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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

国宝 醍醐寺のすべて 密教のほとけと聖教

実は醍醐寺に行ったことがない。
醍醐寺と言えば秀吉の醍醐の花見、土牛の醍醐の桜、と次々に画像がアタマに浮かぶものの、肝心の醍醐寺に足を運んだことがないのだ。
以前はとにかくその醍醐寺そのものが遠すぎた。
今は京都市営地下鉄が醍醐まで運んでくれる。
とはいうものの、お寺の本堂へ行こうと思えば、やはり延々と歩かねばならない。
歩くのは嫌ではないが、行った人々から口々に「遠い遠い」と聞かされると、またまたぐったりしてしまう。
ちょっと改心して、醍醐寺の霊宝殿くらいにまでは足を延ばそう。
…、とそんなことを(怠惰なわたしに)思わせてくれるのが、奈良博の展覧会だった。

「国宝 醍醐寺のすべて 密教のほとけと聖教」展である。
聖教はショウギョウと読み、、修法(シュホウ)の記録や研究の成果を言う。
それら古文書7万点が一括して国宝指定された記念の展覧会だという。
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醍醐寺と奈良との深いかかわりについての説明がある。
サイトによると以下のようである。
「醍醐寺は、奈良とも深い関わりを持っています。聖宝は若き日に東大寺で修学を重ねました。また鎌倉時代初めに東大寺再興の指揮をとったことで有名な重源(ちょうげん)上人は、醍醐寺の出身でした。さらに、吉野を拠点として活動した修験道(しゅげんどう)当山派(とうざんは)は、大峰(おおみね)修行を再興したとされる聖宝を祖と仰ぎ、醍醐寺三宝院門跡(さんぼういんもんぜき)が当山派の棟梁となります。」
そうなのか、と新しい声を上げた。

醍醐寺の古文書類の調査は百年前の大正年間に始まり、今も続いているそうだ。
凄いことである。間に戦争があったとはいえ、百年調べてもまだ終わりがないのだ。
確かに古文書の宝庫であり、素晴らしい寺院だと感心する。
さて、その醍醐寺からの「御開帳」を拝見しよう。
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特に表記なしのものはすべて醍醐寺蔵である。

第一章 醍醐寺のなりたち 理源大師聖宝

理源大師坐像 1軀 木造 彩色 鎌倉時代 13世紀 京都 醍醐寺  色がよく残っている。独鈷杵ではなく三鈷杵とかいうのを持っている。ちょっとトングぽくも見える。
親しみやすそうな風貌だと思ったとき、背後にいたカップルが言った。
「飲み会の幹事ぽい」……わたしが言うたのではないですよ、お上人。

理源大師像 1幅 絹本著色 室町時代 14~15世紀   絵の方は下がり眉のおじさんがペーパーナプキンを手にしているように見えた。
…どうもそんな風に見えてしまうくらい、親しみやすい風貌の方なのだった。

醍醐寺縁起 1巻 紙本(彩牋)墨書 江戸時代 17世紀  「醍醐味」の語源に納得。おいしいお水。横尾明神の水。

東大寺要録 巻第二 1巻 紙本墨書 鎌倉時代 仁治2年(1241)  大仏殿の碑文についての内容。サイズとか書いてある。リアルな設計のことごと。
わたしはどうしても大仏作りというと楳図かずお「イアラ」の発端を思い出すのだった。

五獅子如意 1柄 犀角製 銀装 金銅装 平安時代 10世紀 奈良 東大寺  5ライオンが戯れるのがついた如意。薄い板に躍る5ライオン。

聖観音立像 1軀 木造 彩色 平安時代 9世紀  そんなに大きくはないがくっきりお顔。一本木で作られているそうな。

2体の如意輪観音坐像の違いを楽しませてもらう。
如意輪観音坐像 1軀 木造 漆箔 平安時代 10世紀  肉付きがよい、伏し目の観音。光背の飾り・本体のふくよかさなどが異国風な感じに見えもする。
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如意輪観音坐像 1軀 木造 金泥塗・截金 鎌倉時代 13世紀  こちらは細身。やはり伏し目で美人。足裏をぴたりと合わせている。

千手観音立像 1軀 木造 漆箔 平安時代 10世紀  手に手に何かを持つのは当然なのだが、それがこの像に限り、手にした何かをこちらに向けてポイポイ投げつけてきそうな、そんな気合いが感じられて仕方ない。

吉祥天立像 1軀 木造 彩色 平安時代 12世紀  丸々した方です。がい襠衣ガイトウエ に縁飾りのついた可愛らしいお召し物。

薬師如来及び両脇侍像 3軀 木造 漆箔 平安時代 10世紀  大きい!左右の仏さんはそんなに大きくもない。だからよけい大きく見える。
それにしても光背にも小さい仏さんがついてるのが何となく怖い。
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第二章 密教寺院のすがた

五重塔初重壁画両界曼荼羅図 旧四天柱 2本(上下に矧ぎ1本) 木製 彩色 平安時代 天暦5年(951) 心柱覆板に曼陀羅四面。こうしたものを見たときに、実は一番恐怖に近いときめきがある。剥落の美。

