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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

小田富弥 生誕120年 時代小説の挿絵画家 1

弥生美術館で「小田富弥」展を見た。
小田富弥といえば「丹下左膳」である。
他の作品も多いが、まずこれ。
わたしが最初に小田富弥を知ったのも「丹下左膳」からだった。
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小田富弥の展覧会はこれまで吉祥寺武蔵野美術館で一度開催されたきりだったそうだ。
わたしは当時新聞で見て「行きたい・・・!」と思いつつも行けなかった。
たしか95年だったか。それから数年後に初めて吉祥寺に行ったとき、幸いにも図録が残っていたので喜んで買った。
それが今も手元にあって、今回の展覧会の良い予習になった。

弥生美術館では小田富弥だけの展覧会は初めてではあるが、これまでにもたびたび紹介はしていた。岩田専太郎の時や志村立美のときにも。
だからわたしは「神州纐纈城」の挿絵が小田富弥だと知ったのだった。
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93年のひな祭りの日に天牛書店で入手した戦前戦後の挿絵画集2巻本の大衆小説集のほうに小田富弥の絵も紹介されていたが、それで岩田専太郎にも似ているなと思った。
そしてその以前に手に入れていた挿絵全集の一部コピーで「神州纐纈城」の挿絵を知ったのだが、当時のわたしではそれが小田富弥だとはわからず、これでいよいよ岩田専太郎だと思い込んでしまった。
尤もこれには理由がある。同時代の二人はやはり妖艶凄絶な絵を描いていて、中でも岩田はどんな絵でも描くので、ある意味間違っても仕方ない状況だった。
なにしろ岩田の代筆を小田富弥が為したくらいだからなあ。

初期の頃からの作品を見てゆく。
その「神州纐纈城」である。
わが国有数どころか世界有数の幻想怪奇恐怖小説だと言っていい。
わたしなどは本の背表紙を見ただけで、旧い言い方をするなら「瘧が起こったように総身慄いて」状態になる。
タイトルは違うが池上遼一がこの小説に魅せられ若い頃に作画しているが、それがもう本当におぞましい美に満ちていて、やはり恐怖に駆られ、再読できないでいる。
石川賢もこれをコミック化しているが、開く根性がわたしにはない。
ここにあるのは6シーン。いずれもゾワゾワする黒と白の絵である。
・ざんばら髪で血まみれで縛られる男  血を絞られ纐纈の元にされるのだろうか、それとも秘密を知ったことで拷問を受けているのだろうか・・・
・細面美人と築山あるいは湖と山  こんな夜にこの美女は何処へ向かうのか。
・蝋燭に蝙蝠  火に惹かれるのは虫もコウモリも変わりはないが、この物語の挿絵だということで十二分に恐ろしい。
・角隠しに派手な打掛の貴女  見ていても全く明るい心持にならない。何がなし不吉な予兆というものがその全身に漂う。
・黒マントに全身を包み、髑髏の面をかぶり、錫杖を持つ  これが恐怖の化身たる、あの纐纈城の城主なのである。
・闇にまぎれ、屋根に潜む曲者  この絵をわたしはこのように手に入れていて、それで長らく岩田専太郎かと思い込んでしまったのだ。
この1シーンだけで十分に異様な魅力に満ちている。

岩田専太郎の若い頃の「鳴門秘帖」「真珠郎」の挿絵の妖艶さ、それに通じるものが確かにこの「神州纐纈城」にはあるのだ。
そしてそれはポーの小説の挿絵を描いたハリー・クラーク、「サロメ」の頃のビアズリーに共通する、闇の世紀末芸術の範疇に含まれるものだった。


大正から昭和初期の小田富弥の仕事を追う。
敵対日月双紙 三上於莵吉 「双生児の復讐」の翻案ものだというが、大体三上の小説はドキドキするものが多いので、この挿絵を見るだけでも静かに興奮する。
「雪之丞変化」は岩田で、こちらは青空文庫に入っているから読みやすいが、他はなかなか読めないのが残念。

紅蓮地獄 今東光  刀を抜いて女に迫るシーン。戦前は今東光もこういう小説を書いていたのだなあ。わたしは戦後の「悪名」「春泥尼抄」「お吟さま」ばかりだ。
やはり大衆小説にはドキドキする挿絵が絶対的に必要だ。
この小説のためのカラー口絵なども出ていた。
着物を脱ぎかける女。折鶴。それだけで物語への期待が膨らんでくる。

