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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「炎の人 式場隆三郎 医学と芸術のはざまで

市川市文学ミュージアムで開催中の「炎の人 式場隆三郎 医学と芸術のはざまで」展は、とても魅力的な展覧会だと思う。
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わたしが「式場隆三郎」を知ったのは学生の頃に図書館で見た本からだった。
「精神病理学」という言葉がタイトルに載った本で、高校生のわたしは興味本位に開き、たいへん面白く読んだ。
その中に病跡学の分野での研究者として高名なのは式場隆三郎だとあったので覚えたのだ。
ただ、その時に読んだ本のタイトルそのものは忘れてしまった。

次にその名前を見たのは「二笑亭奇譚 50年目の再訪記」だった。1990年代の話。
単行本の時代。これに熱狂してから式場の他の仕事に目が向いたのだ。
ゴッホ、山下清などなど。著作の装幀は民藝の人々だというのにも惹かれた。

市川市の名誉市民だというのも後から知ったことだ。
縁があるならともかく、関西人で市川市の正確な場所や歴史に詳しい人はどれほどいるのだろうか。
わたしなどは自分が首都圏をハイカイするようになり、地図や路線図を見る中でようやく位置関係を把握したのだ。
一方、市川市が住みやすいという話はよく聞いた。現に知人も何人も住民だったりする。
薔薇が有名だという。その薔薇が実は式場隆三郎の病院のシンボルだということも知った。
病院の豊かなパラが市を彩る花となる。
今では名物となって、各家庭でも薔薇が咲きこぼれる。
実に素晴らしい話だ。

そうした状況でいそいそと本八幡まで地下鉄で出て、ニッケの送迎バスに乗せてもらい、隣接の文学ミュージアムへ向かったのだ。
着いたころには市川市への好意がかなり高まっていたのも記しておく。

式場隆三郎の著作がずらりと並んでいた。
いずれも魅力的な装幀である。芹沢銈介の仕事のものが多い。
戦前の立派な本である。
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白樺派の関連資料がある。
白樺派はとても好きだ。展覧会がある度にいそいそと出かけている。
とはいえそこに所属した小説家のうち、早くに離脱した里見弴が実は一番好きなのだから、決して信徒だとは言えないのも事実だが。

式場はやはり雑誌「白樺」でゴッホと出会い、熱愛し、研究を深め、とうとう昭和4年には欧州へ出ている。
そしてここがさすが精神病理学・病跡学の第一人者だけに、絵を愛でるだけでなく、ゴッホの人生を追い、心を追い、その精神のありようを調査し、研究を重ねた。
その成果が著作と言う形になっている。
タイトルは「ファン・ホッホの生涯と精神病」。

芹沢銈介の丁寧な装幀がいい。
他にも多数のゴッホの研究書が出ているが、中で版画家の奥山儀八郎がゴッホ作品を見事に換骨奪胎したのを装幀に使ったシリーズがとても興味深い。

ゴッホにこれだけ打ち込んだ人がいるのはやはり凄いことだとも思う。
青森の青年が「わだばゴッホになる」とコーフンしたのもやっぱり納得がゆく。

そうしたわけでゴッホの資料がかなり多く出ていたように思う。
一方、ロートレックの研究も重ねていて、こちらも立派な著作があり、奥山の魅力的な装幀本がここにも出ていた。


ところで前述したように「二笑亭綺譚」の著者としての式場に、わたしは多大な関心を寄せている。
芹沢の装幀本をみると、二笑亭の印象的な意匠をモチーフにした表紙となっていて、それも嬉しい。

これは木村荘八の挿絵である。
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表通りから見た玄関。

二笑亭についてはここで書きだすと話が終わらなくなるのでやめるが、失われた建造物のうち、行けるものなら行ってみたい建物の一つなのだった。

そしてこちらは長らく行方不明だった木村の他の挿絵。
展覧会の事前調査のときにか、数十年ぶりに式場邸から発見されたとか。
生前の式場本人がどこに行ったのだろうととても気にしていたそうな。
わたしもとても嬉しい。
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次に式場邸の写真などが出ていた。
これがいかにも民藝仲間の拵える家、という感じで実にいい雰囲気の家だった。
濱田庄司と柳宗悦が設計という力の入った邸宅で、三國荘にも少し雰囲気が似ていた。
ますます憧れが募る。

後で知ったことだがショップでは民藝関係の建物の写真集も販売されていて、そこに式場邸も掲載されている。いつかほしい本である。

濱田、リーチ、富本、河井らのやきものがある。
中でもリーチのウサギ柄の大皿が気に入った。
いいなあ、このおおらかな愛らしさ。

最後には山下清の書いた式場隆三郎の表札もある。
山下清も式場が世に紹介したことで高名になった人なのだ。

そして式場病院の薔薇園のお祭り映像。ああ、素晴らしい。
当時の市長は浮谷竹次郎。あの「俺様の宝石さ」の浮谷東次郎のおじさんだという。
そういえば東次郎の仲間の式場壮吉は式場隆三郎の甥にあたるのだった。

式場の偉大な業績と魅力に触れることが出来てとても嬉しい。
もし式場が活きていて、話す機会があったとしたらどんなにうれしいことだろう。
そんなことを思いながら展示を見て回った。

最後に図録の良さも紹介したい。
安価でこれだけ内容の充実したものはめったにない。
手に入れることが出来て本当に良かったと思っている。
ありがとう、市川市。
大阪人のわたしですが、好きになった街です。
今後も仲良くしたいと思っている。

式場展は5/31まで。

なお、常設では「浮雲」などの脚本家・水木洋子の資料、永井荷風、井上ひさしらの紹介もある。水木邸の模型がなかなかよかった。
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