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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

ボッティチェリとルネサンス

ブンカムラで開催中の「ボッティチェリとルネサンス」の感想を挙げたい。
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近年、イタリアの都市をメインテーマにした展覧会に行く度思うのは、やはりルネサンスの頃が最も華やかだったということ。
尤も古代ローマやポンペイとかは別として。
ヴェネツィアでも今回のフィレンツェでもやはり中世がいい。
そもそも「イタリア」という国家が成立したのは150年くらい前だから土地土地の違いが顕著で、それがまたイタリアの魅力だとも言える。

1980年代に少女だったわたしは森川久美の諸作品に熱中し、戦前戦中の魔都・上海と中世のヴェネツィアに多大な憧れと幻想を抱いた。
実際に出かけて幻滅した上海、出かけてヴェネツィアより大きく心傾いたフィレンツェ。
とはいえ今でも心の中ではときめきがある。

メディチ家の歴史にわくわくしたのはボッティチェリの絵を見てからなのは、間違いない。
そして必ずその時代で思い出すのはこれ。映画「第三の男」でオーソン・ウェルズのハリー・ライムがウィーンの観覧車で言った台詞。
「だれかがこんなこと言ってたぜ。 
イタリアではボルジア家三十年間の戦火・恐怖・殺人・流血の圧政の下で、ミケランジェロやダ・ヴィンチなどの偉大なルネサンス文化を生んだ。 
が、片やスイスはどうだ?麗しい友愛精神の下、五百年に渡る民主主義と平和が産み出したものは何だと思う?「鳩時計」だとさ!」
何回聞いてもシビレるなあ。

さて清貧を旨としたのはアッシジの聖フランチェスコだが、フィレンツェではその考えは流行らず、富むことが正しさを守る、という意識があった。
経済優先により街が富むと文化度も上がり、犯罪者も減る(減ったかどうかは知らん)。
そのあたりの展示を見る。

アラゴン王ドン・ペドロ四世鋳造の金貨もある。
この同時代にはカスティリャにはドン・ペドロ一世がいる。そう青池保子「アル・カサル 城」ですな。

それにしてもこの金融の確かさ。メセナ事業の基礎はやはり金融の安定ですな。
そして当時の欧州社会でのユダヤ人が気の毒…

ボッティチェリの絵も当初は本当に綺麗で、ちゃんとしたパトロンがいる間はやはり名画が多いなと思った。
ケルビムを伴う聖母子 ちょっと背後はおどろだが、綺麗。これはチラシに選ばれてます。

メディチ家は金融業の仕組みを骨の髄まで知り尽くしているから、子息たちも真面目に育て上げようとした。
息子のために算術論をこしらえさせたのだが、挿絵がカラフルでなかなか楽しそう。こういうのがあれば興味もそそられるし、わかりやすいと思う。

これで思い出したが、京都精華大学の学長になったマンガ家の竹宮惠子さんがマンガを学ぶ若い子らの将来は決して暗いものではない、と言っていた。
供給過剰であり、本の販売数も右肩下がりだが、啓蒙マンガとか取説をわかりやすく説明するのにマンガの需要が、とのこと。
なるほど、それはすごくいいと思う。
わたしなども前述のように中国史、イタリア史、スペイン史、ロシア史に関心を持ったのは全てマンガからだった。これでもし子供の頃に数学をテーマにしたマンガでも読んでいれば、もしかすると数学に対して理解度が進んだ可能性が高い。
惜しいことをした。

高利貸しの絵がある。顔つきがやらしい。高利貸しといえばやはり皆に嫌われるから、必要以上に厭な顔に描かれている。わかりやすすぎるぞ。
日本でも同じ。

フィレンツェの金融システムがしっかりしているので重たい金貨を持ち運ばずに旅に出ることが出来た、というのは凄いことだと思う。
今日では現金の代わりにT/Cでもカードでも使えるが、これで現地で大金を換金なんかしててみなはれ、手間はかかる・手間賃はとられる・使い残したらまた面倒…難儀ですわな。

金融システムが確固たる基盤を持つようになったことで旅の範囲が広がった。
旅に必要なものが展示されているのを見ても、改めてそのことに感心する。

フランチェスコ・ボッティチーニ 大天使ラファエルとトビアス これも旅の物語。ムクイヌと生魚がポイントだが、この絵を見ると台詞が聴こえてきそう。
「まぁ旅はね、やっぱり一度は行った方がいいよ」「そうですね…よろしくお願いします」「うんうん、わたしがついてるからね」

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ボッティチェリ 受胎告知 綺麗なのは綺麗なんだが、やっぱり台詞を付けられそう。
「やぁこんにちは、気を遣わず気楽にね」「はぁぁぁ…憂鬱ですぅ」

ゴシック建築のマエストロ 港の聖母子と洗礼者聖ヨハネ この聖ヨハネ、ちょっと顔が長いものの美少年。ときめくねえ。
やはりね、中世の絵で楽しいのは、いかに魅力的な聖ヨハネをみつけだすことか、それに尽きるのかもしれない。←こら。