照る日くもる日 大仏次郎  おお、出た。これを最初に知ったのは松田修の著作からだった。
「刺青・性・死」か「華文字の死想」かのどちらからかと思う。
松田修の偏愛するシーンの描写、松田修の目を通した「照る日くもる日」。
わたしは大仏次郎の意図しないところの読者なのだと思う。
大仏次郎は健全な精神を持つ作家で、自身が意図しない妖艶さを好まないところがあった。
だから「鞍馬天狗」の最初の挿絵を描いた伊藤彦造の妖艶にして死の匂いのたちこめる美麗な挿絵を拒んだ。
しかし当時の読者も後世のわたしのようなものも、実はその部分にこそ惹かれるのだった。
ここでも小田富弥の黒と白の艶めかしさに深くときめいている。

大衆文学小説全集が出て、そのための挿絵も描いている。
そこでは「修羅八荒」の口絵もあった。連載時の伊藤彦造の挿絵と口絵が有名である。
大正末の妖艶な世界。

ここからは昭和初期の作品。
井の底の人魚 菊池幽芳  水中から胸も露わな女が現れる。井戸へ降りるその当時のリアルタイムの青年。
布を巻きつけて踊る裸婦、彼女に電飾を当てる男。
物語を知らずとも、これら二枚の挿絵を見るだけで興味が高まるものだ。
菊池幽芳はほかにも清方の挿絵「百合子」に惹かれるのだが、そちらも読んでいない。
いや、そもそも現代では菊池幽芳を読むことは不可能に近いのかもしれない。

白虎隊秘話 佐々木味津三  ○に二の紋(松島屋の片岡家の紋と同じ)をつけた血まみれの着流し男と、女。 佐々木と言えば「むっつり右門」「旗本退屈男」が浮かぶが、こうした短編は読んだことがないので読みたい。

謎の人形師 佐々木味津三  二枚あり。
・女を殺そうとする男 
・転がる人形の首
江戸時代は文楽だけでなく様々な人形の用途があった。どんな状況の事かが気になる。

悪霊 土師清二 これがまた不思議な図。
・モガとちょんまげと。
・鏡の前の島田娘
・斬られる男
なんで江戸時代のとアールデコなモガが同居する絵があるのか。
そういえばタイムスリップものっていったい日本ではいつから書かれるようになったのだろう。

魔像 林不忘  これは今も青空文庫で読めるし、何年か前には「喧嘩屋右近」として杉良太郎・萬田久子主演でドラマ化されてもいる。
発表当時から昭和の半ばまでたいへん人気が高かった。何度も映画化もされている。
絵は挿絵とカラー口絵とが数枚。
・手の甲に「ご意見無用 いのち不忘」と刺青を入れた婀娜な女(通称「知らずのお絃」)
・カラー口絵 神保造酒、月下の決死の殺陣。
・月下に巻き起こる大殺陣、若衆と男と道端の奴ら(喬之助と右近と敵か)
・殺気渦巻く船上の大乱闘(総髪が袴で敵を海へ蹴り落とす、女はぐったり)

カラー口絵と挿絵とを見比べると、どうも挿絵の方が動きがいい。カラーものは時間が止まっている。

仇討兄弟鑑 菊池寛 昭和6年 ストーリー展開がわかるようになっていた。
マジメな兄甲吾と袂を分かったエエ加減な弟進吾の方がうっかりと仇を討ってしまう。
それにより弟は真面目な兄の目的を奪うことになってしまう。
非常にまずい。しかもそれはもう国許にも知られてしまう。
兄は不甲斐ないわが身を責めて父祖の墓前で切腹。弟の悔恨は果てしがない。
兄の許婚を拒む弟。
モノクロの美にうたれる。

小田富弥は宝塚に住んでいた。
関東大震災で関西に逃げてきた作家や画家は少なくない。
住まいの並びがいい。
川口松太郎・小田富弥・土師清二。
三人とも大阪朝日新聞とプラトン社(中山太陽堂の出版部門)と関係が深い。
そのことから小田富弥の道も明るくなってきた。


講談社の昭和6年の「キング」付録の「明治大正昭和大絵巻」が出ていた。
これは野間記念館で見ている。そのうちの小田富弥の分を見る。
・明治34年の星亨刺殺事件
・明治36年の藤村操ま投身自殺  紅葉を背景に華厳の滝へジャンプ!
・三陸大海嘯
・岩倉派遣などなど。

