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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

よみがえる明治の幻燈 四天王寺幻燈會

四天王寺さんといえば「大日本仏法最初」の四天王寺である。
宗派関係なしに拝みに来る人も多く、機嫌よく境内でくつろぐ人も多い。
大昔にはここの西門から極楽を目指す人もいたし、「夕陽丘」という地名だけに夕日が素晴らしく、その夕日を見て「日想観」を凝らす人もいた。
(お彼岸の話だけでなく、夕日を拝む人も実際に多かった)
ここで養うてもらう人も少なくなかった。
山椒太夫から逃れた厨子王は足萎えになり、ここで暮らしたところを梅津院に拾われたのだし、まぁなんなとあるわけです。

色んなイベントも開催されている。そもそも四天王寺を拵えた聖徳太子と、数百年後輩の弘法大師の二人をここでは敬っていて、毎月21日22日にはそれぞれの市が立つ。
なんだかんだとコンサートもあったり、11月には「四天王寺ワッソ」もある。
数年前のお彼岸の最中には覗きからくりの実演もあり、巨大な月の下で地獄極楽を眺めもした。

今回は「幻燈」である。
チラシにある通り「よみがえる明治の幻影」ということで、明治時代のを中心にした種板を使っての「幻燈會」が開催された。
イメージ (20)

わたしは以前から幻燈に関心があったのでいそいそと出かけた。ツイッターで告知もした。
ところが広い境内で開催場所を把握していなかったのでかなり手間取り、親切なご夫婦に連れて行ってもらった。ここへ入る前にも親切な人が声をかけてくれたので、やっぱり四天王寺界隈には善き心根の人がいてはるもんや、と思いながら本坊へ入った。

本坊庭園は普段の公開で入ったが素晴らしい空間で、和の粋をいく建物だと思う。夜には閉じられているが今回のイベントで開けられていた。
天王寺からほど近いこの場所で巨大な寺域を保つだけに、シーンとしていて、ちょっと怖い。いい建物だと思いながら中の「安養殿」に入っていった。

お客さんはなかなか多く盛況だった。
大阪では以前から若手噺家の人がこの仕事を請け負っていて、時折イベントを開催している。
今回はムサ美と大芸大で教えておられる松本夏樹先生による映写と語りである。

お寺の中なのでお坊さんが監視員でもある。制約がいくつかあるが、それを守ろうとするキモチ自体が、この四天王寺の徳と言うものなのかもしれなかった。

19世紀初頭の上方で、この幻灯機をもって江戸へ下った人がいる。
両国あたりか浅草奥山かは知らぬが、大勢のファンを喜ばせたとか。
えどでは「写し絵」と呼ばれ、随分な高人気となった。
これは上方では「錦影絵」と呼ばれた。それぞれの住人のセンスの違いがよくわかり面白い。

幻灯機も明治になり西洋式のが輸入された。
子供らの教育・啓蒙にこの幻灯機を使って、「見て学ぼう」を始めようとしたが、予算が足りなくなってしまったそうだ。
イメージ的には授業にタブレット端末を一人一台渡そうとして予算不足であきらめました的な感じである。

幻燈師も困り、そこで西洋式のを担いで巡業をはじめ、各地でわいわいと人気を得たそうである。

さて松本先生が幻灯機を使って、軽妙でナマナマしい大阪弁で種板に描かれた絵を話し始めた。
とても笑える。そして前述のように噺家が今その仕事を余技ながら身に着けていったのもわかる気がした。
とにかく面白いのである。

チラシ「よみがえる明治の」の真横のアタマの大きいおじさんが主役の話が映し出された。語りの再現は不可能なので、わたしの言葉で話を綴る。

暗い夜道でこの旦さん、提灯の灯りを失うてしまい、えらいこっちゃわい、と暗い中でなんとかしようとしたら、なんか変にぐにゅっとしたもんを踏んでもた。
さぁ気持ち悪いけど、見えんもん、旦さん、逃げなはった。
なんとか家まで戻ったはええが、あぁ気持ち悪いなと旦さんも嫌な気分ですがな。まあそやけど、そうは思いつつも早よ寝てまえと布団にもぐりこんだ。
それが、夢に「お前に踏み殺されてもぉたカエルじゃー」言うて大蝦蟇が現れて、のしのし乗るんよ。旦さん、うなされる。
とうとう店の者みんな起こして「さぁ今からあの蝦蟇探しに行け」言うて聞かへん。しゃあなしに旦さんの行ったとこ探したら、……あったがな、つぶれた茄子がぐにゃーとなって。
旦さん、蝦蟇やのうて茄子を踏んだだけやったのでした。
みんなそんなんで起こされてえらい迷惑でした。

ここで「シマイ」の字が現れて、特に盛り上がりもなくおわるが、なんとはなしに面白かった。

あと、チラシのけったいな人物画は小林清親のポンチ絵「百面相」からのもの。
教訓絵もおおいが、それが風刺もので、しかも判じ絵。

女に鉋掛けされた男は「女に身を削る」、女の車夫がひく口の絵の車に乗る男は「女の口車に乗る」、そういう判じ絵ばかり。
一番笑えたのは、お座敷でヨキか斧かを振り上げて、同席のもの二人のアタマを唐竹割して、血まみれにさせてる絵。
とんだ猟奇やないかと思ったら「宴会の勘定は頭割り」…
そやけど、こんなんでアタマかち割られたら日には、おカネも払われへんがな。
笑うたな~

チラシ左の「先生」の字の下は「四ツ橋」の風景。
「涼しさに四ツ橋を四つ渡りけり」のあの心斎橋の横のちょっと西にいったところのあの四ツ橋。電信柱がようさん並んでます。路面電車もある。信濃橋のあたりに停留所もあったというし。

幻燈の最後には万華鏡みたいな綺麗な映像を見せることになってたそうで、今回もきらーんと綺麗なのを見せてくれはりました。
花輪車と聞こえたが、本当の名はわたしにはちょっとわからない。

終了後質疑時間があったんで、わたしも松本先生にお尋ねした。
今回の種板は一枚一枚バラのものである。
それは鴻池家旧蔵の各地の名所写真や動物たちの写ったものと同じだったが、随分前に国立演芸場で、わたしは「小幡小平次」の連続ものというか一枚ものの種板を見ていた。
その違いについて質問すると、それは「仕掛け種板」だということだった。
怪談などをするときはそれを使うほうがより効果的になるそうな。

そこからお話が結城座に移り、数代前の結城孫三郎が人形やなく幻燈師として、両国の川開きの日に旦那衆の舟の障子を使うて幻燈を見せた。芸者衆はきゃーきゃー黄色い悲鳴を上げて旦那衆の首っ玉にかじりつく。旦那衆はへらへら。
さて秋になりました。ある日ぜんぜん知らん男がお礼やいうて訪ねてきたわけです。なんですかときくと、「おかげさんで儲けさせてもらいましたのでそのお礼です」というわけです。
みんなが花火や幻燈に夢中になって、ぼんやりしてる好きに懐中のものをすっすっと盗っていったいったスリの親方のお礼なのでした。

ああ、最後まで笑わせてもらえた。
面白かったなあ。ありがとうございます、松本先生。

今後も幻燈を見る機会があればでかけます。
そして四天王さんでなんぞ楽しいイベントがあればやっぱりでかけます。
おおきにさんでした。
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