美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

印象派のふるさと ノルマンディー展 近代風景画のはじまり

既に終了した展覧会だが、感想を挙げる。よかったので忘れたくはないのだ。

「印象派のふるさと ノルマンディー展 近代風景画のはじまり」
正直なところノルマンディー=連合軍の上陸地、D DAYの場所、というイメージが強すぎて、一大リゾート地だということを考えたこともなかった。
これはやはり自分がリゾートそのものに無関心なのと、何十年も前の第二次大戦を描いた映画が好きなのが原因だと思う。

地名とその存在地とが合致しないのは、まだ仕方ない。
自分の不勉強なのと無関心が原因だからだ。
しかし描かれた作品を見ていても、その場所がどうしてそんなにもみんなに描かれ続けているかを考えないのは、これはもう罪に近い。
自分の罪を暴きながら感想を書いてゆく。

第一章 ノルマンディーのイメージの創造 イギリスの画家たちが果たした役割

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(彫師:J.クサン) ラ・エーヴの灯台(アルバム『セーヌ逍遥』1834年より) エングレーヴィング  モノクロの版画の世界では日が昇ろうとしているのか、沈もうとしているのか、明確な区別がつかないように思う。

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(彫師:R.ワリス)ル・アーヴル(アルバム『セーヌ逍遥』1834年より エングレーヴィング  煙を出して行きかかる舟。

アレクサンドル=エヴァリスト・フラゴナール タンカーヴィル、廃墟の城跡
(アルバム『古きフランスのピクチャレスクでロマンティックな旅』1820年より)リトグラフ  あのフラゴナールの息子で、ダヴィッドにも学んだそうな。
対仏のための砦の跡地で、今や塔の先頭は裂けて森のように緑に覆われている。
国は違うしニュアンスも異なるが、グリムの「鉄のハインリヒ」を思い出した。
塔そのものは「未来少年コナン」のインタストリアルの太陽塔に似ている。あれは三角形を形作ってはいたが。

ジャン・トルショ(彫師:アンゲルマン)グラーヴィル教会の内部、鐘楼へと昇る階段
リトグラフ  アーチを支える列柱。統一された装飾ではない。左の柱はアカンサスに覆われたようなもの、右のそれは掃討の蛇が蹲るようなもの。鐘楼の鐘を引くための紐を持つ人がいる。寺男、鐘楼守りというもの。まだまだ若くて元気そう。

作者不詳 ジュミエージュ修道院の眺め 油彩/カンヴァス  ここで油彩が現れた。
フランス随一の壮麗な廃墟というのも頷ける。破壊と再建の繰り返しに疲れたか、ついにあるときそのまま手つかずになった。しかしその時からがこの「廃墟」は本当の美麗さを手に入れたようだった。


ルイ=ジャック=マンデ・ダゲール(彫師:G.アンゲルマン)ジュミエージュ、廃墟の修道院、北側(アルバム『古きフランスのピクチャレスクでロマンティックな旅』1820年より)リトグラフ  画家ではなくカメラマンの眼で見た風景。日差しが下りてくる…
真冬の間、ハイジたちが住んだデルフリ村の教会の廃墟のようだった。

ウジェーヌ・イザベイ サン=ワンドリル修道院の列柱廊 油彩/カンヴァス  この僧院は649年創建という古く由緒正しいもので、素晴らしいゴシック建築の天井を見せていた。これだけでも凄い価値があるのがわかる。綺麗な形をみせてもらい、嬉しい。
ちょっと調べたら、ここは1909年8月にただ一日だけ「マクベス」を上演したそうだ。
マクベスをゴシックの空間でみる…さぞや恐怖に彩られた奇妙に美しい舞台だったろう。

フェリックス・ブノワ(彫師:ゲイルドロー)コードベック近郊のサン=ワンドリル修道院(アルバム『描かれたノルマンディー:建築、風景、衣装』1854年より)リトグラフ
  こちらも同じ場所。ここでは働くおばさんたちが休憩する風景を描いている。
やはりゴシックというものは魅力的だ…わたしはバロックよりゴシックに惹かれている。

シャルル・ルヌー ルーアン近郊、サン=セヴェール修道院の列柱廊 油彩/カンヴァス
ここもゴシック。老人たちがゆく。ゴシック・ロマンという一大分野があるが、本当にドキドキ。

ここまで建築の美を堪能した。やはりノルマンディーは旧い土地なので魅力的な建物を描いた作品が少なくない。

リチャード・パークス・ボニントン ノルマンディー海岸の港 油彩/板  この画家は英国水彩画をフランスに教えたという人だそう。素晴らしいね、英国水彩画。
描かれているのは港町の一軒の家。歪んでパンクしそう!現実のなのか誇張表現なのかは知らないが、ちょっと物語に出てきそうで面白い建物。

第二章近代風景画の創造 ロマン主義から写実主義へ

アレクサンドル・デュブール オンフルール、サン=シメオンでの食事 油彩/カンヴァス  ここの主催者の名を取って「トゥータン農場」とも呼ばれていた有名な場所。クールベ、ブーダンらが来ていた。
大勢が木の下でわいわい。

ポール・ユエ ノルマンディーの藁葺きの家 油彩/厚紙  ハーフチンバーの家。しかし屋根は藁葺。構造的に気になるのでやっぱりじぃっと見てしまった。

コンスタン・トロワイヨン 牛と羊の群れの帰り道 油彩/板  茶牛、白牛、三匹の羊、そして牧羊犬らしくき黒犬。林の中を行く農婦とそのご一行。

ウジェーヌ・ブーダン 牛の群れ 油彩/カンヴァス  この習作もあるがそちらの方がのんびりムード。モーモーと鳴く声が聞こえてきそう。さらさらと描かれた牛たち。まだ未完な雰囲気もある。

