美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

世田谷文学館「人生の岐路に立つあなたへ」展

世田谷文学館では「日本SF SFの国」展が盛況だが、常設でもなかなか興味深い企画展が開催されている。
「人生の岐路に立つあなたへ」
…いつを人生の岐路と見做すかは個人の違いがあるだろうが。

最初に「はい・いいえ」で道を選択してゆくチャート図があり、タイプが決められる。
わたしは大抵二種それぞれに言い分があるので、別な答えでも動いてゆくが、まぁ最終的には同じタイプへ落ち着いている。今回もそうだった。

さてそのタイプ別にと出ているのは以下の5種である。
「仕事」「結婚」「趣味」「住まい」「リスク」。
どういうチャートで何の?と思われた方はご自分で見に行ってきなはれ。

<仕事>

正岡子規から佐藤紅緑あて書簡 M31.4.8付  まだ24の若き紅緑は子規に俳句を習うていたのだ。子規もまだ30代に入ったばかりだが、もうこの数年後にはいなくなる。
その子規の「ほととぎす」「獺祭書屋俳話」などがある。

芥川龍之介 斎藤茂吉宛書簡 T8.11.9付とS2.3.28付。大正の頃はまだしも昭和になるともう…
そういえば上村一夫「菊坂ホテル」に、夢二、谷崎らホテルの住人と仲間内の菊池、芥川、茂吉が近くの土手で秋の宴会をする話がある。
そこで彼岸花に囲まれた中で自殺した少女を茂吉が発見するが、みんな口々に勝手な感想を言う。それがいかにも各人の性格を顕しているかのようで、たいへん面白い。
(結局そのやかましさ・勝手な言い草に腹を立てた少女が跳ね起きるのだが)

この場合の「仕事」とは一体何を差していたのだろう。
紅緑が感動して男子一生の仕事に文筆業を選む、というのと、文士としての芥川を見るべきか、歌人であり精神科医であり、病院経営者たる茂吉を遠見するのか。
こういうのも興味深い。

<結婚>

宇野千代の書籍が並ぶ。
30年前の大ベストセラー「生きて行く私」もある。
わたしはこのエッセーを読んで宇野千代のファンになった。
正直なところ、文学者・宇野千代にはあまり関心がないのだが、人生の先達としての宇野千代には晩年までリスペクトの念を送っていた。
98年に新宿三越で彼女の回顧展が開催されたとき、会場はもう本当に同性だけだった。
そしてみんな熱心に「天国の宇野千代さんへ」手紙を書き綴った。わたしも書いた。
男は宇野千代に関心を向けないが、女は死んでからも彼女にある種の親しみを覚えたり、リスペクトしたりするのだ。
そのことがわかった展覧会だった。
今もここに出ている書籍を見ては「ああ、なつかしい」という気持ちが湧く。

宇野千代は何度も結婚し、何人とも恋愛関係に陥ったが、同性の友人にも親切で優しく、明るくおちゃめな方だった。それは残された書簡(というよりお手紙というのがいい)からもとてもはっきりと伝わる。
宇野千代は晩年になっても女たちの人気者だったのだ。
楽しいことを追求し、おいしいものを喜び、美容に気を遣い。
今でも宇野千代の人気は消えない。

佐藤愛子の書籍が現れた。
佐藤愛子の展覧会はここでは2001年の春に開催されている。お孫さんとのコスプレシリーズの年賀はがきなどが出ていて、楽しそうな様子にほっとしたものだ。
2001年のベストセラー「血脈」がある。
凄まじい自伝大河小説である。
父親の佐藤紅緑のことから兄サトウハチローのことから、女優への道を閉ざされた母親の話から、自身の結婚の失敗の話も加わってたか、とにかく恐るべき佐藤一族の、その血脈についての巨大な小説である。

わたしが佐藤愛子を知ったのは73年秋から翌年春まで連続ドラマとして放映された「愛子」からだった。小学校に入学したばかりなのにこの「愛子」は小説家・佐藤愛子のことだと覚え、愛子の最初の旦那は精神に異常をきたしたと知り、先夫との娘との和やかだからこその対話に、子供ながら苦しさを感じた。
せつなかった。

この二人の作家が「結婚」に選ばれているところに色々物思うことがある。

<趣味>
ここでは漱石、石川達三、萩原葉子の三人が選ばれている。
漱石は漢詩の書、石川は絵を描いたようでスケッチブック、萩原は手芸のコラージュ作品など。近年、萩原葉子展がここで開催され、フラメンコやコラージュ作品に勤しむ彼女の「趣味」に触れ、好感を持った。
作家の「意外な趣味」を特集した展覧会があっても楽しいと思う。

随分大昔の美術・文芸雑誌で当時流行の画家や作家や工芸家、それから役者たちの趣味を紹介する特集号があった。
松伯美術館で見たのだが、けっこう皆さん意外な趣味をお持ちで面白く思った。
昭和初期でそれだから、やはり昔からこうしたものは人気が高いのではなかろうか。


<住まい>

「世田谷」関連ということを忘れてはいけない。
柳田國男、野上弥生子、志賀直哉、寺山修司、竹久夢二らがピックアップされていた。

成城学園の柳田國男の邸宅については仲良しの泉鏡花の「山海評判記」に描かれている。
それや加藤守雄「わが師 折口信夫」にも訪問した時のことが描かれている。
が、それは柳田個人の邸宅の話で、ここでは柳田の並べられた著作から、日本人はどういったところで住んでいたのか、ということを考える。

日本人はどのような思想の下で住まいを営んだのか。いや、何を考え何を求めて暮らしたのか。
「山の人生」「先祖の話」「婚姻の話」
こうした作品を読むと見えてくるものがあるのかもしれない。

一方、本当に可愛い野上弥生子の邸宅模型。いつも何気なく見ているものも、こうしたコンセプトの中で眺めると違う感慨が生まれる。

志賀直哉「居心地よい家」の原稿。思えば志賀はいい和洋折衷の邸宅に住んでいた。
今では奈良の高畑町の家が一般公開されているが、あの家も大変「居心地のよい家」なのだった。
数年前に訪問した時の記事はこちら

晩年の住まいも大変良かったそうで、そのあたりは阿川弘之も池部良もいい描写をしている。

そして夢二の「少年山荘」の模型も。…なんとなくせつない。たぶん、榛名山のあとの富士見療養所での夢二の最期の情景写真がアタマに浮かぶからだろう。


<リスク>

安吾と山田風太郎、という取り合わせが既にスゴイw
堕落論、戦中派不戦日記といったモノスゴイ本があるものなあ。
もう今は亡くなった大日本帝国というものがあったからこその著作なのかもしれない。
殿山泰司のエッセーを久しぶりに読むかな。


最後に石塚公彦の「SETAGAYA作家のいる風景」写真がある。
リアルな造形で「再現された」、作家のいる風景。想像なのか現実なのかはどうでもいい。
リアルなフィギュアがその場所に立ち、イカニモな顔をしていれば、観客は期待に応えてくれてありがとう、と思うものだ。

駒沢給水所と乱歩 ああ、わたしもここに行きたい。何かの事件に巻き込まれるかもしれないけれど。

荷風は豪徳寺の招き猫を眺め、寺山はボクシングジムに姿をみせ、中井英夫もそっと影を顕す。
ときめきの文学者たちの姿。

いい気持ちで見終えたが、特に自分が人生の岐路に立っているとは何も実感しないままだった。
いや、認識していないだけなのかもしれないが。

10/5まで。
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