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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

橋本コレクション 指輪 神々の時代から現代までー時を超える輝き

西洋美術館で「物凄い」ものを見た。
「橋本コレクション 指輪 神々の時代から現代までー時を超える輝き」
そう、指輪。本当に物凄いコレクション。
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凄い凄いと書いても実感が湧かないかもしれないが、こればかりは現物を見ないとわからないかもしれない、とまだ目がキラキラしたまま思っている。
指輪の煌めきに強く撃たれ、こちらの眼も☆☆☆になったままなのである。

こういうものは夜に見なくては、と夜間開館の日に出向いた。
思った通り大方同性の観客で、最初はみんな欲望でギラギラしていたが、途中からあまりに凄いコレクションに、個人的欲望は却って鎮まり、指輪の威力の前に純粋に目をキラキラ・頭をクラクラさせながら見て歩いていた。

巡礼のようなものだ、とその様子を今にして思う。
指輪の美麗さ・その尊さにひれ伏しつつ、必死で指を伸ばしている。
しかし決して届かない。

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古代から現代までのあらゆる指輪が集まっている。
橋本コレクション870点の内300点がここにある。
その一つ一つに橋本氏の愛着と記憶がある。

当初は確かに他の誰かのために作られた指輪だった。
古代だと王のため・神の使徒のため・契約のためだったろうし、中世以降は装飾のためという側面が大きくなったことだろう。
婚姻・花押・信仰… 
近世ではメメント・モリの意味合いまでもつようになったものが現れる。
しかしさまざまな用途と意味とを持っていたものは、近現代では完全に装飾のための存在になった。

橋本氏は奥様との愛の日々を思い返しながら、今回の指輪の解説と紹介文とを書いておられる。
わたしは橋本氏という方がどんな方なのかは一向に知らない。
ただ橋本氏の書かれた文章から推測するばかりである。
そしてその中から知ったことと言えば、奥様の父上が満州国建国に関わった中島比多吉であること、その従兄弟に作家・中島敦がいること、ソ連の侵攻により奥様と父上とは長く拘留されたことなどである。

ここでわたしは一つの錯覚を起こした。
以下、わたしの妄想である。
「橋本氏は奥様との愛の日々の中で共に指輪を求め続けた。
最初から純然たる鑑賞用のためなのか、愛する奥様の指を彩るための求めだったのかは知らない。
しかし人間の手の指はたいてい10本で、全部の指に複数の指輪を嵌めてもタカが知れている。
毎日替え続けても870もあればもう…
と、他者であるわたしは思いもする。
こうなると、やはり途中から夫婦ともども指輪それ自体の守り人になったとしか思えない。

伝来・伝世の指輪、また発掘された指輪などさまざまな来歴を持つものたちが「縁」あって橋本夫妻の手元に来た。
指輪自体がもしかすると自分らの存在を守ってくれ、とそのように願っていたのかもしれない。
そうでなければ、何千年もの昔からの指輪がこんなにも蒐まるはずがない。」

わたしは今、ガラス越しにその輝きを見ながらそんなことを考えている。


だが、現実は違った。
なんとこれら一大コレクションは1989-2002年と言う短期間に蒐集されたコレクションだったのである。
つまり最初から指に嵌めて楽しむことは目的外だったようで、完全なる鑑賞目的だったのだ。
そしてそれを2012年にこの国立西洋美術館に寄贈したのだ。
宝飾コレクション870点を一気に。
あるところにはあるものなのだ、ともう声も出ない。


展覧会は8つのセクションに分かれている。
ところどころにこの西洋美術館と神戸ファッション美術館の所蔵する優美な絵画や優雅なドレスなどが共に展示され、花を添えている。
あまりに指輪の数が多く、また深く魅了されたため、時間配分が出来なくなり、後に行くほど早足で見てしまうという愚を犯してしまったが、実際のところ最も素晴らしいコレクションが集まっているのは、1と5だと思う。

