美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

ユートピアを求めて ポスターに見るロシア・アヴァンギャルドとソヴィエト・モダニズム 

これまで多くのロシア構成主義やソヴィエト・モダニズムの展覧会を見てきた。
絵本だったり、映画ポスターだったり、タイポグラフィの展覧会だったこともある。
1917年の十月革命でソヴィエト政府が誕生し、旧い価値観を持つものを捨てて行った。
新しい国家は新しい芸術を欲し、そこからモダンな作品が誕生した。
ビリービンの美麗な絵は帝政ロシア末期のもので、ソヴィエトには存在できなかった。
一目でわかるプロパガンダ。
それがポスターだった。
ソ連は多くのポスターを生み出した。

世田谷美術館で開催されているこのポスター展は、松本瑠樹コレクションによって構成されている。1930年代までのポスター展である。
イメージ (17)

マヤコフスキー ロスタの窓 見るからに政治的プロパガンダがあふれかえっている。
わたしはこれを見たとき、アタマの中に「International」の元気な歌声が延々と鳴り響くのを感じた。
それはウォーレン・ビーティ(当時)が製作・監督・主演した大作映画「REDS」から響く歌声でもある。

マレーヴィチ 一枚で1コマの連続マンガポスターがあった。
これは今から思うとすごい企画ではないのか。
しかも内容がかなり強烈なのである。ドイツ兵はソ連兵によりみんな喰い殺されそうだった。ソ連兵の強さというものはよく知らないが、このポスターでは無敵に見えてくる。
かなり過激な描写だが、ロシア構成主義の様式のもとで描くと、やはりポスター芸術になるのだった。それはマレーヴィチの力によるものなのか。

1901年のカンディンスキーのポスターがある。
ファーランクスに参加していた頃のポスターである。
古代ギリシャ風な趣のある作画で、彼の回顧展を先年三菱で見たときの感銘が蘇ってきた。
一はギリシャ兵たち、一は帆舟。バイキング船にも見える。
どちらも1950-60年代のソヴィエト・アニメのような流麗さ(もっと言えば帝政ロシア時代の美)を見せる作画だった。
正直なところ、カンディンスキーの若い頃の作品に感銘を受けた身としては、「青騎士」時代までの作風にときめくばかりなのだ。

芸術家集団ファーランクスは他国の同時代芸術の紹介もした。
日本の「白樺」的な役割を果たしたのか、そこまで影響力をもっていたか・いなかったかは知らない。
モネ展の紹介もある。

ヘルマン・モーザーのポスターもある。越境する芸術。そのことを思う。

コルホーズとソフホーズなど、「社会」で学んだ単語がそこここに見受けられる。
もう今は存在しない社会主義国家・共産主義国家の用語である。
かつてロシア革命にときめいていたというのがウソなくらい、わたしも何もかもを忘れ始めている。

1920年代のポスターのかっこよさは次の十年にも続く。

映画ポスターがとても魅力的である。
これは以前にフィルムセンターでかなり大量に見た。
あれは御園コレクションだったか。
このロシア・アヴァンギャルド、ソヴィエト・モダニズムの映画ポスターは日本の映画界にも大きな影響を与えた。
それだけに全くの違和感を抱いたりもしない。

デカブリスト ウラジーミル&ゲオルギー・ステンベルク ああ、デカブリストの乱。懐かしい。ゲルツェンとオガリョフだったかな。雀が丘の誓い。

タイポクラフィとモンタージュの手法が斬新な構図を生んでいる。

生ける屍 これはフィルムセンターでみたとき、かなりの強さで胸に迫ってきた。だから今に至るまで忘れ得ない一枚になっている。

1923年のハリウッド映画「ベラ・ドンナ」のポスターがある。主演はポーラ・ネグリである。これもソ連のポスターになると趣が変わる。

戦艦ポチョムキンのポスターが三種あった。
一番有名なのは戦艦の前で水夫がちょっと独特の手つきをしているあれかと思う。
これはラヴィンスキーのデザイン。
あとのは戦艦の砲が左右に開くものがあって、それがロトチェンコのデザインらしい。
1905年の「血の日曜日」を描いた映画。虐殺される人々が倒れる、階段を降りてゆく乳母車、これらのシーンは映画史に残る名シーンだった。

ほかにも多くの映画ポスターがあり、モダンでスピーディーなかっこよさに満ちていた。
ただ、ここには叙情というものがない。
というより、叙情を捨て去ったからこその構造が生きている。

すごいコレクションだった。
11/24まで。
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