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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

千葉市美術館 歴代館長が選ぶ所蔵名品展

「歴代館長が選ぶ所蔵名品展」:千葉市美術館
開館20年だそうです。

わたしが最初に行ったのは97年9月の「日本の版画Ⅰ 1900-1910版のかたち百相 」。
当時既に新版画運動などにハマってたので、遠いなと思いつつ出かけた甲斐が大ありの素晴らしい展覧会でしたわ。
次がそのシリーズのⅡ、Ⅲだから2年おきに出かけたなあ。
それでどのときか「曽我蕭白」展のチラシをもらったのに行けなくて無念だった。
ところが後から探したらチラシはなくなるわ・展覧会の記録もサイトから消えてるわで、まるでわたしの妄想みたいになってる。
今だに不思議でならない。
思えば18年も通ってて、PALCOバス様のお力がない限りは必ず道に迷うという、哀しい宿命を追わされておるなあ。

今回、二部構成で5/10までの第一部を見た感想。第二部はまたちょっと違うので、行けたら行きます。

 近世〜近代の日本絵画と版画
  近世〜近代の日本絵画

狩野山雪 1589?-1651 雪中騎驢図 江戸時代初期 紙本墨画一幅  横長の絵で雪また雪の中を白布かぶった旅人がロバに乗って進む。笠も白い。ロバの耳だけが見える。寒さがひしひしと感じられる。

松本山雪 ?-1676 瀟湘八景図屏風 江戸時代初期 紙本墨画淡彩六曲一双  小さな民家が並び、人々の生活する様子も描き込まれている。珍しい。これは人のいる空間の絵だった。

(無款 )田村水鷗 風俗図 宝永-正徳期(1704-1716)頃 紙本金地着色 六曲一隻  金地に鶺鴒を思わせる髷の女がいる。座頭の隣には肘をつく男もいる。もうすっかり気持ちよく飲んでいて、禿が世話を焼いている。遊里のだらけた楽しい時間の中で。

菱川師胤 中村竹三郎・三浦屋小紫図 享保元年(1716)頃 絹本着色双幅  本物の着物を貼り付けたような打掛を着ている。すごいも、その質感。ちょうど編笠をかぶろうとするところ。身分制度は厳しい。

池 大雅 1723-1776 柳溪渡渉図 延享3年(1746) 紙本墨画淡彩一幅  わいわいと渡る。馬も大変。そしてその馬の口を取る少年がやたらと美少年。これは嬉しい。あの池大雅でも美少年が描けるのだなあ。このご一行を岸から眺めるおんぶ親子。

立林何 扇面貼交屏風 元文-宝暦期(1736-1763)頃 紙本金地二曲一双  扇面 18 面貼付
琳派やなー。金地に扇面が浮かぶ。松、楓、鹿、千鳥、蕪と大根、椿、柳、桜川、タンポポ、流れに青や朱の楓、冨士、秋草など。5.4.4.5の配置。

円山応挙 1733-1796 富士三保図屏風 安永8年(1779) 紙本墨画淡彩六曲一双  薄くかすむ富士に手前の松原もシルエット。しかしどちらも存在感が大きい。ぼーっと見える。それが実にいい。

森 狙仙 1747-1821 樹下双鹿図屏風 天明8年(1788) 紙本着色二曲一隻  シカップル。松の下にいます。こちらを向くメス。ちょっと困り顔。それに対しオスはドヤ顔。なんかこのカップル、先がどうも思いやられるなあ。

森 狙仙 1747-1821 月下猿図 寛政10年(1798) 絹本着色一幅  ちょっと考え込むような猿。一人でジーッと…

司馬江漢 1747-1818 犬のいる風景図 寛政(1789-1801)末期 絹本油彩額装一面  洋風の背景に柴犬がいる。賢そうな犬。尻尾くるんにピンとした耳。いいねえ。

浦上玉堂 1745-1820 雨褪臙脂図 文化期(1804-1818)前半 紙本墨画淡彩一幅  難しいよなあ、他の人は知らんが、わたしには難しすぎる絵。軸の上下に花柄の更紗が使われているので、それでほっとする。