再び挿絵。
心中火取虫 子母澤寛  三日月の下、青ざめた男が縛った女を膝上に乗せる。
これは映画にもなって坂東好太郎が主演している。

夏姿二枚続絵(矢田五右衛門の巻)小島政二郎 ストーリー展開がわかる。
・芸者おたきを口説くが女は身性を恥じて応じない。
・川開きの夜、芦の生えるあたりで小舟を止めて、そこで別な芸者月弥から父母の仇討ちを頼まれる。
・月弥の口説きは拒むが、仇討ちの件は承諾する。
・月弥の手引きで橋を渡る仇を討つ。しかしその男こそ、おたきの父だったのだ。
・おたきに金を渡して去る。見るからに元禄風な着物の女

大石瀬左衛門 菊池寛 女武道で美人でしかし慎み深いおたまが剣の試合に負けてがっくりしている。
祈る。そしてついには大石に会うために走る。
雨中石段を登るざんばら男。そのほつれ毛にときめく。

・弥太郎笠 下母沢寛 昭和6年 これは昭和10年の名作挿画全集にも。
その全集には雪岱、秀峰、清方、岩田なども。
そしてこの「弥太郎笠」は昭和30年には映画化され、主演の御大・片岡千恵蔵、高千穂ひづると小田の三人の写真がある。

渡世人のイメージを決定づける小田富弥。
この分野は長谷川伸と下母沢寛が開拓した。
そこから追従するものも現れ、股旅のスタイルが成立した。
わたしなども二人の戯曲や小説を原本にしたものを映像や舞台でみて、渡世人のイメージが焼き付けられたのだった。なお笹沢佐保「木枯らし紋次郎」をドラマ化したのを真っ先に思い出すわたしだが、ちなみにあの挿絵は岩田専太郎。こちらは昭和の真ん中の話。

「むっつり右門」の装丁も担当している。女形が三味線を弾いている。
カラーは当時の色彩設計の問題もあることながら、どうも小田富弥はモノクロの方がよいようにも思う。

いよいよ丹下左膳。
黒襟白紋着流しは小田富弥の創案。これでイメージが固定した。
だから大河内伝次郎の映画でも同じスタイル。
わたしは大河内の無声映画の時代のも早稲田あたりで見ているが、怖かったなあ。

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丹下左膳は元々は脇キャラだったが、挿絵の良さとあいまって大人気となり、とうとう主役になってしまった。
こういうことはよくあることで、たとえばマンガで言えば青池保子「エロイカより愛をこめて」でエーベルバッハ少佐は最初脇役だったが後には彼の方が主役になってしまっているし、福本伸行の「アカギ」もまた最初は「天」のキャラの一人だったが、途中から存在感がどんどん大きくなり、ついに最後はアカギの死に至る物語を丁寧に描くという結末になり、さらにはそのアカギの若い頃を描く「アカギ」を現在も延々と連載中なのだ。
少佐、アカギの先達が丹下左膳なのだった。

さてその人気作も回が進むにつれ、ついうっかりが出てしまう。隻腕隻眼の左膳がうーん、と伸びをした絵を描いてしまい、500通もの批判が殺到したそうな。ヒーーーッ
「そのうち腕が三本になり三つ目にもなるだろう」という意味の手紙があったりする。

とはいえ作者の林不忘もヤラカシテしまっていて、今度はそれをネタにもしている。

丹下左膳はめちゃくちゃな男ですな。DVはするわ三人の女はみんな×になるわメチャメチャになるわ・・・
殺し・殺されの絵の良さ。吹雪の中を駆ける左膳のかっこよさ。
金華沖の最後、船板をはがし、それに寝ころんで波間に去ってゆく。

映画の資料が出ていた。
昭和3年の伊藤大輔の映画。大河内伝次郎である。
いつ見ても怖い顔をしている。
妖刀を得るために起こる様々な出来事。
根津権現裏の小野塚鉄斎、女房弥生といった人々。

昭和8年にはついにトーキーになり、例の「シェイは丹下、名はシャジェン」という大河内の名乗りが出るわけだった。
どちらにしろ昭和3年でも8年でもわたしには怖い顔のイメージしかなく、うちの母のように29年の大河内の肥えた顔のイメージがある人とはちょっと話が合わない。
そして丹下左膳も監督によりどんどんなめらかな人間になっていって、それはそれで面白くないとも思うのだった。

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講談社の絵本の仕事を見る。
大石義雄 すなわち忠臣蔵。原画の色の綺麗さ。現在とは違う配色。個人の特性ではなく時代の特徴なのかもしれない。
この本の巻末には千葉省三・文章の「神崎弥五郎の堪忍」箱根で悪い馬子にいじめられる神崎の苦難話が載っていた。
日本人は堪忍と爆発とが大好きな民族だった。
今はすぐにきれきれ。

長くなりすぎたし、まだ続きがあるのでここで一旦終わる。
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