美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

歌川国貞

浮世絵太田記念美術館で二カ月連続「歌川国貞」展が開催されている。
国貞は今でこそそんなに取り上げられなくなった絵師だが、生きている間、ずっと高い人気があり、死ぬまで沈むことなく描き続けた。
あんまり描きすぎたので、作品の質が云々と言われたり、当時の人々の嗜好に寄り添て描いた作品が多いので、現代人にはちょっと避けられているところもあるが、幕末期の第一人者であったことは間違いない。
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一世代前の北斎、同時代の広重が風景画で後世まで愛され続けたのと、近年になり爆発的に売れた国芳との陰に隠れた形になるが、国貞人気は戦前まで確たるものがあった。
鏡花の名作「国貞ゑがく」にもそのあたりの状況が垣間見えもする。
(リンク先は旧字・縦書き。岩波版か?)

前述のとおり「当時の人々の嗜好に寄り添う」国貞は、その意味では完全なる風俗絵師だった。何万枚もの役者絵。芝居絵、物語絵を描き、当時の人々を悦ばせることに腐心した。
国芳のような政権批判もせず、戯画も少なく、その意味では面白味も薄いが、「客を悦ばせる」ことに徹底した。
描きたいものを描いた・描ききった北斎、国芳との違いはそこだと思う。
そしてそのことが現代において、国貞人気を薄める理由でもあった。

近年、国貞の回顧展を開催したといえば、静嘉堂文庫と礫川浮世絵美術館の二つくらいだと思う。
静嘉堂のは行き損ねて非常に悔しい思いをしたが、図録を見ると「それでもまだまだ足りない」と思った。
今回、太田では260点ばかりを展示する。
前後期に渡る展示でのこの数だが、しかしそれでも国貞の全貌に迫ることは難しいだろう。

見終えた今としては「あれも見たかった、これも出ててほしかった」と思うものがいくつもある。
しかしそれでも満足感があるのは、やはり、これまでここまでの数を一気に見ていないからかもしれない。ばらばらで見て印象に残ったものも多いが、今回は本当に「国貞を見た」気にさせてくれた。

前後期取り混ぜての感想を挙げてゆく。
なお、役者名は三世だと#3のような略称で記す。
また、彼の絵は比較的「いつ描いたか」がはっきりしているものが多いが、芝居絵に関しては適宜その製作年などを記すこととする。

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#7団十郎の暫 1830 立派な顔である。さすがお江戸の團十郎の顔である。三升の柄も綺麗。この顔でぐっとにらまれれば、江戸の人々は大喜びなのは間違いない。

柳下美人 楊枝を加えている。ちょっと崩れてはいるが、英泉のような頽廃はない。

#7団十郎の男之助と#5幸四郎の仁木 1831 鼻高幸四郎の仁木がいいのは当然だが、木場の親方のぐっとした口元の苦み走った良さがたまらない。

思えば国貞は幕末の黄金期の役者たちを描いた人なのだ。
わたしが国貞に溺れたのもそこからだ。
少なくとも黙阿弥の芝居を愛する人は、必ず国貞の絵を見ておかないといけない。

芸妓と居眠りの仕込み 三味線弾きの女がぐっすり居眠り。それを見た二人の女が彼女に落書き。さぁて仕上げをごろうじろ。

#3菊五郎の由良之助/與茂七 1844 梅の頃、川の前で二人。水門を抑える與茂七。ほっかむりを外した大星。近くに陰火が燃えている。よくよく見れば背景には「大入叶」「俳優云々」と書かれたものがいくつもあり、これは芝居を盛り上げるためのもの。

#3坂彦の菅丞相と#2田之助の刈屋姫 1811 父娘の別れというより、未練の強い妖女が袖引きそうな風情がある。袿は赤地に藤で袈裟をつけている。口元は笹紅。
昭和半ばまでの山城少掾や最後のお役で演じた#13仁左衛門丈なら、これは嫌がるだろう。
(この時点の菅公はもう半ば神の領域に入っている、という心持がある、という解釈)
そんなことを思いながら見るのも楽しい。