浦上玉堂 1745-1820 蓮峯雪花図 文化5-8年(1808-1811)頃 紙本墨画淡彩一幅 西谷コレクション  えーと、黒い山があるのだが、それがどう見てもどっかのおっさん風にしか見えしまへんのです。

渡辺崋山 1793-1941 佐藤一斎像画稿第三〜第七 文政4年(1821)頃 紙本墨画淡彩五幅 これ、最初に見たとき感銘を受けたな。少しずつずらした位置からの写生で、顔の構造そのものがよくわかった気がするのさ。面白かったし、崋山の<絵師の心>がシロートのわたしにもわかるような気がした。
そしてこの人の顔、片岡鶴太郎によく似てるね。

中林竹洞 1776-1853 山水図襖 文政期(1818-1830)末頃 紙本墨画四面  これはまた玉堂が大人しくなりました的な絵。竹洞は頴川美術館で見るようになって好きになったが、なんとなくこれはまた違う面白さがある。

中村芳中 ?-1819 白梅図 文化期(1804-1818)頃 紙本着色一幅 キノコにしか見えない梅が木についている。◯ ◯こんな感じなんだが、また枝振りが不思議で。変やーっとしか言えませんがな。面白いわ。

鈴木其一 1796-1858 桜町中納言図 天保期(1830-1844) 紙本着色一幅  茣蓙に座り楽しそうに桜の下にいます。 そういえばあれはなんだっけ、花見の席とり、一番下っ端やなくに一番偉いさんにさせるのがベストだというのがあったな。わたしもそう思うわ。

鈴木其一 1796-1858 芒野図屏風 天保(1830-1844)後期-嘉永期(1848-1854)紙本銀地墨画
二曲一隻  たいへんよかった。縹渺たる、とでもいうのかな。靄が出るのか、いちめんの芒の原に揺らぎもある。
こんな絵が見たかった。
イメージ (47)

鍬形蕙斎 1764-1828 聖代奇勝(東都繁昌図巻) 享和3年(1803) 絹本着色一巻 西谷コレク
ション  これは特に好きな絵巻で、どれだけ見ても新発見がある。日本橋の雑魚場風景。引っ張りダコw 人も犬もわんわんあふれていて、画面から活気が満ち溢れている。
河豚に海老に鰹に鯛に巨大な鰈に…ああ、どれだけ魚あるねん。中には鮫かむ犬もいて、本当に賑やかなことこの上ない。
うーむ、素晴らしい。
両国の納涼もいい。見物の船もたくさん出ていて、露店もたくさん。巴形の花火に煙も。
お客はスイカを食べたり枇杷湯を飲んだり。楽しそうでいいなあ。

中村岳陵 1890-1969 青韻 昭和14-24年(1939-1949)頃 紙本着色一面 島コレクション  青竹に蝉が一匹とまる。たいへんいい色。岳陵はもともと綺麗な色を選ぶ人だが、この絵の佳さはやはりその色にあると思う。

中村岳陵 1890-1969 桃 昭和中期 紙本着色一面 島コレクション 緑色の布か紙の上にぽつんと一つ。なんだかとても美味しそう。

 近世〜近代の版画と版本

菱川師宣 ?-1694 よしはらの躰 揚屋大寄 延宝(1673-1681)後期−天和(1681-1684)頃 横大判墨摺絵  ロングでその情景を捉える。わいわいと賑やか。みんな八の字眉の人ばかり。何か困りごとでもあるんかいな。彩色なし。

鳥居清倍 二代目市川団十郎の虎退治 正徳3年(1713) 大々判丹絵  虎の爪が可愛い!!