往時のフィレンツェの富裕な様子は絵からも知れる。

ビッチ・ディ・ロレンツォ バーリーの聖ニクラウス伝 トントントンとノックするのは変装した悪魔。疑いもせずに幼い少年はパンをあげようとする。善意は裏切られ少年は殺される。室内では父やその知人たちがいたのに。
この父親はなかなかハンサムだったな。

フラ・アンジェリコの二枚の絵。
聖母マリアの埋葬、聖母マリアの結婚。
どちらも横長の絵で金きらきんな人々にファッション誌ぽい顔だちの女たち。
思えば随分年の離れた世俗の婚姻ですなあ。

スケッジャ スザンナの物語 町の子らの服装に注意。中国も同じ発想だったな。
イキイキした町の人々。その中を縫うように歩くスザンナ。貴婦人ではあるが、コルティジャーナのように高いコッポリのようなものを履いて歩く。目立つ美人。豪奢な衣裳を身に着けている。それを家の窓や階段から眺める女たちのアンニュイな表情。
異時同時図というより絵巻に近い。日本とは向きが逆だが。

スザンナの物語が彫られ象牙の櫛。これか観賞用のものだとか。
のぞかれる貴婦人といえば日本では顔世御前がいるが、こちらはちゃんと悪人を罰せている。

出産盆というのがあった。何かというと出産した後のしんどい状態で、寝もったままご飯を食べれるように、というので作られた盆。これはいいですなあ。

フランチェスコ・ボッティチーニ 幼児イエスを礼拝する聖母  幼子はよそを向いている。周囲には千花文様。いいなあ。

ボッティチェリ 聖母子と二人の天使、洗礼者聖ヨハネ けっこう密着。顔つきになにやら思惑が潜んでいるかのようだ。

コジモ・ロッセッリ 東方三博士の礼拝 庭は藍地に千花、犬もたくさんいる。これは鷹狩の関連か。わいわいとにぎやか。

ボッティチェリ キリストの降誕 牛馬もいます、聖ヨハネも来ている。羊飼い二人も見守る。横顔を向ける方がなかなか可愛い。向こうから三博士ご一行様も来るようだ。
「や、こんにちは」な幼子。神聖だけど気さくな感じにも見える。

ボッティチェリ 聖母子と洗礼者ヨハネ 円形の絵。左にいるヨハネがむちむち。

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ボッティチェリ 受胎告知  巨大な壁画!!凄いフレスコ画。うなるばかり。
これは今はウフィツィ美術館所蔵だが、もとはシエナの病院が管理していた修道院の壁画だったそうな。黒死病の猛威から逃れられたことを感謝したとかそんな来歴がある。
そう聞くと、正直かなり怖く感じた。
なお、この絵を使ったチケットフォルダーが500円で販売中。両面に袋つきという、これまでになかったタイプ。いい感じです。
真上のチラシの最下段の絵ですね。

ボッティチェリ ヴィーナス  例の「美誕」のヴィーナスだけをスキャンした。黒い中に立つ。完全な裸婦かと思えばそうではなく、よくよく見れば薄―――いキャミソール着用。このヴィーナスも同じ仕様でフォルダになっている。

綺麗な歌曲集があった。すごく丁寧な造本。ルネサンスの美ですなあ。

ここまでは優雅な美の時代でした。
サヴォナローラが出てきたらもうフィレンツェもおしまい。
森川久美もたしかサヴォナローラを描いていた。
総領冬実「チェーザレ」にも登場してきたが…
こういう過激派が出ると文化が壊されるからやっぱりイヤヤな。

テラコッタに華やかな装飾をしたメディチ家の紋章、パッツイ家の紋章が出てきた。
すごいね。パッツイ家の方が派手だな。バラ、レモン、松などなど。
パッツイ家の陰謀のメダルまである。ロレンツォの弟ジュリアーノ殺し、すぐに露見して首吊りの刑。

パッツイ家といえばトマス・ハリス「ハンニバル」にパッツイ家の子孫の警部が現れ、司書に化けていた博士の正体を掴んでその情報を売ったために、早々にレクター博士によってピッティ宮殿で吊られてしもたな…
あの「ハンニバル」の映画の前年にフィレンツェに行き、一度でフィレンツェに溺れたが、映画を見ていよいよフィレンツェに焦がれたなあ。
「優雅なる冷酷」とは塩野七生が自著でチェーザレ・ボルジアに捧げた言葉だが、現代での「優雅なる冷酷」はハンニバル・レクター博士のためにある言葉だと思った。

サヴォナローラの火刑 百年後くらい後の絵。妙に静かでシュールな情景。異時同時図。ロングで捉えられた情景。処刑場に少しばかり集まる人々。静かな様子なのが却って怖い。
柴が集まりだす。そして三人同時に火あぶり。

ボッティチェリはサヴォナローラに感化されたからなあ。
結局面白くなくなってしまった。

歴史的なことを色々思い起こしながら見た展覧会。
6/28まで。

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