わたしは63番までは簡単な七色鉛筆で軽くメモを取っていたが、途中から書くことをやめて、ただただ凝視し続けていた。
だから一つ一つについて橋本氏のような丁寧な言葉を添えることは出来ない。
コレクションのリストはこのpdfである。
このリストは決して失われてほしくない、と思った。
なお、リストはこのように表記されている。
1 スカラベ 中王国時代、12–13王朝、紀元前1991–1650年頃 エジプト アメシスト金
2 スカラベ 新王国時代、紀元前1539–1069年頃 エジプト ステアタイト
3 スカラベ 新王国時代、紀元前1539–1069年頃 エジプト ステアタイト
4 あぶみ形の指輪 19–26王朝、紀元前1295–525年頃 エジプト ステアタイト
5 エジプト王プサメティコスの名が刻まれた指輪 ベゼル:末期王朝時代、第26王朝期、紀元前664–525年頃、フープ:後世エジプト 金
6 ロゼット紋の指輪 紀元前6世紀 エトルリア 金
7 スフィンクス 紀元前6世紀 エトルリア 金 
8 ペガソス 紀元前5世紀 古典期ギリシャ ブロンズ
9 女神ニケ 紀元前4世紀後期 古典期ギリシャ ガラス、金
10 女神ニケ 紀元前2世紀頃 ヘレニズム文化圏 金
11 四頭立て馬車に乗るヘリオス 紀元前1世紀後期 ヘレニズム文化圏 ラピスラズリ、 金

時代性・民族性が現れているように思われる。
4000年の指輪の歴史が伝わる。
リストを見るだけでもあの煌めきが髣髴と…

目を光らせ口を開けたまま凝視し続けているうちに、少しずつわかって来ることもある。
神話やその指輪が作られた当時の政治的状況、価値観などもきちんと理解していなければ味わえないものもある。
自分の指に嵌る情景を想像しながら見るものと、純然たる鑑賞をするものとでもまた目の向き方は異なる。
しかし、見るうちに自らの欲望が<萎え>、指輪それ自体のしもべになりゆくのも確かだった。

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橋本コレクションの始まりとなった指輪を見る。
金製指輪 古代ローマのもので、ガーネットと金とが使われている。実際に嵌める悦びを味わわせてくれそうな指輪だった。

ロレンツォ・デ・メディチの指輪を模したものもある。「イル・マニーフィコ」と称された豪奢な生涯を送った人の指輪を模したのである。
それは知恵の神パラス・アテナを象ったもので、オニキスと金とが使われていた。
思ったよりもずっと静かな指輪だった。

指輪が法皇の花押となる時代である。
まだそこまで華美なものは現れなかったのか。もう百年ほど時間が必要だったのか。

山本鈴美香「七つの黄金郷」で、主人公が時の新法王から花押の指輪「黄金の聖書」を賜るエピソードがある。新教と旧教の対立の最中に、英国貴族の娘が法皇から指輪を賜る、というのはありえない設定ではあるが、だからこそ、より尊く貴重な状況となり、彼女の生命を旧教の敵から守ることを、読者として信じさせられる逸話となる。
指輪にはそんな力がある。

また近年には「ロード・オブ・ザ・リング」としてトールキンの「指輪物語」が、原作を乱すことなく完璧な映像作品として、世に出た。
一つの指輪がその世界を壊すことになる。
それを封じるために火山に指輪を捨てに行かねばならない、苦難の旅を描いた物語だった。
指輪の魔力に狂わされた人々が現れ、ついには溶岩に解ける指輪と共に身を沈める者もいた。
また、主人公の一人で、身に指輪をつけて旅をしたことで、ついに癒しようのない深手を心身に負い、この世を捨てる者もいる。
指輪の持つ魔力と魅力とを描きぬいた物語と映像だった。

わたなべまさこ「天使と挽歌」には魔女ローズバット処刑の際の血の付いた呪われた指輪が現れ、何百年もの間、指輪に魅せられた人々を破滅させていった。
華麗なわたなべまさこの描く「指輪曼荼羅」とでも言うべき物語は読んだ少女たちにある種のトラウマと強烈な憧れとを植え付けたろう。


中世になると技巧も手が込んできて、その分純然たる美貌を具えつつある。
わたしはそのような指輪に惹かれた。

六弁花のベゼルを持つ金製指輪 16世紀後期 真珠、エナメル、金 
クラスター・リング 17世紀 ルビー、エナメル、金
二つともとても華やかな指輪だった。
持っていた人がその指輪を可愛がる様子が見えてくるようだ。