鈴木春信 1725?-1770 鞠と男女 明和4年(1767)頃 中判錦絵  塀を挟んで二人見つめ合う。このときめき感がいいよな。

司馬江漢 1747-1818 Serhentine 天明5年(1785)頃 銅版筆彩  どこか外国の風景。犬があちこいる。松にベンチ、犬とくつろぐ人々と釣りの人。公園の一隅なのかも。

喜多川歌麿 ?-1806 『潮干のつと』 寛政元年(1789) 彩色摺絵入狂歌本一冊 ラヴィッツコレクション  これは好きなもので、いい摺物だといつも感心している。

鳥文斎栄之 1756-1829 吉野丸舟遊び 寛政(1789-1801)前期頃 大判錦絵五枚続
 舟遊びの女たち。音曲、春駒などなど。島台には花ショウブとごちそうも。
寄ってきた小舟には三味線弾きの女、猿回しの若い男、舳にはその猿。芸人の舟。こうした形態での芸の商売はもう絵の中でしか見ない。

有名どころの浮世絵や新版画を続けて眺める。

特に好きなものというのはやはりわたしの場合、抒情性が高いものということになる。
そういう意味で抽象表現も現代アートもニガテなのだ。抒情性・文芸性の低いものにはどうしても関心が持てない。世間的にすぐれた作品であったとしても。
旧い作品にはどこかしら抒情的なものが見受けられる。だから好きだということもある。
では古いものならなんでもよいかというと、そうでもない。
たとえば泰西名画の静物画には関心が湧かないのはそこかもしれない。
西洋の静物画にはメメント・モリの思想が含まれている。滅ぶのを静かに眺める眼がそこにある。
しかし東洋の作品には滅ぶことは分かっているが、だからこそ楽しもうという、ある種の明るい諦念・ピカッと光るヤケクソさがあり、そこがたいへん好ましい。

歌川広重 1797-1858 東海道五拾三次之内蒲原 夜之雪 天保3-4年(1832-33) 寒そうな全体の様子がたまらなくいい一枚。
たぶん様々な「寒さ」を描いた絵の中でもベストだと思う。

渓斎英泉 1791-1848 浮世風俗美女競 幻(幼)真臨鏡現 生滅帯花知 文政6-7年(1823-1824)頃  「仙女香」の宣伝も兼ねてる。この頃の女たちの婀娜さがたまらない。

歌川国芳 1797-1861 相馬の古内裏 天保(1830-1844)後期  巨大骸骨のリアリズムな表現と眼窩の影の錯覚(笑ってるように見える)、これがまたいいのだよな。瀧夜叉姫はかっこいいし。

月岡芳年 1839-1892 松竹梅湯島掛額 明治18年(1885) 八百屋お七がハシゴに上るところ。実はこれ、1990年頃に消防庁が防火ポスターにしたことがあるのだ。
そのポスターを能登のさる旅館で見かけて、番頭さんに頼んでいただいたのです。
今もその番頭さんの姿を忘れないようにしている。

井上安治 1864-1889 富士見渡シ之景 明治14年(1881)  あさぼらけの様子。
井上安治 1864-1889 銀座商店夜景 明治15年(1882)  缶詰屋さん。
・・・師匠ほど、とは言わないがせめてもう少し長生きしてたらなあ。

橋口五葉 1881-1921 浴場の女 大正4年(1915) 木版多色摺
橋口五葉 1881-1921 髪梳ける女 大正9年(1920) 木版多色摺
どちらもたまらなく好き。そしてこの二枚を見ると、必ず思い出すのが福富太郎所蔵の五葉の春画スケッチ。

伊東深水 1898-1972 対鏡 大正5年(1916) 木版多色摺
伊東深水 1898-1972 浴後 大正6年(1917)1月 木版多色摺
この二枚を最初に見たのは90年頃の京都文化博物館での平木浮世絵財団の名品展やdo!familyのコレクション。
さすが千葉市美術館は「日本の版画」の御大家だけに新版画のいいのを持ってはるのです。

竹久夢二 1884-1934 港屋絵草紙店 大正3年(1914) 木版多色摺  正直なところ夢二は弥生美術館で堪能しているからよそで見なくても、という意識があるのだが、今回ここにあるのを眺めていて、これまで気づかなかったことが二つ三つ。
そういうのがあるから、展覧会に行くのをやめられないし、飽きが来ないのだよな。