#5半四郎のしづか御前 #7団十郎の源九郎狐 1811.9 目千両の半四郎の、イチジク型の目がキュート。

#7団十郎の成田山不動坐像、#5半四郎のせゐたか童子 #5幸四郎のこんがら童子 1811.9 凄いメンバー。化政期の役者たちの、素晴らしい果実の滴れを味わうかのようだ。

目千両の半四郎や鼻高幸四郎のいた時代、作者には大南北がいた。
身震いするほど面白い時代ではないか。
それをまだ若い国貞はイキイキと描いた。

吹き抜け屋台法という技法で、芝居小屋や妓楼の中のてんやわんやする群像図を描きだしもした。

中村座大入楽屋当り振舞之図 1811.11 顔見世の時期。何の芝居が当たったかは調べるのはやめたが、けっこうなことよ。大賑わいで御馳走も出ている。毛抜きなどの小道具も見える。

木ひき町森田座顔見世楽屋之図 1812.11 本当にバタバタと忙しそう。顔見世は楽しみだが内幕は忙しいわな。

青楼二階之図 五ばん続 1813 こちらは妓楼。年中無休(ということもないが)、24時間ばたばた。(だから一刻ずらしての時間システムを採用していた)ふざけたり楽しそうでもある。それにしてもこれは五枚続きなのでびっくり。
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2015.1.3追加。

岡田美術館に歌麿の幻の超大作がみつかり、6月に見に行ったが、あれも妓楼のバタバタ風景を描いた群像劇だった。
「一枚絵」もいいが、群像の面白さを堪能できるのもいい。

国貞には国芳のような明るい奇想はないが、いかに画面を面白くするか・客の喜びそうな絵ヅラにするかにたいへん力を入れていた。

長坂坡趙雲救幼主 異時同時図で三国志の人気シーンを一枚に盛り込む。
あっちで赤壁、こっちで張羽の仁王立ち、向こうで趙雲の活躍、手前で玄徳逃亡といった具合である。
豪快さはないがちょこまかと楽しい。

北国五色墨 1815 吉原の女たちのシリーズものである。
・花魁 鉄漿の後に紙を噛む。これは高級な太夫のしぐさ。
・くわえ楊枝の女 河岸見世の女。下級遊女である。一番最下層は羅生門河岸と呼ばれたところ。ここがそれかどうかは知らない。蓮葉で崩れていて、凄味がある。
・吉原芸者 こちらは芸を売る女で、禿も一緒にいた。

思えばわたしが「吉原」の遊女というものを知ったのは小学3年の時から読み始めたビッグコミックでの石森章太郎(当時)の「さんだらぼっち」からだった。
あれは浅草のおもちゃ屋で更に、始末屋稼業というのが面白く、石森らしい人情の機微を描いた名品だった。
それから仕込みっ子を知ったのは上村一夫「凍鶴」からで、やはりビッグコミックだった。
吉原を「なか」と呼び、また「北国」と俗称するのも「さんだらぼっち」からの教えだった。

新板錦絵当世美人合 梅幸きどり 今「梅幸」と書いたが原本は梅好と表記されていたが、これは尾上梅幸と見ていいと思う。当時は三世梅幸のいた時代か。女の一種のコスプレ。
なかなかかっこいい姿だった。

新板錦絵当世美人合 曙山きどり こちらは田之助のこと。たぶん二世あたり。台詞が入っていて読める。「私は芝居を観ますのがなによりの」そう好物なのサ。

大当狂言内 幡隨長兵衛 鼻高のぐいっとした顔つきの恐さ!かっこいい。
大当狂言内 梶原源太 #3三津五郎。いわゆる「永木の三津五郎」。大人気の役者だった。

この辺りの役者のことを思うと、それだけでわくわくする。
いよいよ芝居絵がたくさん出てくる。
国貞で一番いいのは芝居絵と物語絵だとわたしは思っている。

#7団十郎の軍助 #5幸四郎の惣太 #5半四郎の女清玄 1814.3 同工異曲の絵が何点かある。「女清玄」もので、舟で人々が行き当たる場面。
ワルモノの惣太がぐいと櫂を取る。もう出家も何もやめて髪が伸び出している、くりくり眼の可愛い半四郎の女清玄。落ちた桜姫を救おうとする軍助、別な絵には松若まで登場するから、やはりこの場面は人気なのである。
わたしも近年になり、ようやくこの芝居を観ることが出来て、とても嬉しかった。
今病気療養中の福助のを見ている。
それ以前は#6歌右衛門の女清玄の狂乱を写真や資料で見ていた。
この芝居自体はさらに鏡山まで綯交ぜにしたそうで、南北がやったと思う。
めちゃくちゃな世界観の中でも図太いドラマが生きている。

