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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

村岡花子と「赤毛のアン」の世界展

弥生美術館では「村岡花子と『赤毛のアン』の世界」展が開催されている。
開館10時に合わせて出かけたらもう大繁盛。びっくりした。
よくよく考えればTVドラマになってるから、そりゃ普通来ない人でも来るもんです。
わいわい騒がしい中をそれでも機嫌よく見て回った。
イメージ (22)

先般大丸で見た展覧会と共通する展示も多い。
そのときの感想はこちら

わたしはドラマも見ていないので話には乗れない。
というか、チラチラはいる情報で却って村岡花子への距離が広がった気がしている。
これまでは村岡花子をなんとなく尊敬していたのだが、ちょっとばかり距離を置きたい気分になってしまったのは確かだった。
補足すると、これはやはり見ていないが、情報の入るドラマが嫌やということもあると思う。

敬虔なクリスチャンの花子は日本キリスト教系婦人矯風会が発行する雑誌にもいろいろ書いていたようだ。
その雑誌(1932年「婦人新報」)を見るとライオン歯磨きの宣伝ページもあった。彼女はほかに「少女画報」でも活躍していたようだ。川端龍子の少女の表紙絵がある。

「アン」以外の翻訳作品があった。
「そばかすの少年」「リンバロストの乙女」どちらもジーン・ポーター。
姉妹品でもある作品。わたしは「そばかすの少年」は竹宮惠子のマンガで読んでいる。

築地にあった日本キリスト教興文協会の昔の写真がある。いい建物。
それから銀座の教文館の昔の建物。どらちもとても素敵。
ここから「小光子」という雑誌が出ていた。
「小公子」ではなく光の子。
現在は藤城清治氏の影絵展が開催中。

次に「腹心の友」たる柳原白蓮の紹介があった。
柳原白蓮の本の多くを装幀したのは夢二だった。
「幻の華」「踏絵」「指蔓外道」などがある。
大丸で見た「指蔓外道」に再会。この絵はベックリン「メデュウサ」から想を得たらしい。なおタイトルや雰囲気から邪宗門関連かと思ったが、そうではなく言葉自体はアングリマーラのことを指しているらしいから、仏教系。
白蓮にはほかに「仏教童話全集」もある。
彼女が宮崎龍介と共に暮らしている頃の写真もある。
そして息子が戦死し、その後の社会活動の写真も。

昭和31年には中国から招待されて出かけている。
これは当時戸板康二らと一緒だったのだろうか。
戸板の随筆の中で中国へ招待されて出かけた話があり、その時レッドパージから逃げて中国へ渡った中村翫右衛門と再会するくだりがある。
この時の一行なのかどうか。
周恩来らと一緒に撮影もしているが、たいへん綺麗な老女になっていた。
想いきり若い頃と、こうして老女になってからの白蓮の美貌と言うものは、非常に素晴らしいように思った。

さて再び花子。
「少女の友」の編集長・内山基との対談もあったそうだ。
少女小説の必要性については頷くが、彼女の友情論はちょっと傲慢だと思った。
「ひまわり」でも花子は活躍していた。
花子は石井桃子とも仲が良く、信頼関係にあった。
そこで二人はそれぞれ自宅を図書館=家庭文庫として開室している。

やがて大正9年には一時絶縁関係の白蓮とも友情が復活しているが、これはもう花子が悪いとしかわたしには思えない。
花子もそのあたりのことを文章にしているが、人のことを言うのなら自分はどうなのか、それほどに正しいのか、と言いたくなる行動が少なくない。
そのあたりが非常にニガテで、とうとうわたしは花子とは距離を置きたいと考えだすようになった。

その時代、夢二人気は高まり、便箋や絵封筒などでも夢二作品はたくさん作られたようで、白蓮たちの絵封筒はいつも花束のように見えた。

文芸関係の婦人ばかりが集まった会も発足した。
中里恒子、林芙美子、石井桃子、円地文子、宇野千代、吉屋信子らとの集合写真もある。
わたしは彼女たちがなんとなく好きだ。

いよいよ「赤毛のアン」である。
三笠書房から刊行されたシリーズ物はすべて大人っぽいアンの姿だった。「第三集」などは特におとなっぽく、美人である。
わたしは講談社版の「アン」を読んでいた。
ポプラ社の表紙はSFやファンタジーで名高い武部本一郎によるもの。

「アン」は作中に出てくる食べ物や手芸品の人気が高く、現代でも再現の技法を記した本などがよく出ている。
丸く編んだ敷物というものの実物も今回初めて見た。
古布を三つ編みしてぐるりと綴じる。手間のかかる手仕事だった。

いいセリフがある。
マリラ「女の子はその必要が起ころうと起こるまいと一人立ちできるようにしておいた方がいいとあたしは思うんだよ」
原文は知らないが、とてもいい言葉だと思った。

花子の訳したほかの本をみる。
「丘の上のジェーン」の新潮文庫は村上芳正の装幀だった。
「エミリー」シリーズも!なんだかとても嬉しい。

「アン」を描いたイラストや現地の写真なども飾られていた。
やはり「アン」は永遠の小説だと思った。


次に高畠華宵記念室。
「帽子コレクション」として華宵の描く少女たちが帽子をかぶる絵を集めていた。いずれも1920年代のモダンな少女たちの姿である。
わたしは1920年代のファッションが一番好きなので嬉しくてたまらない。
春の帽子の一つ「かほるそよ風」のスタイルはドット柄ワンピースにツバ広の帽子で「カルメン故郷に帰る」の高峰秀子のようだった。
夏の水着の帽子もいい。秋、冬のココア色、茶系統の帽子も素敵。
とろける目をした彼女たちはなんと帽子が似合うことか。

他にもパラソルの少女たちや、帽子をかぶる少年像もいくつか。
こうしたアプローチもいいものだと思う。

そして夢二美術館。イメージ (23)

今回は「美人画家・夢二」と言うことだった。
明治から戦前の美人写真も出ていて興味深く眺めた。

大正10年の「三都美人比べ」がいい。
東京・大阪・京都の美人芸妓の写真を集めていた。
しゃっきりした美人は東京、もっちゃりしたわけのわからん魅力があるのは大阪、京都のはまた不思議なよさがあった。

それから当時の世に名高い美人の写真があった。
九条武子、柳原白蓮、林きむ子(舞踏家)、江木欣々、松旭斎天勝。
みんなそれぞれとても綺麗だった。

夢二は案外派手なものが嫌いなようで、お召し物より銘仙の可愛いものを愛したそうだ。それも銘仙が洋風になったり、華美なキラキラは許せなかったそうだ。

グラビア絵を見る。
「セレナーデ」が出ていた。特に配色の好きな作品の一つである。ギターを弾く女。夜景の色がいい。
今回の特集で知ったことだが、夢二は「泣く女」の絵が多い。
色んなシーンで女たちは泣いていた。
そこにせつなさが活きる。

「情話」本も多い。
雑誌表紙も今回は「大大阪」と八十主催の「蝋人形」が出ていた。
後者は大人っぽい魅力のある雑誌だった。

セノオ楽譜を見る。
「君よ知るや南の国 ミニョンの歌」これはトマの方の曲。
「我を偲び給へ」…ストーリーはまぁ、ねえ…

最後に一つ笑ったものがある。
明治40年「太陽」がかかわったもの。
コマ絵である。
「男の見たる女」…顔、手先、足先。
「女の見たる女」…着物、髪飾り…
笑ったなあ。

9/28まで。
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