竹久夢二 1884-1934 宝船 大正9年(1920) 木版多色摺  たとえばこの絵も船の帆に鎌と碗の絵があり、「かまわん」だと今回初めて気づいた。
あれだけ何度も見ててこれである。だからこそ、いつものところでないところで見ることに価値がある。

山本 鼎 1882-1946 漁夫 明治37年(1904) 木版多色摺 この絵も教科書に載っているそうなが、おっちゃんの背中がいいですなあ。

恩地孝四郎 1891-1955 土岐善麿像 昭和5-14年(1930-1939)頃  ああ、なんかこういう顔の方なのか、という思いがわく。
昭和30年代だったか、土岐さんを団長にして文学者たちが中国へ交流しに行ったそうだ。
そのとき戸板康二が不器用な手で林檎を剥いたら、スゴイことになって、みんな固まった時に、土岐さんが一言「戸板くんは芸術家だなあ」、これでみんな大爆笑したそうな。

恩地孝四郎 1891-1955 『氷島』の著者萩原朔太郎像 昭和18年(1943)  厳しいお顔です。

 千葉市を中心とした房総ゆかりの作品
鈴木鵞湖 1816-1870 西園雅集図 安政5年(1858) 紙本墨画淡彩一幅 わいわいがやがやと声が聞こえてきそう。

石井林響 1884-1930 王者の瑞 大正7年(1918) 麻本着色二曲一双  麒麟と高士がいる。爪の長いじいさん。青の水玉が浮く麒麟。炎のような鬣を持っている。これを見て「孔子暗黒伝」を思い出した。孔子も顔回も中国人だからキリンは瑞獣だと喜んだが、ヤマトではキリンはシシ神として災いを運ぶ獣だった。
こうしたところにもちょっとしたショックがある。

跡見 泰 1884-1953 蛸壺 昭和26年(1951) 油彩  ロングで捉えられたショットで、どうも須田国太郎の世界に似ているような気がする。

石井光楓 1892-1975 ブロンジ村の秋 昭和5年(1930)頃 油彩 スーチンのような激しさがあるなあ。

多々羅義雄 1894-1968 房州布良ヲ写ス 大正11年(1922)頃 油彩   真昼。女が井戸のそばで髪を洗う。日差しのよい時間帯。この構図、やたらと覗きがあるような気がしてならない。

椿 貞雄 1896-1957 冬瓜葡萄図 昭和20-32年(1945-1957)頃 油彩  大きさの違いが面白い効果を上げている。

横尾芳月 1897-1990 線香花火 大正15年(1926) 紙本着色二曲一隻  ああ、こういう美人画が本当に好きだ。女二人が室内でまったりしている。香炉に線香花火を立ててチリリリリリ…と光るのを見ている。多少の頽廃がそこにあり、それがたまらなく魅力的。

田中一村 1908-1977 椿図屏風 昭和6年(1931) 絹本金地着色二曲一双  金地に黒枝とそこに赤い椿とちりつばきが。白梅も少しある。
しかしどう見ても安寧とはほど遠い、

浜口陽三 1909-2000 19と1つのさくらんぼ 昭和40年(1965) カラーメゾチント  やっぱりいいね。

深沢幸雄 1924 年生 骨疾E 昭和30年(1955) エッチング  
深沢幸雄 1924 年生 骨疾E 昭和30年(1955) エッチング
これは去年の新収蔵品展で見たと思う、深澤の仕事はどれもみんな好き。

 現代美術
勅使河原蒼風 1900-1979 無 1968年(昭和43) 紙本墨書六曲一隻 力強っ
この人が棟方志功の「湧然する女者たちたち」を「ニョモノタチタチ」とし、その力強い読み方を推奨したとか。

瀧口修造 1903-1979 私の画帖から 1960年(昭和35)頃 水彩・ペン あああ、わからない。

「わかろうとする」努力が足りないわけですけど、やっぱりだめ。
この美術館には本当に最初に行った日からこっち、ずっと楽しませてもらっている。
これからもよろしくお願いします。
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