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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

南画に描かれた四時の愉しみ

頴川美術館の春季展2に出かけた。
「南画に描かれた四時の愉しみ」というタイトルである。
四時というてもAM4時とか午後4時とか16時の意味ではなく「しぃじ」という発音で、
辞書を見ると以下のような説明がある。
1 1年の四つの季節、春夏秋冬の総称。四季。
2 1か月中の四つの時。晦(かい)・朔(さく)・弦・望。
3 一日中の4回の座禅の時。黄昏(こうこん)(午後8時)・後夜(ごや)(午前4時)・早晨(そうじん)(午前10時)・晡時(ほじ)(午後4時)。
この場合は1に当たると思う。

イメージ (61)

考槃嘯林図 池大雅 この絵を見るのはブログに感想を挙げるようになって四回目。
以下、往時の感想。
・茶を炊く坊やが可愛い。山々の緑は全て色が違う。墨の濃淡が遠近を感じさせる。(14.5.2)
・緑の山~木々! を望む高士。茶タイム。ちゃんと持ち運びコンロとやかんあり。のんびり。この絵のための表具には青地にタンポポと桜をモティーフにしたものが使われている。(12.3.9)
・掛け軸の上下も中廻しも全て同一色同パターンでありながら、微妙に違う花の紋様でつながっている(8.9.27)
今回のメモはこんな感じ。
・緑濃い山中で茶飲もか。
同じ絵を見ていても毎回似ているようでちょっとずつ違う。それだからまた何度でも同じ絵を見るのだ。

松竹梅図 池大雅 右の梅:宴会中。左の竹:林で風を聴いて琴を弾く。中の松:サンルームでティータイムin中国の山中。台所では少年らが味見中。

茶筅売図 岡田米山人 法華僧が年の瀬に茶筅を売り歩く風俗があるそうな。年の瀬になるとほんまに色んなショーバイ人が現れるもんですなあ。
新年用の茶筅の販売で、瓢を打ちつつ。洒脱な感じがいい。
坊さんというてもどこまで本当の僧なのだろう。明るく世間慣れした感じがにじんでいる。

山水自賛図 頼山陽 これはいつ観ても幻想的な山の佇まいだと思う。なにしろ描いた当人によると、夢の中で見た「髷がいくつもいくつも並び重なる風情の山」を起きてから思い出しつつ描いたもの、らしい。
夢の中で見たものを絵にする、というのはなかなか難しい。
「ダリ天才日記」ラストでダリが何かの夢を見て跳ね起きて、歓喜どころか狂喜するシーンがあった。
あと、上海にあるさる建物が魔女の館のような三角屋根の三連続なのも、実業家が幼い娘が夢で見たのを再現させたものだったとか。
夢で見たものをどこまで再現できるかはしれたものではないが、いずれもエピソードとしては大好き。

秋景人家図 貫名海屋 シーンとした林。
それにしても文人画というものは賛での比喩がすごい。
「猿の栗むく音しか聞こえん」とかそんなセンス。
そして意図せずとも山の形が猫バスみたいなのがあったりもする。

花卉紅白図 岡田半江 白ユリ、撫子、木花とりどり。さらっと描いている。幕末近くになると近代性が少しずつ目立ってくるね。
詩があったので写す。
江南多暑気
雨過復蕭然
更愛紅白色
小園相対眠

笠置山図 中林竹洞 いい感じの絵。登りたくなるよ、久しぶりに。
とはいえこの絵の前に頼山陽が「懐古詩」を書いていて、それがけっこう怖いことというかやばいことを書いている。
わたしはどうしても笠置山を見ると色んな思い出が蘇るので、歴史的にどうのこうの言われてもスルーしてしまうけど、歴史的には後醍醐天皇や大楠公と関わりがある山なのですよ。
山陽の賛はわりと笠置の住民に対して手厳しいことを書いている。それはここには写さないが、「え゛っっ」と思ったね。崇禅寺馬場の仇討の村人たちと似たような状況、ということでわかる人にはわかるかな。

枯木竹石図 椿椿山 白描に近い笹と水仙がいい。

他に明清のいい磁器が四点ある。うち龍文が三点
呉須手龍文四耳壺 明 この龍の指は四本。パキパキしている。
胭脂紅龍文瓶 清 5本指の龍。叭!と掛け声が聴こえそう。
青華人物龍文盂 清 ハチである。見込みに四本指の龍。外にラクダ?
後は宝尽くし文。

小さな美術館だが、この美術館に通うようになって、わたしは文人画の佳さを知ったのだ。
今回は「南画に描かれた四時の愉しみ」だが、次は円山派が出てくるかもしれず、色々と楽しみが多いのだった。
5/24まで。
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