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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

ブリヂストン美術館と言う場の中で。

昔、と言っても十五年ほど前のことだが初めて単独で東京に来て、当時茅場町にあった山種美術館と、このブリヂストン美術館にはお世話になった。
日本画と洋画と。
それらの『良いもの』がこの二つにあった。

東京へ出るたびこの二つの美術館は必ず行くようにしよう、と心に決めた。実際、そうしていた。山種が移転するまでは。

ブリヂストンは本当にすばらしい収蔵品を抱えている。それらを適度な距離で私たちの前に晒してくれる。
こんなうれしいことはない。
企業の死蔵によって日の目を見ることのなくなったものたちは、命をどこで絶たれたかわからなくなる。
やつれるかもしれないが、ここで我々の眼を喜ばせてくれることで、絵自体の命が延びることを祈る。


ブリヂストンから様々な恩恵を受けた。
それまで嫌いだった小出楢重に関心が湧き、目が開いたのもここで彼の『肖像画展』を見たからだ。
元から好きな藤島武二の図録を買い、そこで御影の乾邸に武二が描いた絵が飾られていたことを知った。(所在不明だが)
山下新太郎の人となりや家族との暖かな関係が芸術を大成させたこと、総体的にニガテだった安井にも薔薇の花など、わたしを喜ばせる作品があることなど、ブリヂストンに来なければわからなかったことばかりだ。
ありがとう、といいたい。

わたしは青木繁が好きなのだが、彼の作品は石橋美術館に多く収められている
青木の友人たちが石橋正二郎氏に頼らねば、全ては闇の彼方だったかも知れぬのだ。

日本洋画だけではない。
わたしはここに来るまでモネの睡蓮を『見て』いなかった。
第一室に入って何の気なしに壁を見たとき、わたしは池の中の島に立つ気がした。
バルビゾン派、印象派が現れるまで、芸術と文学とは密接な関係を保っていた。文学や神話の頚木から逃れて、純粋に『芸術』として立ったのはそれからだと思うが、わたしはここでモネの睡蓮と対峙しなければ、そのことを知らなかったのだ。
絵画が絵画としてだけの価値を持つ。その始まり。

日本に大原美術館とブリヂストン美術館がなければ、一体どうなっていただろうか。
改めてそのことを考える。

絵葉書やグッズの充実ぶりにも嬉しいものがある。
見るだけでも楽しい。デートでここへ来る人たちが多いのもわかる。
静かに愉しもう。それから素敵なプレゼントを買おう。

しかし惜しいことに岡田三郎助の『臥裸婦』がなかった。
それだけ、残念。

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コメント
こんにちは。
コメント有難うございます。
大原美術館は、高校の修学旅行ではじめて行ってそのときにムンクにいたく感激した覚えがあります。
2006/02/26(日) 08:30 | URL | ak96 #-[ 編集]
こんにちは。

大原も長く行ってませんが、三日ほど前からやたらと大原の写真を見たりTVでみたりしまして、今年は行かねばならぬ時期かも、と思っています。

大阪から新幹線で一時間なので近いはずなのに、東京ばかりに出てしまいます。
ちょっと気合を入れて大原へ行こう、と思いました。
2006/02/26(日) 10:35 | URL | 遊行 #-[ 編集]
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