奉納手拭 天満屋お初 1816 懐手にくわえ楊枝。ふてぶてしさがいい。文化末期の女郎の面ツキのよさにシビレる。

奉納提灯 古手屋おつま 子供におしっこさせる姿。この女は文盲で、それがために心情も事情も夫に伝えられず、無惨な死を迎えるのだ。

三ヶ月お仙つぼね見世之図 局見世。下等な女郎屋の店先。小綺麗にしたのがいるやないかと思ったが、哀しいかな、若作りしたのが立っているのだった。

神無月 はつ雪のそうか 三枚続で雪の夜のそうか(惣嫁、大坂における夜鷹のこと)たちがぬくもりを求めて二八そばの屋台に集まり寄ってくる図。湯気がこちらにも届きそうである。
ところで夜鷹と惣嫁についてだが、忠臣蔵の外伝に当たる「忠臣講釈」でも「四谷怪談」でも惣嫁という言葉が出るのでちょっと考えている。
前者は上方、後者は江戸の作品なのだ。

大当狂言内 大工六三郎 これも人気の絵で、シャープな顎のラインが素敵。思えばこの芝居も一度見ただけか。

六三郎を#7団十郎が演じた芝居絵もある。殺しを止める場。#5半四郎、#5幸四郎と競演するのがおおいが、いずれもいい見せ場だろうとゾクゾクする。

初代尾上松緑死絵 怪談ものや変化ものが得意な役者らしく、涅槃図の周りには彼が演じた・あるいは彼と<共演した>狐、蝦蟇、蛇らが泣いている。

俳優日時計 それぞれの時間、俳優たちが何をしているかを描く。一種のグラビア。座って歯を磨くのが辰ノ刻、庭のアヤメを切る未ノ刻など。
なお未ノ刻のモデルは顔の怖い#5幸四郎。鼻高幸四郎と呼ばれる立派な、というより怖い顔の人だが、至って親切な優しい人だったらしい。
午ノ刻は楽屋でみんな支度中の姿。

江戸自慢シリーズもある。
・五百羅漢施餓鬼 コマ絵にサザエ堂が描かれ、サザエのような竹枠のミニ蚊帳に入る母子。
・花屋敷の七草 舟から身を乗り出して手を洗う女。ナマナマしい官能性を感じる。

舟から身を出して手を洗う姿にどきっとするのは、歌舞伎などではその様子は情事の後の決めごとだからである。

国貞は大坂にも来ている。1821年に数ヶ月間暮らした。
そこで道頓堀のにぎわいなどを活写してもいる。

木場雪 弟子たちみんな集合。一人がだっこする赤ん坊は後の#7団十郎。

国貞は紅毛油画シリーズなに「このみにまかせ くにさだえがく」と横文字を入れている。

国芳ばかりが新しいのをしているわけではないぞというような作品である。
表現にも工夫したものが次のシリーズ。

月の隠忍逢ふ夜 湯上がり、月見、行灯の三作いずれも月光の効果をうまく取り込んでいる。

東海道五十三対シリーズもある。1833 蒲原では牛に乗る美人が描かれている。風景そのものはやはり広重に負ける。
そういえば国貞の作品には叙情というものが少ない。

広重と組んだ風景画&美人画では機嫌の良い美人画をばんばん描き、やはり美人画は国貞だとうならせてくれる。

五十三次シリーズ 1850 こちらは宿場にこじつけもあるが物語の人々の絵を載せてゆく。
品川で長兵衛、川崎で権八、宮で景清、京で五右衛門などなど。
いずれも彼の好んだ役者の顔である。

