FC2ブログ

美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

いのちの輝き 上村松篁

松伯美術館で「いのちの輝き 上村松篁」展の後期分を見た。前期は前半生の作品、後期は戦後以降のもの。
松篁さんは戦後以降の作品が圧倒的に好きなので、後期にたずねた。
イメージ (7)

美術館には数カ所の展示室があるが、第二展示室に入った途端、自分の肺が緑色になった気がした。
特別好きな作品がここに集まっているのだが、いずれも深い自然の中の花鳥を捉えたものなので、自分自身が松篁さんという深い森の中へ分け入った気がした。

なんて気持ちのいい空間なのだろう。
深い色から浅い色までとりどりの緑。鮮やかな色の花々。
ここにいることでどんどん気持ちよくなってゆく。
イメージ (8)

樹陰 1948  三種の緑がある。幹の左には小鳥がいる。
戦後の日本画の危機の時代に在っても松篁さんの絵は揺るがない。

八仙花 1950  ガクアジサイが少しばかり咲いている。胡粉が煌めく。花の露が光るように。

蓮 1952  色の美が素晴らしい。雨のあとのような風情がある。小さな滴が愛しい。

草原八月 1956  志賀高原の熊の湯付近でみつけたそうな。シダと白い梅鉢草と。「星のように咲き始めた」いいなあ…
この絵も二年ほど前に初めて見たとき、とても深い感銘を受けたのだった。
草原八月nec486.jpg

熱帯花鳥 1963  ハワイでの成果。明るいトーチジンジャーの赤い花と、白い尾の極楽鳥と。ああ、気持ちよさそうな空間…

鴛鴦 1965  これは最初は何とも思わなかったのだが、左の群れに鴨が混じっていることを気づいてからは大好きな一枚になった。なんだかトボケタ面白さがある。鳥たちの関係性が楽しい。
鴛鴦nec125-1.jpg

鳳凰木 1973  サンバードが可愛いなあ。長く伸びて軽く湾曲した嘴。

真鶴 1980  
丹頂 1980
どちらも相手を意識しているかのような鶴たち。よくよく思えば日本代表のような二種の鶴。

雁金 1982  月下、ぺたぺたぺたぺた…

この三点はどんなときでも好きな作品たち。
観ているだけでうっとりする。

燦雨 nec489.jpg


緋桃 nec125.jpg

春輝 sun987.jpg

いいのはわかっていたが、花鳥画でこれだけいいキモチになるのは松篁さんだけなのだった。

晩年の作品群をみる。もう背景は銀潜紙を使用することで特別な地色ではなくなっている作品が多い。しかし銀潜紙を松篁さんは喜んで使っていたと聞くと、ファンとしてはやはり「いい紙やな、よく松篁さんのために働いてくれた」と思うのである。

葛 1993  銀潜紙に墨の垂らしこみで葛を描き、尉鶲を配する。

春宵 1993  紅梅とミミズク。これは背景は塗られている。細面のミミズク。

粟 1994  金潜紙にひっそりとウズラ。金茶色の粟とぴったりの色。

五位鷺 1995  銀潜紙。二羽がいる。

正直なところこの頃辺りからさすがに画力も衰えてきているが、しかしその分なんというか、自在の境地に入ったような気がする。
もう線の正確さ・配色のこだわり・塗の真面目さを放ってしまい、描きたいものを描きたいように描く、という状況に入ったのだなあ、という実感がある。
今から売り出しの人なら困るが、老大家の楽しい心境と言うことを思うと、それだけで微笑ましい気持ちになる。
作品本位という観点でいえばこの眼差しはぬるいものだろう。
しかし、百歳近くまで描き続けてきた人の晩年のこの「ゆるさ」は、却って明るい気持ちにさせてくれるものだ。
だから無残さというものは一切感じない。
それどころか、老境に入ってなおこうして自在に好きなものを描く精神の高さと言うものに、静かな感銘を覚えるのだった。

最後に1968-1969年の井上靖連載「額田女王」挿絵とカラーものが出ていた。
何度見てもいいものばかりが並ぶ。
久しぶりに素敵な挿絵も見れて嬉しい。

6/21まで。
関連記事
スポンサーサイト



最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア