FC2ブログ

美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

コレクションの対話 近代美術の傑作

神奈川県立近代美術館鎌倉館「コレクションの対話 近代美術の傑作」をみた。
1/12までの開催だった。
建物の存続で揺れる鎌倉館本館での展示である。
別館は麻生三郎の挿絵展。そちらの感想は既にあげた。
北川原コレクションを中心とした展示をみた。

藤田嗣治 横たわる裸婦 「グラン・ブラン」の時代の作品。やはりこのパリの寵児時代の絵が一番いい。
イメージ (4)
藤田嗣治 二人裸婦 こちらはやや黄色かかってはいるが、まだあの時代の力は活きている。
二人の裸婦の親密性。クールベ、ロートレックの系譜にフジタもいる。
二人の女たちから漂う湿り気を感じ取る。

小出楢重 静物(乙女椿とレモン) ガラス瓶に淡紅の花。重厚ではあるが、決して暗くはない。
レモンの質感がいい。

梅原龍三郎 椿 濃い椿。存在感が大きい。

梅原 熱海野島別荘 もう本当に大好きな一枚。濃い色合いの南国風な構成。
IMGP2537.jpg
梅原は野島康三のこの別荘が気に入り、別な絵も描いている。
二枚並んだ展示は二年前に葉山館で見た
素晴らしい絵。

裸婦画が続く。
小出 裸婦(立てる) 太い足。日本人で裸婦画を描くぞという小出のまっすぐな思想が活きる。

小出 裸婦(横たわる) 短い臑。そう、昔の日本人は足が短かった。

梅原 裸婦 イスに座る裸婦。水彩だが梅原らしい存在感がある。

梅原 裸婦 正座して梳く。肉の実感がある。

児島善三郎 立てるソニア(横向きの裸婦) 背中から見返りの女。やや太い足。オードリー・ヘップバーンならぬオージリー・ヒップバーンというコン・タロウのギャグを思い出した。

明るい気持ちになったところでほかの作品をみる。

牧野虎雄 思い出の庭 ポピーが咲く明るい庭。もう今はないか、またはもう行けない庭。そう思うといよいよ庭の魅力が増す。

長谷川利行 静物(百合) 青緑の白百合。ボール紙に描かれてよく生き延びてくれた絵。

長谷川 新宿風景 ロングでとらえたにぎやかな様子。戦前のある日。

曾宮一念 トレド城山 朱色がとても印象的。ええと、マンションですか。

高畠達四郎 富士山 筆先に色をおいて作った絵。

朝井閑右衛門 バラ チューブ押しつけ。濃いけれど明るい。

朝井 薔薇(法華壷) 紫の壷が鳥の絵の布の上にある。
これはあれかイッチンの法花の壷なのかな??
イメージ (5)

鳥海青児 段々畑 すごいマチエール。思えば日本洋画というものは時を経るにつれ、西洋のそれとは全く違う質感を手に入れたのだ。

イメージ (3)

鳥海 修理のある家 沖縄風景 タイトルだけ見たらどうも誤字かと思ったし、絵を見ても全然修理もなにもわからない。さっぱりわからない。しかしマチエールの面白さがいい。

鳥海 ノートルダム 薔薇窓のみ少し色の違いがあるが、あとは単色のようなものがどーーーんっっっっ大迫力。

海老原喜之助 友よさらば 一緒に暮らしていた馬の死。家族から愛された馬。嘆きが力強く単純な線から伝わってくる。
イメージ (2)

海老原 川辺にて 白馬と人と。気持ちよく水に触れる。
この絵と先の「友よさらば」は互いに親密なものなのだという。

三岸節子 花園 赤い椿らしき花、黄色と赤が激しく綺麗。決して軽くはない。力強さが好きだ。

三岸 小運河の家 グレーの力強さ。いいなあ。

三岸 花 壷に女が閉じこめられているような文様がある。ピンクの恐ろしい雲のような花。

三岸節子は1999年になくなったが、その直前に大丸で回顧展があり、新作「花!花!花」を見て、このお年でもとてもお元気だなあ、嬉しいなあと思ったものだった。

井上長三郎 少女像 顔を上げる少女。なにか希望というものを強く感じる。顔色は黄緑だがそれが若さを感じさせもする。ポンパな前髪。しかし立ち姿は唐俑風。
この絵は寺田透の寄贈品。
イメージ (8)

脇田和 慈鳥 鳥に餌をあげる少女。和やかな絵。

瑛九 人物 コンポジション風な背景に記号的な人物がぞろぞろ。

少しばかり西洋の絵も見る。
ピエール・ラプラード アルルカンと若い娘 きれい。階段を下りる二人と、それを見上げる視点。林のような庭がある中で。

パスキン ソファに腰掛ける少女たち 上だけ服を着て下をさらす幼い少女。やっぱりロリくさくてイヤだな。

豊かなコレクションを見て、気持ちが大きく深くなった。




関連記事
スポンサーサイト



最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア