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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

東京・横浜・京都の女学生ライフ 三つの「女学生」展覧会から

偶然にも三カ所で同時期に女学校と女学生の展覧会が開催されている。
・竹久夢二と乙女のハイカラらいふ 女学生・職業婦人・淑女たちの憧れ 弥生美術館
・ガールズ ビー アンビシャス 横浜山手のミッションスクール 横浜開港資料館
・京都の高等女学校と女学生 京都市学校歴史博物館
戦前の乙女らいふに関心があるわたしとしては三カ所とも決して見過ごせない展覧会だった。

まず弥生から。
こちらは主に東京の女学生たち。
イメージ (46)

夢二の明治40年の「女学世界」コマ絵が可愛い。
20世紀初頭の女学生の風俗がこうした絵に活写される。
ここでは12の女学校の紹介があった。
制服などである。
学習院、お茶の水、跡見、虎ノ門、女子学院、青山。美学、女医、女子大、俳優学校、音楽などなど…
当たり前だが学校によりスタイルは随分違う。

夢二の描いた女学生たち
「少女の友」昭和2年3月号 果物かごを持ち、真知子巻のようなショールの巻き方をする少女の口絵がいい。
「少女画報」大正4年6月号 睡蓮の表紙が綺麗。

少女たちが何に感動し、どんな時に喜ぶか・悲しむかを鳥瞰する。
少女たちの好んだ便箋、ショートカットの横顔、ちょっとした雑貨。
いずれもどこかに愛らしさが漂う。

虹児の「睡蓮と少女」の口絵も出ていた。
女学生ではないが、夢二の「カリガリ博士」の挿絵が出ていたのも嬉しい。
3/29まで。

次は横浜。
ミッションスクールの紹介がある。
共立、捜真、フェリス、横浜英和、横浜紅蘭の5校である。
イメージ (47)
今でも外人墓地がある横浜だからミッションスクール発祥の地と言うだけにこうして五つもあるのか。
大阪の川口の居留地からの物語はここでは取り上げない。

それぞれの学校が持つお宝の展示である。
学校写真、当時の女学生たちの写真、日記帳など。
制服の着方についての注意書きもある。
イメージ (49)

「少女世界」の付録「少女出世すごろく」は清方の原画である。
イメージ (48)
上りが嫁入り支度、というところが所詮は…という感じもするが、悪くない図である。

ミッションスクールだけに賛美歌を歌うこともあったようでそんな資料もある。
地震のあとの様子もある。
現行のそれと違い17音階のトニック・ソルファ法の授業もあったようだ。

変な制服もある。やはり帽子にセーラースタイルが可愛い。
この展覧会はかつて女学生だった方々も多く来られていて、昔話をされているのだが、それ自体が立派な資料となるので、色々と細かく聴かせてもらった。
4/19まで。

京都の場合「女紅場」という名称で女学校がスタートしている。
府立第一、精華高等女学校、明徳高等女学校などなど。
イメージ (50)

集合写真が多く並び、運動会、遠足などの学校行事写真が目を引いた。
ここでもセーラー服がある。
ちなみにこちらの展覧会によると、日本初のセーラー服の制服は平安女学校からだという。
お澄ましした写真がそれを物語る。
こちらもやはり写真はお見合い用などに転用されている。

資料として昭和初期のものが多く出ていて、それらがいずれも魅力的だった。
都市生活が充実してきて、女子教育にもゆとりが出てきた証拠だといってもいいのではないだろうか。
イメージ (51)

ダンスする写真などは楽しそうに見える。
プールで泳ぐこともあり、中にはオリンピック参加者も後には現れる。
充実した女学生ライフ。

やがて戦争の影が濃くなり、慰問袋や勤労動員などの資料が出てくる。
しかしそれでも女学校に通う少女たちは懸命に生きている。
3/29まで。

三都それぞれの特徴が面白くもあった。
今度はここに大阪の女学生らいふも加わってほしい。
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