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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

岡倉天心と日本美術院展

丁度佐々木正子先生のギャラリートーク開始に遭い、ついて回る。私は近代日本画が最愛だから今日はまじめに聞く。フェノロサが狩野派を理解せず、結局はコレクターの域を出なかったという話はなかなか示唆的だった。更に技法の話も分かりやすく大勢のお客も喜んでいた。遠近法にも色々あるなと関心が深まる。大観の朧な月はすばらしくよい。富士が好きなのはわかるが夜の絵の良さは格別だ。
荒井寛方の天地和平は中国の女神か、髪に小さな筍櫛を三つ挿している。荒井はインドを舞台にした美人画を以前にも見ている。
安田の羅浮仙女は枝垂梅の中にたたずみ笑っている。皆、彼女を描きたがる。
青邨の群青色の鯉の群れから現代への架け橋を感じる。観山の不動は金色の描線に色彩が封じ込められている。平山の天心と画家たちの群像は、後の世は私たちが守りますというイメージがある―つまり、正しい道筋が平山郁夫によって伝えられているのを感じられるのだ。
渓仙の風神・雷神図は割とよく見た。嵯峨野にある竹内栖鳳記念館にも収蔵されているはず。この人の風神も雷神も可愛いのなんのって。大きなギョロメに虎皮のふんどしも可愛い。不細工な可愛さがある。宗達に始まる風神雷神図の末裔にしては『愛い奴』だ。興福寺や東大寺の踏みちゃこにされている働き者の邪鬼または役の行者に従う前鬼・後鬼のように可愛いコンビだ。
国華に載った文章や天心の論文も面白い。以前名古屋ボストン美術館で大々的に岡倉天心と院の展覧会を見たが、天心の写真がなんだか沢田研二みたいだったことを思い出す。今のジュリーなら天心役がよく似合うだろう。
平山のペルセポリス炎上を見ていて、あれ?と思ったことがある。壁画がアッシリア風なのだ。ペルセポリスはアッシリア文化になるのか・・・ギルガメッシュの親戚と言うか、『王家の紋章』のアラゴン王のお城風と言うか・・・調べないと私もわからない。
日本画の変容についても色々と面白い話を聞けて楽しかった。岩絵の具は本来高級なのだが、科学が進み安価になり他の色も量も沢山使えるようになったことと、軸装から額装に移ったことで絵もまた変容していったというのは、改めて聞くとやはり納得できるし惜しいとも思う。輝石というか貴石を砕いて大切に大切に使われてきた岩絵の具の変容は、まるでセイタカアワダチソウから黄八丈を染め出した主婦の話を思い起こさせるからだ。
〆は片岡球子。私はこの人は面構えシリーズが苦手で、天衣無縫に描かれた風景と言うか、大自然のほうに興趣を覚える。
いい展覧会だった。
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