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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

世田谷に住んだ東宝スタジオゆかりの作家たち

4/12で終了したが、いい展示だったものを挙げる。

世田谷美術館「世田谷に住んだ東宝スタジオゆかりの作家たち」
一階で開催中の「東宝スタジオ展」にリンクした展覧会だった。
イメージ (86)

・女優高峰秀子と画家たち 高峰秀子コレクション
高峰秀子本人の言葉もついていて、実感が伴う楽しい展示だった。
ご本人は美人女優というのを表看板にしているわけではなく、子役から大人の女優になり、引退後は楽しいエッセイを世に送り、生涯を人気者として送られた。
わたしなども子供の頃に「二十四の瞳」の大石先生を見て涙を流し、大人になってから「衝動殺人 息子よ」に打たれ、さらに「浮雲」こそ全ての映画ベスト10に入ると思っている。
彼女と梅原龍三郎との温かな関係は本人の著書だけでなく、戸板康二「ぜいたく列伝」などでも書かれていて、それでいよいよファンになった人も多いと思う。

梅原の描いた絵は比較的日にちがはっきりしている。
1950.9.29 高峰秀子像(頭部) 大きな目。これがモデルとしての初作品。パステルと鉛筆で柔らかく描かれているが、面白いデフォルメが見られる。
ただしそれは梅原のタッチ+高峰のデッサン狂いの顔(!)という事情がある。

1950 高峰秀子像(白いスカーフ) パステル画 目の表情がいい。完全に青く塗られた白目の中に○がビカーーッ!

1975.6 高峰秀子像 油彩 チラシの絵。このドレスはインド綿で実はきちんと裁縫されたわけではなくすぐズレタようで、その度に梅原のお嬢さんが懸命に手直ししたそうだ。
良く似合っているし、なにより梅原の好きそうな派手な色合いで、画面全体を華やかにしている。

1979.3.21 秀子像 この日は二点の絵があるが、この茶と黒だけで構成されたパステル画に惹かれた。これがモデルとして最後の作品になったそうだ。

1955.10.24 堂本印象 秀子像 堂本印象の描く女優像というのはあまり見ない。これは鉛筆画だが彫刻風な味わいがある。

1955.9.21 堂本印象 高峰秀子像 こちらもそう、彫像風。

これで思い出したことがある。
堂本でも高峰秀子でもなく有馬稲子の話だが、彼女の若い頃はそれこそギリシャ彫刻のような美女だったが、あるときさる人が「インド象のようだなあ」と言ったそうだ。それを有馬稲子は「インド彫刻」だと思い「わたしはよくギリシャ像だと言われますが」と答えるとその人は「ギリシャにゾウはいたかなあ」と首をひねったそうだ。…こらこら。

宮本三郎 秀子像 パステル画 綺麗。これはもう宮本三郎の高峰秀子像。

・宮本三郎が描いた東宝ゆかりの女優達
宮本三郎は実在人物でもなんでも独特の宮本美女に仕立て上げる。だから彼の描く美女は肉感的か乃至は理知的かなどに分れはするが、基本的に誰もが「美女」である。

1957年に「婦人公論」の表紙絵を担当したようで、その当時の女優たちを描いた表紙絵の原画が出ていた。絵は全てパステル画
1月号 高峰秀子 これはまたたいへん綺麗。本当に綺麗。
7月号 新珠三千代 この人も宝塚出の美人女優だった。クールでかっこいい。
8月号 淡島千景 横顔がとても可愛い。
11月号 香川京子 清楚で綺麗。
12月号 久我美子 綺麗。上品。

婦人像(雪村いずみ) 宮本三郎だとしか言いようがない美人図。

イメージ (87)

・東宝スタジオゆかりの作家たち

美術監督の久保一雄の油彩画がある。
外房風景 1941 ロケハンに行った先での風景。

小さな漁港 1959 未来派風な感覚がまだ活きている。一方キュビズム風なところもある。

海の周辺を描いた作品が多かった。

難波田龍起も東宝と関係があったのか。あまりこの辺りのことは知らない。
埴輪について 1943 三体の埴輪。兵。馬。女。赤い絵。埴輪の赤は朱をイメージしているのか。これは丹塗りの朱なのか。 

不思議な国(C) 1984 灰青白の塔のようなものが続々とある。浮遊した感覚が現れる。

村山知義 マヴォ第一回展覧会ポスター ここでも開催された「全ての僕が沸騰する」はいい展覧会だった。
村山は童画とダンスと小説が好きなのだが、全体をこうしてみることが出来たのは本当に良かった。

村山知義 「ヴィルヘルム・テル 第一幕2場」劇団民藝上演作品の舞台装置原画 1955 
いい感じの建物。素敵。イメージ (89)


山本常一 夜の杜 1985 フクロウのブロンズ像。可愛い。

最後に宮本隆司の廃墟写真が並んでいて、これにヤラレた。
前々からわかってはいたが、これだけ並ぶと叫びそうになる。
何を叫ぶかというと「やめろ、壊さないでくれ!!!」これだ。
しかし宮本の写真は全て壊された後の状況なのだ。勿体ないと思う以前にある種の無惨さに撃たれ、見終えた後ぐったりする。無力感に打ちのめされる、と言ってもいい。

旧豊多摩監獄1983、旧帝国館1984、日比谷映画劇場1984、有楽座1984、主婦の友社1985.
これらは近代建築の美麗なものだったのに、本当にもったいない。
無惨さに心が痛くなり、「みせるなーっ」と心の中で叫ぶ。

つくば科学博パヴィリオン1985 なんだかもうめちゃくちゃ。くらくらする。
ベルリン大劇場1985 これは以前から見てはいるがそれでもつらい。
サッポロビール恵比寿工場1990、アサヒビール吾妻橋工場1987、現在の新しい繁栄を見てはいてもせつない。

最後の最後に打ちのめされて世田谷美術館を出る。
一階にはゴジラが壊した東京の街のジオラマ。
ああ。20150413171054932.jpg

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