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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

大仏次郎、雑誌『苦楽』を発刊す

清方記念館と大仏次郎記念館とで昨秋から戦後すぐの雑誌「苦楽」についての展覧会が開催されていた。
清方記念館は昨年末、大仏次郎記念館は3/8までだった。
清方記念館の感想はこちら

大仏次郎は戦前のプラトン社から発刊されていた「苦楽」のタイトルをもらいうけ、上質な大人の文芸誌としての「苦楽」を発刊した。
表紙は清方が9割つとめ、新作発表だけでなく、名作の再話(絵物語)なども高名な画家たちが担当した。
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プラトン社はクラブ化粧品の中山太陽堂の出版社で、関東大震災の頃に関西発の魅力的な文芸誌として世に出た。
大仏次郎もここで「猟奇館瓦解記」を書いている。
その第一回目掲載誌の表紙は岡田三郎助。それからしてもとてもレベルの高い雑誌だったことがわかる。

さて大仏のこしらえた「苦楽」は途方もなくカッコいい雑誌だった。
創刊号は絵物語に「坊ちゃん」で絵は中川一政。どんなのだったろう。イメージとしては青成瓢吉が浮かぶのだが。
里見弴『貧者の一燈』などが掲載されているがわたしとしては花柳章太郎『田之助の話」がとても気になる。これは三世田之助のことだろうか、それとも…

ところでこの雑誌は海岸版もあり、それがまた丁寧豪華な造本なので、おカネがかかるかかる。口絵に最晩年の松園さんの絵までつけている。
描きおろしという豪勢さである。

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結局雑誌は三年ほどしかもたなかったが、大仏の志は果たされたといってもいい。敗戦国で占領国という日本にあって、気を吐いたのだ。それも元々は出版人でも実業家でもない、小説家である彼が。
このことをしても「苦楽」が世に出た甲斐があったというものだ。

名作絵物語の原画をみる。
清方「金色夜叉」がある。お宮が溺死するシーン。オフェリアなお宮。
清方はこのシーンが好きだったか、他でもこの場を描いている。

小穴隆一「多情仏心」里見弴の傑作。中華屋で会食中、聯を見て「多情仏心」に主人公の名を振るところ。
元の新聞連載時は雪岱の挿絵で唯一のコンテ描き。
小穴隆一はたしか芥川の親友だったと思うが、私はこの人の絵は今回初めて見た。これまで一度も見たことがなかった。

有島生馬の「蝙蝠のごとく」は自作小説であり、それを何十年後かにこうして自画をつけたようだ。
この物語にはとても惹かれたが、実はいまだに生馬版「蝙蝠のごとく」は未読。
ただ、弟の里見弴が書いた「BVD」はかなり好き。
今調べたら「近代デジタルライブラリー」に本そのまま映してるのが出てた。

これは読むのが結構しんどいんだよなあ。
でもやっぱり読みたいので少しずつ読んでいこう。

「苦楽」には山名のモダンな表紙もある。
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1946年だが、1920年代のおしゃれさが復活しているような感じがある。

好ましい展覧会だった。
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