ウジェーヌ・イザベイ 浜に上げられた船 油彩/カンヴァス  チラシ。海にあるべきものがこんなところにあると、やっぱりどこか侘しさがある。

アレクサンドル・ティオレ ヴィレルヴィルの広大な湿地帯 油彩/カンヴァス  手前に湿地帯。どこか日本的な感覚がある。ジャポニスムというのではなくに。

ギュスターヴ・クールベ 波 油彩/カンヴァス  丘の舟、波に舟、二つの舟と波。
はっとなるような風景。

第三章 海辺のレジャー

ここに出てくる絵のほぼ全部が、海辺に出て来てても泳ぐわけでもなし、きちんと服を着てパラソルさして、のんびりしてるだけ。なんにもしてない無為さがリゾートの本質なのだかしらないが、見ててもよくわからない。
ちょっといらっときた。

第四章 近代化に対する印象
 
アレクサンドル・デュブール オンフルールの帆船 油彩/カンヴァス  リゾートホテル。…思えばリゾートホテルとは近代のものなのだよな…

レオン・ジュール・ルメートル セーヌ河沿いの村クロワセ 油彩/カンヴァス  水面は点描。緑色の山々。色彩の明るさがめだつ。

第五章 ノルマンディーにおける写真

これはたいへん面白かった。記録としても芸術写真としても興味深い。
壁面展示だけでなく上映もしてくれたのでよかった。
現地の写真倶楽部の作品もそこに入っている。

エミール=アンドレ・ルトゥリエの作品が6枚、ルイ・シェスノーが3枚。

エミール=アンドレ・ルトゥリエ ルーアン、ジャンヌ・ダルクの像  台座にはイルカもついているがけっこう凶暴な顔つき。下は水道台になっていて、ライオンの口から水がごほごぼ。

エミール=アンドレ・ルトゥリエ ルーアン、エートル・サン=マクルー  中世の墓地の跡地。回廊で囲む。「死の舞踏」の彫刻が多いとか。
これはハノイのある場所を思い出した。やはりこうした所はニガテではある。

エミール=アンドレ・ルトゥリエ ルーアン、ホテル・ド・ブールトルルドの正面  ルネサンス様式のすごいホテル。天使、ドラゴン、鷲、働く人々…多くの彫刻が刻まれているる豪華なホテル。
現代も稼働中でWifi可能とかなんとか…ちょっとガッカリ情報か。

ルイ・シェスノー コードベック=アン=コー、潮津波の到来  海嘯です、津波の一種。
この文字を見ると「風の谷のナウシカ」を思い出す。
あれで今の文明が押し流されたからなあ。
なおこの海嘯はテムズ川、セーヌ川などで見られる現象らしい。
隅田川や淀川では起こらない、と思う。思いたい…

第六章 自立する色彩 ポスト印象主義からフォーヴィズムへ

ロベール・パンション ルーアン近郊、アンフルヴィル=ラ=ミ=ヴォワの石切り場、反射の効果 油彩/カンヴァス  荒いタッチがかっこいい。確かに反射の効果が絵に表されている。水面に映る山。反射にはっとなる。

アンリ・ド・サン=デリ オンフルールの市場 油彩/カンヴァス  にぎやか!ワイワイガヤガヤしているのが迫ってくる。

アルベール・マルケ ル・アーヴルの外港 油彩/カンヴァス  海の色がとても綺麗。薄いミントグリーン。人々は黒くシンプルに表現され、まるで記号のよう。船が魅力的。

第七章 ラウル・デュフィ セーヌ河口に愛着を持ち続けた画家

先般大規模なデュフィ回顧展を見たばかりなのでいい心持で見て回った。
しかし、途中でその浮かれ気分が停止した。
明るいのばかり、と思いきや、「黒い貨物船」という重い存在があった。
眼がわるくなっていたデュフィの前には黒い貨物船がある。
リウマチに苦しむデュフィはしかしそれでも明るい色彩の絵を描く。
描きながらもそこに黒い貨物船が存在する。

1920-30年代の陽気でオシャレな時代から見ると、1940年代後半の作品は鬱屈しているのを振り払おうとしているかのように思える。
だからどんなに明るい、昔のような絵を描こうとも、そこには黒い貨物船がある。
黒々しているときもあれば、輪郭線だけの時もある。
しかし確かに黒い貨物船は絵の中に存在する。

第七章 オリヴィエ・メリエル、印象派の足跡をたどる写真家

この写真家は現代の人で、世界大戦後に生まれている。
しかし彼の撮った写真はすべて昔の銀塩のそれを思わせる。
銀メタリック風な表面は、プラチナを使って調色したものだという。
だからこんなにも懐かしい、揺蕩うようなときめきがあるのだろうか。

先にフランス一壮麗な廃墟として紹介した「ジュミエージュ修道院」の写真がある。その廃墟を覆うように暗い雲が来る。風雲急をつげる、という実感がある。もしかするとただの曇天なのかもしれないが、なにかしら人智を超えた、運命的なものが迫っている気がした。

百年前の芸術写真。それを思い起こすような作品に惹かれた。
モノクロのクールさにときめきながら。

とてもいいものを見て機嫌がよいのだが、あまりに遅く出かけたことが申し訳ない。
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