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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

えびすリアリズム展 

えびすリアリズム、というのは何か。
えびすとはすなわちマンガ家でタレントの蛭子能収さんである。

ロフトで蛭子能収さんの個展を見た。
正直なところ、蛭子さんのことを近年はついうっかりと、「のほほんとした、とぼけたオジサン」だとみなしてしまっていた。
あの独特のブラックユーモアに満ちた、妙なマンガを忘れていたのである。
だが、この展覧会を見て、あれは蛭子さんの偽装だと思い知らされた。
路線バスに乗って人の好さそうな顔でにこにこしているのだけが蛭子さんではないのだ。

まずチラシからして<おかしい>のである。
ここでいうおかしい、とは「可笑しい」ではない。むしろ「異様だ」という意味合いが濃いと思っていただきたい。

イメージ (89)
このチラシで「…あ」となった。そうだ、あの妙な冷や汗をかく人々を描く漫画家なのだ。
一度見たら忘れられないあの…
しかもこの配色。ピンクに水色の取り合わせ。
しかもこのアップ。
展覧会のキュレーターのたくらみと言うより、蛭子さんと言う漫画家の体質が強烈に押し寄せてきた。

300円をロフトのレジで払う。
ここで展覧会やイベントを見るときは受付ではなくレジで300円也500円也1000円也を払うのだ。
展覧会慣れというか展覧会ズレ(靴擦れのズレと同義語のズレである)している者には、この行為からして、ちょっとリズムが狂うのである。
先年の「みうらじゅん いやげものの世界」展でもそうだったが、ロフトは展覧会によく行くものを膝カックン状態にする。

おみくじをひかされる。みうらじゅんの時は「いやげもの」になる写真をもらったが、ここではおみくじである。
理由は「福むすめより、裏えびす」とあるように、期間中に関西では大がかりなえびす祭(えべっさん)があるから、それにあわせてのサービスかと思われる。

そもそもえべっさんとは西日本だけの祭らしい。
東京の恵比寿では「商売繁盛で笹もってこい」とは間違っても言わないだろう。
関西を中心にしたえべっさんは、やっぱり関西らしい祭なのである。
もっと他にもあるが、それはここでは伏せる。

さておみくじをひいてから、蛭子さんのケッタイな世界に入り込んだ。
イメージ (90)

木曜の夕方。客は他にいない。
お祭りのえべっさんは明日からだが、ここではえべっさんではないような、しかし似たようなお囃子が延々と流れている。
しかし決して明るいキモチにならない・なれないBGM である。

蛭子さんの一枚ものの絵が延々と並んでいる。パネル展示されたものは2011年の作品を中心にしたものである。
黙ってじぃっ と観る。
やたら原色を使われた、妙な冷や汗をかきつづけるキャラたち、異様な背景、予測のつかない展開の物語、唖然とするしかない。

思えば蛭子さんはガロ出身の漫画家なのだ。
読者の想定は少なくとも青少年ではない。

イメージ (91)
悪夢を観そうな作品が延々と続く。

キャラたちのモノローグがコワイ。会話もコワイ。
別に殺人の相談をしてるわけでもないのに、読むうちに寒気がしてくる。
なぜこんな展開になるのか、なぜそんな会話になるのか全くわからない。
読者の安易な理解を拒む、ということはべつにしていないようだが、しかし蛭子さんの作品は読者を途方に暮れさせる。

木曜の夕方、わたしのほかに観客はいない。
わたしは一人で蛭子さんの作品群の中にいなくてはならない。
不条理な場面を描いた一枚絵が続く中で。

映像コーナーがあった。
一枚絵ではなく、「田中の冒険」なるストーリーものである。
それが映像として動かぬまま流れている。当たり前だ、アニメやなく画面を出してるだけだ。
しかし、なんだろう、異常にコワイぞ。この不条理さは、なんなんだ。
動かない映像がより物語の不条理さを増大する。

逃げ出したいが、逃げた先には現実ではなく、蛭子さんの世界の真奥があるような気がする。
しかしそこにたどりつく前にきっと元の場所か、まったく見知らぬ地に放り出されるにちがいない。
それが凄くコワイのだ。

本当にこれはやばい世界ではないか。
田中も言った「やばい」。
今どきの「カッコいい」の「やばい」ではなく、文字通りの「やばい」、言い換えれば「まずい」、危険が迫っているのを実感する言葉がそこに実感として活きている。

何か近いものを見ている。考えるまでもなく思い出す。
ティム・バートンのアニメーションだ。
先日、森アーツでのティム・バートン展に行き、「ステインボーイ」を見た。
あれも不条理な物語だが、差し迫る身の危険はあっても、死の匂いはしなかった。
しかし蛭子さんの描く世界は画面に見えない死を含んでいるようだった。
理由はわからない。
しかし、蛭子さんのマンガは本当にコワイ。わかっていたはずだが、この不条理な世界にオビヤカされる。
見るこちらまでが、彼のキャラたちのように妙な冷や汗をかかされている。
バラエティー番組でほのぼのとトボケた顔を見せる蛭子さん、あれは誰だろう。
この作品群の作者だというのか。嘘だとしか思えない。

息をつめたまま展覧会の空間にいた。
最後にえびすさんの著作が紹介されていた。
ガロの表紙絵にはご本人の写真がある。


劇団東京乾電池・創立30周年記念公演DVD 「長屋紳士録」劇団東京乾電池・創立30周年記念公演DVD 「長屋紳士録」
(2006/09/20)
劇団東京乾電池


そういえばここの劇団の人だったな。

展覧会は箱のサイズもあり、一枚絵がメインだった。
他の面は出ていなかった。
それにしても、「裏えびす」とはよく言うたものだ。
めでたい福娘とは裏腹な存在ではないか。

ああ…わたしも冷や汗をかき、モノローグにまみれてしまった。
どうか少しでも多くの人にここへきてほしい。
そして蛭子さんの作品をみてほしい。
……わたしだけが冷や汗をかいて怖かったコワカッタと焦るのはいややがな。
皆さんもヒソカにやってきて、蛭子さんのキャラのように冷や汗をかき、不条理な世界で焦ってみよう。

1/12まで。
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