FC2ブログ

美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

院展の画家たち 近代日本画の開拓と創造

名古屋の桑山美術館に出かけた。
これまで必ず道に迷うので、いっそ勧められている道以外の道でいこうと歩いた。
まっすぐな道ならまず間違えにくいだろうと思ったのである。
実際それでうまくたどりつけた。
なんであんなややこしい道を勧められているのか疑問である。

桑山美術館は愛らしい洋館である。
円筒形の外観に円錐屋根、内部の螺旋階段と中庭のスパニッシュ回廊が魅力的である。
庭園の緑も深い。

「院展の画家たち 近代日本画の開拓と創造」
ツイッターでチラシを見て、わくわくしながら出向いたのだ。
イメージ (15)


宗達 古径 1942頃 白描で宗匠頭巾をかぶり、片膝を立てる中年男性として描く。黙ったままの顔にはある種の気ぶっせいな感じもある。

老子 放庵 角が平行に延びる、しょぼくれた目をした老いた牛に乗る白髭爺さんの老子。あのにじみの麻紙に載るのがまた味がある。

羅漢 竜虎 芋銭 1935 対もので、下がり竜が甘えるように羅漢を見上げると、細い瓶から浄水をかけてもらえる。
虎は羅漢にすり寄っている。無邪気な顔を上げている。どこにも怖さのない竜虎。

龍 紫紅 1914 太いにじむ線でぽよんとした龍を描く。
虎 靭彦 1914 紫紅に合わせた線で等伯風の虎を描く。
仲良く描かれた龍と虎。靭彦が紫紅の画風に合わせた絵。

イメージ (18) イメージ (17)

寒牡丹 武山 全体が重く雪に閉ざされている。雪の隙間から薄紅色に凍えた南天と寒牡丹の花びらがのぞき、瑠璃鳥がそれらを守るように止まっている。
大胆な色彩設計だと思う。白に覆われつつ、所々小さく印象的な色彩をさす。

雷神 紫紅 1910 朱色の髪が逆立っている。手には独鈷。勢いつけて飛んでいる。


矜羯羅図  靭彦 1918 美少年の矜羯羅君がいる。白い肌に耳横のみずら。額には飾り。きりりとした眉と鋭い眼。口元は少し白い歯がのぞくが、笑うわけではない。ある種の厳しさが漂う。
とても惹かれる。

暁霧 春草 1902 朦朧体の頃。わたしは後世の者だから、なぜこの描き方がそんなに批判されたのか、実のところ理解できない。これはこれ・それはそれの美だと思うばかりだ。
三つの長い連山、ジャンクに乗る者。もあもあした中で。

蜆子 観山 禅の人はケッタイな人が多いからなあ。水に浸かりながらエビ捕ってます。

小春 御舟 1910 御舟16歳のデビュー作。公家か武家の上流の家の少年。フジバカマ、カルカヤ、アサガオの咲く庭。ぶかぶかの沓からのぞく踵。可愛くてドキドキした。

川魚 青邨 茶金色の朴葉の上にイキイキしたアユ、ニジマス、イワナ、ヤマメなどなど。

蓮 土牛  文琳の枠の中に蓮と花托に止まる燕。蓮は暑い時期に咲く花だが、この枠の中は涼やかな様相を呈している。薄い色彩がそのような作用を目にもたらすのだろうか。
ふと気づいたが、土牛の絵はどのようなときも暑さを感じさせない。
温度がないのではなく、常に心地よい温度がそこにある錯覚を起こさせる。
イメージ (19)

春浅し 酒井三良  いつも田舎の絵を描いているが、ここでも農家の春の空気を捉えている。幼女と一緒に歩く母または祖母、ようよう来た春の風はまだ冷たい。

南里瑞信・北辺喜信 永遠  真鶴と丹頂鶴をテーマにしている。南から来るものと北から来るものと。立つ・座すという対比もある。鶴が来たことを喜ぶ心がこのタイトルを選ばせたのだろう。
わたしは鳥がニガテだが、観念的にはわかる気がする。
鶴ではないが、春来る鳥を待つ切実な気持ちを描いた名作がある。
立原正秋「冬の旅」である。
五年前、立原正秋没後30年を機に追悼文をこのブログにあげているが、そのときわたしはこう書いた。
「『冬の旅人』であった少年は春の訪れを鳥たちに託していた。
春がまだ来ないことに少年は気をもみつつ暮らしていたが、死んでゆく意識の中で鳥たちの羽ばたきを聴き、ある種の安寧と幸福を覚える。」
翼あるものへの憧れは文学にも芸術にも昇華する。

竹筏 浩一路  筏に乗る人が魚籠を覗く様子を捉える。独特の墨絵で表現された一枚。

花王図 龍子  古代青銅器をモチーフにした復古デザインらしき唐銅の花入れに、薄紅がにじむ白牡丹が活けられている。絵の号数は大きくはないが、画面からあふれ出しそうな勢いのある牡丹である。

肥後菖蒲 善彦  白い花びらが印象手…

螺旋階段を上り二階へ。
イメージ (16)

日ノ出 大観  海辺でみるアカイアカイ日。

被物 青邨  まだ若い年頃の武者が戦場でのますらおぶりを褒められたか、御前に召されて何らかの装束なりを賜った後の姿。烏帽子に鎧直垂の若者は浅黒い頬を薄く染めていた。戦国時代以前の、太平記にでも現れそうな武者ぶりだった。
イメージ (20)

壺の花 遊亀  八面体の白磁の壺に水色の蘭が活けられていた。この壺は無柄だが、李朝ものの風があるようにも思う。

白い花 遊亀  土器にクチナシと撫子のような花(雁皮とあったが…)とが活けられていた。
そう言えば前に割れのけた土器を使った生け花を見たことがある。あれはカッコよかった。

イメージ (21)

講堂趾の春 善彦  遠目から見たとき、笑う建物かと思った。それもにこにこと温和な笑いではなく、十一面観音にある暴悪大笑面、あれに近い怖い笑い。
実は霧の中に浮かぶ東大寺大仏殿らしい。なんでこんな風に見えるのかはわからないが、近くで見てもやはりどこかに違和感がある。

行く春 後藤純男  一見したところ奈良のどこかの山寺のように思えた。枝垂桜が咲いている。遠くには山。伽藍の配置がいい。春の終わりの頃に行きたいと思った。

五島 小山硬  キリシタンをテーマにした絵が多い小山。これは五島列島のどこかの島の小さな教会をロングで捉えている。薄闇が広がる海と空と。レンガの教会にはステンドグラスが輝く。明るさはそこにのみ集まる。

尾州八題の内 国府宮 田渕俊夫  靄というか霧が下りている。大きな鳥居も乗用車も白い闇の中にある。

薔薇 鎌倉秀雄  鎌倉芳太郎の子息。アラビア風なデザインの壺がちょっとかっこいい。

他に西田俊英「秋深し」、藤井康夫「飛翔する隼」などがあった。かっこいい。

作品数は決して多くはないが、善いものが集まっているところへ行けて、本当に良かった。
7/5まで。
関連記事
スポンサーサイト



最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア