったか、「幽霊は陰気に・オバケは陽気に演ずる」とかなんとか。
なるほどよくわかる。

30点近く頼光関連の作品が続く。今は自分から大江山の鬼退治の話を知ろうにもなかなかいい読み物がないのが残念。ちなみにこの大江山の話は正史にも載っていて、完全な稗史ではないところがミソ。

なお大江山の絵巻で最古と言われるのは逸翁美術館の所蔵で、これは3年前に大きな展覧会があった。
その時の感想はこちら


次はやはり平安時代の、今度は鬼女伝説の絵。
「紅葉狩」の平維茂、鬼女をおんぶする大森彦七の絵が並ぶ。
どちらも今でも歌舞伎の舞台によく乗る。なにしろ美女が鬼に変わるというのは見ていて華やかでかつ面白いから。
ちなみに「紅葉狩」は明治32年に記録映画として撮影されている。
現存最古の日本映画である。
20年くらい前から京都文化博物館あたりで一部ではあるがちらちら見ているが、九代目團十郎、五代目菊五郎、後の六代目菊五郎らが出ている。
今は東京のフィルムセンターで見ることが出来るらしい。

芳年の「紅葉狩」は明治20年。ギザザザとした線描がいい。
美女が鬼だとわかるのはどの絵でも水鏡に映るのを見たから。
(歌舞伎舞踊では山神が注意するが、届かない)

平安時代の化け物関連はまだまだ続く。

鵺退治はやはりトバせない。
鵺。日本製キメラ。

国芳の文政初期の鵺と嘉永五年のそれ。
前者は黒雲の中にぬぅ~とでてきた鵺。猿がメインの鵺。後者は虎メインの鵺。
造形の変化が面白い。

それにしても実に多種多様な化け物たち。
蟒蛇、雷、河童に天狗まで。
それもただ怖いのではなく、ヒトサマにポカポカされたり相撲を取ったり、いろいろ動く情景が描かれている。
そしてやはり国芳とその弟子たちがいちばん面白く化け物たちを描いている。

化け猫も大活躍。
四年前にはukiyoeTOKYOで「化け猫」展も開催された。
その時の感想はこちら
国芳の描いた二匹組。10083001.jpg
府中市美術館で大活躍したなあ。
こっちはukiyoeTOKYOでクッションになってた。tou380.jpg

数年前、国芳の展覧会が府中市美術館で開催されたが、そのとき巨大鰐鮫の上に向こう鉢巻の猫を乗せたポスターを作った。そして「猫もがんばってます」のコピー。これにはシビレたが、今回その鰐鮫の絵の横に、この化け猫ちゃんの絵を展示している。
学芸員さんのお茶目な遊び心というやつか。


三世国輝 本所七不思議之内 足洗邸・無燈蕎麦・狸囃子 三枚が出ていた。
明治19年だからだいぶ江戸から離れたが、それでもこうして本所七不思議を描いたものが出ている。
このシリーズ、わたしは初見だがほかに「置いてけ堀」「片葉の芦」などもあるのだろうか。

いちばん後の時代の作品は芳年の明治22年「新形三十六怪撰 貞信公」の図だった。
芳年は慶応元年にも描いているが、24年後もこうして同じ題材の化け物絵を世に送ってくれたのだった。


次の8月は「幽霊」の巻。こちらもとても楽しみ。
ありがとう、化け物たち。7/27まで。


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