星が浦 18世紀 ガラス、ダイヤモンド、真珠、金、銀  
これは大連の有名なリゾート地・星が浦をイメージしたもの。
橋本夫人も少女の頃はこの大連・星が浦で遊んだことがあるかもしれない。
村上もとか「龍 RON」では、その星が浦にあった料亭を物語の舞台の一つにもしていた。
土地の華やかなイメージがとても強い。
この指輪は形が縦長菱形で、周囲にダイヤの粒が連続し、青地の美しい色を見せていた。

八角ベゼルの指輪 18世紀後期 真珠、ガラス、ダイヤモンド、金、銀
一見しておしゃれな指輪だった。指自体が細くて長くなければ嵌めれないだろう。
小さすぎる手には似合わない。

ハーフ・フープ・リング 19世紀後期 ガーネット、ダイヤモンド、金
○○○○と○が四連。可愛いなあ。

金製指輪 19世紀中期 毛髪、オパール、アメシスト、金
こちらは青・白・赤の○続きで、チリリリリとしているところに毛髪が使われているのかなあ??

若いヴィクトリア女王の肖像 1840年頃 イギリス ミニアチュール、ダイヤモンド、金
これは以前に別なところで見ていると思ったら、配りものというか下賜の指輪だった。

フープやベゼルといった用語も今回初めて知った。指輪を構成する部位の名称。
ただし、こればわたしが無知だからということもあるかもしれない。

毛髪を秘めた指輪や骨を納めた指輪もある一方、よくあるのが指輪に毒を秘めているという話。指輪に秘めた毒を飲んで自害、というのをよく読んだ。
池田理代子「オルフェウスの窓」ではロシアの革命家がそれで自殺しようとして、先に射殺される。

もう一つ怖い話を思いだした。
水木しげるの作品でタイトルを忘れたが、指輪の精により、指輪に閉じ込められた男がいて、その男に成り代わり世に出た指輪の精と共に人生を歩む。
以前は指輪の精によってさまざまな示唆を受けていたが、今度はこちらが指輪の精となって相手に示唆を与える。彼我の逆転。
やがてようやく指輪から脱出できたが、もうその時男は老人となっていて、人生の残り時間も少なくなっていた…水木しげるの話はナマナマしく恐ろしい。


アーツ・アンド・クラフツのウェーブがきた。
それまでの宝石や金銀が至高という指輪からデザイン性の高さのために「貴石」も用いられ始めた、素敵な指輪たちの登場である。

ジョージ・ハント アメシストと二羽の鳥 1920年頃 イギリス アメシスト、ペリドット、エナメル、銀
大きくても可愛らしいカタチの指輪。むしろブローチでもいい。
イメージ (15)

ルネ・ラリック 葉のプリカジュール 1900年頃 フランス 真珠、ダイヤモンド、エナメル、金
二枚の葉に挟まれた真珠という構造で、これもとても可愛い。

リュシアン・ガイヤール トンボのプリカジュール 1900年頃 フランス エメラルド、エナメル、金
アール・ヌーヴォーではトンボのモチーフがとても愛されていた。
思えば中国ではセミは吉祥文で装飾品のモチーフになったが、トンボはあんまり見なかったように思う。

ジョルジュ・フーケ 真珠とエナメルの花 1900年頃 フランス 真珠、ダイヤモンド、エナメル、金
チラシ右下でクローズアップされた美麗な指輪。さすがフーケのデザインである。
本当に優美。

ルネ・ラリック ガラスの指輪 1919年~ フランス ガラス、メタル、鍍金
ガラスに刻まれた美しい文様。時代が一つ進んだようにも、古代に帰ったようにも思われる構造である。

ここからは「飾らない指輪」「語る指輪」「技法と模倣」といったセクションに沿った指輪が並ぶ。
カメオや守りものが多く現れた。
神の守護を願う指輪や印章のための指輪…

死と婚礼

池田理代子「ベルサイユのばら」ではマリー・アントワネットは最後の別れにと、自分の身につけていた指輪を形見としてフェルゼンに贈っていた。
これもまた「死と婚礼」の指輪なのである。