五重塔初重壁画両界曼荼羅図 旧連子窓羽目板断片2面 木製 彩色 平安時代 天暦5年(951)  昴星・火天・柳宿・日天・梵天などがイキイキした表情で描かれている。

さていよいよ五大明王である。
ここでは横並びに展示されていた。五大堂の中ではどうなのかは知らない。
五大明王像(五大堂安置) 5軀 木造 彩色 京都 醍醐寺
時代はそれぞれ違いもする。豊臣秀頼が施主として拵えさせたのだった。
いずれも光背は赤くメラメラしているが本体は剥落したのか妙に黒味の残る白い像になっている。それがとても怖い。
こちら三体は慶長13年(1608)の製作。
・不動明王像  大きいっ ごめんなさいと謝ってしまいたくなる。 
・降三世明王像  指が「まことちゃん」のグワシ!になってないか?夫婦ものを踏みしだいている。
・軍荼利明王像  蟹江敬三に似ている。口の端から牙。胸に交差の手と他色々。
こちらはさらに古く、また修復がされている。
・金剛夜叉明王像 《頭部》鎌倉時代(14世紀)《体部》慶長10年(1605) 二つずつ目があり、かなり怖い。多手にいろんなものが掴まれている。
・大威徳明王像 平安時代 (10世紀) 牛の白さが目立つ。三人分が乗るので牛も大変。目をむく顔みんな怖い。
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帝釈天騎象像 1軀 木造 彩色 平安時代 10世紀  帝釈天はテラコッタ風な朱色を見せている。木そのものが丹を塗られているのか?

閻魔天騎牛像 1軀 木造 彩色 平安時代 12世紀  青ざめた顔。杖の先の女の顔が綺麗。

金銅如意 1柄 頭部=銅板 鍍金 柄部=木製 漆塗 平安時代 10~11世紀  豊かな飛ぶ鳥と宝相華。もうひとつ前の時代のものにも似ている。

第三章 密教の祈り 修法と本尊画像

五大尊像 5幅 絹本著色 鎌倉時代 12~13世紀  リアルな線に色がいい。大きい。

大日金輪像(胎蔵界) 1幅 絹本著色 鎌倉時代 13世紀  綺麗、とても美麗な絵。特に色が綺麗。

孔雀明王図像 1幅 紙本著色 鎌倉時代 12~13世紀  こちらは花がとても素敵。籠がある。

第四章 白描図像の世界 こちらはかなり展示替えがあるようだが、鎌倉時代の白描好きな方にはお勧め。

第五章  受け継がれる教え -三宝院流の相承-
弥勒菩薩坐像 快慶作 1軀 木造 金泥塗・截金 鎌倉時代 建久3年(1192)
  これはチラシになっているが、もう実物の美麗さには感動した。写真は一流のプロの手によるのに、どうしても本物の美が捉えきれていない。
あまりに綺麗すぎて、遠目からでもハッ となった。

仁海像 1幅 絹本著色 室町時代 15世紀  にこにこ。

ああ、やっぱり弥勒菩薩がベスト。

第六章 醍醐寺と修験道
役行者及び八大童子像 1幅 絹本著色 南北朝~室町時代  色が鮮明に残っている。子供らもそれぞれの特性を見せて描かれている。赤3白5でロン毛と巻き毛とセットと。 

峯中秘図 上巻 1巻 絹本著色 江戸時代 天明7年(1787) 桜の咲くお山の様子をロングで描いている。とても長い。

山伏のグッズがいろいろあり、それを見るのも楽しかった。
懸衣 1領 麻製 紗織 江戸時代
行者烏帽子 1頭 絹製 綾織 江戸時代
頭襟 1頭 布製 漆塗 江戸時代
法螺 2口 本体=法螺貝  口部=銀製 江戸時代 17世紀 京都 醍醐寺
螺緒 1対 絹製 江戸時代
宝剣 1口 刀身=鉄製 鍛造 鞘=木製 漆塗 柄=銅製 鋳造 江戸時代
大斧 1柄 木製 漆塗 青貝 江戸時代
大錫杖 1柄 頭=銅製 鋳造 柄=木製 漆塗 青貝 江戸時代
箱笈 1背 木製 漆塗 金銅装 江戸時代

宝剣は山伏が峰入りするときに必要。
大斧は山伏が山林を抖そう(よくわからない)の時に必要。
大錫杖は僧が山中を遊行する際に必要。青貝がきれいだった。

第七章 繁栄の歴史 -秀吉と「醍醐の花見」-
ここでは天皇や足利氏、織田信長、秀吉らの書状が出ていた。
前期には後冷泉天皇綸旨(平安時代 天喜2年(1054)、後期には崇徳天皇綸旨 1通 紙本墨書 平安時代 天承元年(1131)など。

舞楽図 俵屋宗達筆 2曲1双 紙本金地著色 江戸時代  妙に好きな絵。特に左端の四人の踊りが可愛くて大好き。納曽利もいたか。
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芦鴨図 俵屋宗達筆 2面衝立1基 紙本墨画  もう遠目からでもよくわかった。淡彩で描かれている。 飛ぶ鴨の下に芦が咲く。

いいものをたくさん見せてもらい、ちゃんとお寺まで行きたくなった。

最初期のチラシが見つかったのであげておく。
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