日月星ノ内 月 宴会の女。周りの皿小鉢は染付で、いい感じ。手酌で飲む女もいる。

雪月花のうち 月 団扇図だが、枝豆の束をもち、おいしそうに枝豆をかんでいた。

種彦の「田舎源氏」の挿絵がまた大ヒットした。
今、東洋文庫で松平春嶽から依頼された豪勢な春画のが出ているが、確かに田舎源氏・光氏が女たちとあーんなことやこーんなことをしている図を見たい、という欲望を持たされる。
とてもきらきらしている。

国貞は五渡亭時代の絵が一番いいが、三世豊国になってからも(本人は二世を名乗ったが)、どんどんどんどん描き続けた。時代の要請もあったから、そんなにも長期にわたって描き続けることが出来たのだ。

だが、その長い作画期間を思うと、悲しいことがいくつかある。
前述したように、国貞の風景画は叙情が足りない。人物はいいが風景は平たいままだ。
だから広重と組んだシリーズはよかったが、その広重がコロリとコロリで逝ってしまった。
また、木場の親方の繁栄ぶりを描いた絵の中に、弟子に抱かれる赤ん坊がいたが、あれは長じては#8団十郎となり、大人気の役者として活躍したが、まだ三十そこそこで大坂で謎の自殺を遂げ、その死に絵を描いてもいる。

その死因については杉本苑子が「傾く滝」で絢爛な物語に仕立てあげているが、実際のところは誰にもその自殺の原因はわからないままなのだった。

風俗画も多い。

十二月の内
・文月 二十六夜待ち 夏のカニ!様々な染付の器にごちそうがあり、みんなで夜を過ごす。女同士で「あーん」としたり。
・小春 初雪 焼き芋屋さんの前で丁稚がお嬢さんの下駄の歯の雪取り。川越から来る大きな大きなお芋さんが山と積んである。

冬の宿嘉例のすす掃き 1855.11 安政の大地震の後の、役者たちみんな元気ですよ、な三枚続き絵。

役者も化政期の頃と違い、もう一世代替わり、芝居も南北から黙阿弥ものがメインとなった。

そのころの芝居絵もいい。多作すぎるという評もあるが、資料としてもこの時代の「豊国」の作品は見るべきものだし、価値が高い。

今様押絵鏡 団七九郎兵衛 水をかぶるところ。つまり長町裏で義平次殺しの後の姿。人気の一枚だったか、これまでにもよく見てきた。

豊国漫画図絵 鬼薊清吉 雁がゆくのを見上げる。刺青がきれい。

おさらば小僧伝次 雲霧五人男の一人。これはまた刺青の綺麗なこと。#13羽左衛門。

そういえば見立て絵でまだ家橘時代の#13羽左衛門(後の#5菊五郎)の弁天小僧を描いたのを見た黙阿弥が、「白浪五人男」を描いたのだったか。

御あつらへ三色弁慶 弁慶縞のこと。刺青が本当に綺麗。
これはしかし染付の美と同じかもしれない。
後輩の国芳の刺青の迫力はなく、綺麗さが先に立つ。

1859年の暮れから翌正月の二ヶ月、「三人吉三」の芝居が初演されたようで、二ヶ月連続舞台を描いている。
現行は「巴白浪」だが、元は「廓初買」だった。
ややこしい筋があるのでこうして二ヶ月で興業をぶつ。
絵は三人吉三の最後、櫓に逃げて捕り手と戦うところ。

わたしは弁天小僧より三人吉三の方が好きだな。

その弁天小僧の芝居絵もある。五人男が勢ぞろいしたところ。今でもこのシーンは華やかだから愛されて、しばしば上演されている。

豊国揮毫奇術競 このシリーズが大好きなのに惜しくも前期も後期も一枚ずつだけだった。
・須美津冠者義高 大ネズミの上に座り、印を組む。
・暁星五郎 コウモリに乗る!悪魔な顔のコウモリ。

#3田之助のおかるがあった。口元に何ともいえぬ艶がある。まだこのころは彼も丈夫だった頃か。
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最後は弟子の豊原国周による肖像画がある。
1864年、明治まであとわずかまで長く生き、長く活躍した絵師だった。

展覧会は11/24まで。

なお、赤穂市立歴史博物館、12月恒例の忠臣蔵関連展示、今年は「没後150年として国貞の忠臣蔵浮世絵の特集をする。
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