フェデ・リング 15世紀 イギリス ブロンズ
右手と右手をつなぐ形。fede ring。婚姻のための聖なる指輪。

ギメル・フェデ・リング 16世紀後期–17世紀 ドイツ ダイヤモンド、ルビー、金
二重というより「双子」の指輪。交差する指輪。

日本でも明治以後は西洋の慣習に沿って指輪が流通し、貴婦人たちはこぞって「金剛石=ダイヤモンド」の指輪を欲しがった。
20世紀の始まり頃に爆発的人気を博した尾崎紅葉「金色夜叉」でも鴫沢宮は「ダイヤモンドに目が眩んだか!」と元の恋人・間貫一に足蹴にされている。
実際その通りで、ダイヤモンドの指輪をくれた男に宮は嫁ぐのだ。

その少し前、明治14年、幕末からの劇作家・河竹黙阿弥も自作の中で指輪を大切な小道具に使った。
「島鵆月白浪」ではパラソルを差し、かまぼこ型の指輪を嵌めた芸者お照が現れる。

婚姻の指輪を見るうちにいくつかの鬱屈が蘇ってきた。
わたしは幼稚園の頃までに母の指輪をなんと6個もなくしているのだ…
原っぱや砂場や公園のどこかで母の指輪を埋めてしまい、それっきり。
わたしはその時の反省と後悔から「生涯決して指輪を嵌めませんから母の指輪を返してください」と様々な神様にお祈りしたが、むろん指輪は返らない。
あれから幾星霜。ほんとうにわたしは指輪を嵌めない。
嵌めてくれそうな人が現れても拒み続け、とうとう指輪を嵌めないまま生き続けている。
「わたしに来る分の指輪は全部母のもとへ行くように」と常に祈り続けている。
実際、母は父が亡くなった後、いよいよ増して自分の好みの指輪を買い続けている。
たまにわたしにも勧めるが、わたしは断固として拒絶する。
この先も決して嵌めないと思う。何があっても決して決して。
それがわたしの罪と罰なのだ。



これ以上結婚指輪を見るのは厭だなと思った時、不意に現れたものがある。
髑髏の指輪 17世紀、マウントは後世 エナメル、水晶、金、銀
髑髏とメメント・モリ 18世紀 おそらくイギリス ガラス、エナメル、ブロンズ
そう、「死を想え」の髑髏の指輪。
近年は「スカル」とか言うて喜んで髑髏を身に着けるのが流行っているが、メキシコ人ならともかく、やはりどう考えても不吉でしょう。
わたしの古い価値観を笑う人は笑えばいいが、髑髏柄の服を着る子供を見る度、「メメント・モリを小さいうちから教えるのか」「七つまでは神の内か…」と暗い心持になる。
ましてや老人でたまにあの柄を身に着けたりするともう…。
そういう意味では槇村さとる「リアルクローズ」で75歳の富豪の婦人に、死と再生のシンボルとか言うてスカルのペンダントを勧めるシーンは、読んでいても非常に不快だった。

峰岸信明「天牌」に、マカオのカジノを預かる「大陸の魔獣」と呼ばれる荘 志雲という男が現れるが、彼は髑髏の指輪を嵌め、「自分を殺してくれる男に出会うためだけに、俺の生きている価値がある」と言う。
麻雀マンガのため、指がしばしばクローズアップされるが、荘の髑髏の指輪はその度に鋭く嗤っている。


絵と指輪
ここからは再び美麗な指輪が現れ、さらに優雅な絵画も花を添える。

ロセッティ「愛の杯」、ルノワール「アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)」やグイド・レーニ「ルクレティア」などの耽美的な絵画が現れ、優雅な心持を更に高めてくれる。
この頃には個人的欲望は薄れ、すっかり指輪そのものへのしもべになっている。

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モードと指輪
神戸ファッション美術館の素敵なオペラ・コートなどがある。
欲しいというキモチが再びふつふつと湧いてくる。
欲望はやはり生と密接な関係がある。

そして遊び心にあふれた指輪も多く現れるが、この頃にはもう時間切れになっていた。
アラジンの指輪の精の話、ウルトラマンAの北斗と南の指輪を合わせての合体など、様々なシーンを思い出す。
実物をながめながらも妄想はいよいよ拡大化する。

館内放送が流れ、退館したが、目のきらきらは当分消えそうになかった。
9/15まで。
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