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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

東山魁夷と日本の四季

東山魁夷は現代日本画のトップランナーの一人だった。
亡くなって15年たつが、この先百年決して忘れられることのない画家の一人だ。
名前を知らずともこの一枚「年暮る」を知らぬ人はいないと思う。
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日本画による四季を描いた絵を一堂に集めたとき、冬の絵の代表は、この「年暮る」を第一とするのに異存はないだろう。
大晦日の雪の京都の夜。
この絵ほど日本人の感性に合うものはない。

山種美術館と日本橋三越とで魁夷に関する展覧会が開催されている。
「東山魁夷と日本の四季」「東山魁夷 わが愛しのコレクション」
どちらもとても良い内容だった。
まず山種から。
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第一章 風景画家への道
・師の描く日本の四季
玉堂 山雨一過 1943 自然描写のあり方を玉堂に学んだ、というよりも、自然と自分の対峙する心持ちを玉堂から学んだのだろうと思う。
峰には雲がかかり、馬とともに向こうへ行く姿がロングで捉えられている。
間近な風景、近視的な風景は描かず、自然の中にいる日本人を描いてきた玉堂。

玉堂 渓雨紅樹 1946 筧を走る水の音が聞こえるようだ。

玉堂 雪志末久湖畔 1942 しーーんとした湖面。湾に見える。小舟も見える。白いものを乗せた民家の屋根屋根。

素明 四季の自然を描いた連作があった。いずれも今の日本ではほぼ失われた風景。描かれたのは1940年だが、当時まだこのような風景は生きていたのだろうか。
2015年の今、そのことをも併せて考えなくてはならない。
実景からの描写か、かつて素明が実見したものからの回顧か、あるいは理想の姿か。
なにも思わずに鑑賞することの難しさを感じてもいる。

小虎 初夏 1943 大きな河骨の葉と黄色い花とが見える水辺。オタマジャクシが泳ぐ姿もある。
小虎は大きな自然よりもこうしたつつましいものに魅力がある。遠景より近景がいい。
しかし大きな画面に描かれた天女たちやオフィーリアの幻想的な美しさを忘れることはできない。

小虎 草花絵巻(春・秋) 1945-50 終戦後にこのような優しい絵巻が描ける心の豊かさ。わたしは小虎が好きだ。
ポピー、朝顔、豆、白菊。楓、瓜、ナス、あけび、栗。

・魁夷のまなざし
白い壁 1952 倉を描く。白と青の柔らかなコントラスト。日差しもやさしい。

樹根 1955 室戸岬のガジュマルの根本。黄土色の面白い絵。これは日本画が新しくならなければならない、という危険意識を画家たちが持っていた頃の作品か。
木の根といえばこの山種美術館には華楊の「木精」がある。木の根の面白さを楽しむ。

月出づ 1965 山なみの狭間の空が暗くなりつつある。右手の山の肩から月が顔を見せている。幻想的な美しさがあった。

第二章 「満ち来る潮」と皇居宮殿ゆかいの絵画
現在の皇居宮殿を飾るために描かれた数々の日本画の名品。それらは皇居にはいると一般市民の目には触れなくなる。
山崎種二の英断により、同趣の作品が画家たちに製作され、それらがここに並んでいた。
何度かこの作品群の企画展を見たが、今回もこうして眺めることができ、とても嬉しい。

魁夷 満ち来る潮 とても大きい絵で、確かこの絵を展示するためにこの壁面が出来たとか。
この絵を見ていると後年の唐招堤寺の壁画「涛声」への道が見えてくるようだった。

多くのスケッチが並ぶが、これらはどの海をモデルにしたのか知らない。

蓬春 新宮殿杉戸楓4/1下絵 
明治 朝陽桜 
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どちらも本当に明るく美麗。春と秋の美を堪能させてくれる。日本の美を明確に示した二枚の絵。

松篁さんの扇面図にも再会できて嬉しい。
日本の花・日本の鳥 特に紅桃が好きだ。


第三章 京洛四季 魁夷が愛した京の四季

春静 1968
秋彩 1986
どちらの絵もカレンダーの絵として手元に複製がある。
シンプルな色彩構成にみせて、奥深い色の遣い方のされた絵。20年近い時間の流れがあるが、もう魁夷芸術は完成されているので、歳月による揺らぎはみえない。

夏に入る 1968 竹林の空間。緑色と一口では括れない様々な緑色の竹たち。いつ見ても今描かれたような気がする新鮮さがある。

北山初雪 1968 北山杉が真っ白になり、シンとしている。風の音もなく、地には光も入り込まない。
深い精神性を感じさせる絵。

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第四章 四季を愛でる
・魁夷の描く日本の四季
やさしいスケッチがいくつか。旅を愛し、風景の美をみつめてきた目は様々な風景を紙面にとどめる。

春を呼ぶ丘 1966 白馬の現れる一枚。白馬自体は幻想的だが、丘も畑も並木も実在感がある。
これは長谷川町子のコレクションの一枚だが、長谷川美術館に収蔵された作品の大半は彼女とお姉さんの審美眼に適ったものばかりだった。

・四季を描く 魁夷とともに歩んだ画家たち
蓬春 梅雨晴 1966 あじさいの綺麗な様子。カラリスト蓬春の美。

加藤栄三 流離の灯 1971 縦型の大画面に開くのは大花火だった。

杉山寧 朝顔図 1942 まだまだ若い頃の昔ながらの日本画。この時代の絵も結構好きなのだが。

蓬春 錦秋 1963 紅葉した葉の上に二羽の小鳥。この構図は蓬春にも得意だったか、一羽バージョンもある。いずれも秋の美を深く味わえる逸品。

高山辰雄 春を聴く 1979 高山の静謐な世界に住まう鳩は鳴き声を立てない。ふっくらとした鳩が寄り添う春。

2/1まで。
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