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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

四ツ橋・雑感

大阪四ツ橋といえば、江戸時代の俳人・上島鬼貫の句

涼しさに 四ツ橋を 四つ渡りけり

この俳句を知る方も少なくはないだろう。
かつて川があり、四つの橋が架かっていたそうだ。
いつの間にやら暗渠になり水脈も途絶え、橋の跡には白い横断歩道が残るばかりだ。
また、少し向うの陶器神社ではつい数年前まで夏の天神祭りの頃に、大々的な陶器祭りがあり、有田辺りの素敵な磁器がかなり安く出ていて、掘り出し物も多かった。
これは阪神高速の入り口を封鎖しなくてはならぬと言うことから、靭公園に移ったものの、かつての繁盛から遠のいてしまった。今は行われているかどうかすら、知らない。
うちの母などは、夕食後に祖父に連れられ信濃橋まで市電に乗って、縄でくくったお茶碗や小鉢などを買うて帰るのが楽しくてならなかったと言う。
実際、数年前まではわたしたちはぶらぶら冷やかして歩いたのだが。

信濃橋と聞いて小出楢重、鍋井克之、辻愛造らの名前が出る方は洋画好きな方だろう。
信濃橋洋画研究所は、今で言えば三和総研辺りになるのだろうか。
さっきあげた靭公園のもう少し西には大塩平八郎の石碑もある。彼は陽明学の学者だったと言うが、もう一人名をあげれば、越後の河井継之助も陽明学を身につけていたらしい。
なにやら『わかる』気もする。

四ツ橋のちょっと向こうが新町、つまり日本三大遊郭の一つ大坂新町の色町があったところだ。
西鶴・近松のハナシにも現れるが、今は名残もない。

近代に入れば『四ツ橋の電気科学館・プラネタリウム』だ。
これは1989年に閉鎖するまで、大阪のみならず近畿一円の科学好きな人々の嬉しい場所であった。世界に六台しかプラネタリウムのない時代に、ここにはあったのだ。
今はそれこそあちこちにあるが(現にわたしの隣の町内の青少年館にもある)考えればすごいことだったのだ。
私も小学生のときしばしば連れられてきては、星々の海に見蕩れた。
エジソンの竹とかロボットとか、並列・平行のことなど・・・

閉鎖される少し前の休日に行くと、大繁盛していた。その中でぱちぱち写真を撮り倒した。
淋しい想い出だ。この頃から写真を記録の手段に用い始めている。

ここを舞台にした小説がある。
今江祥智の『ぼんぼん』か『兄貴』かのどちらかだ。
戦争中、九百枚のクラシックレコードを所蔵する兄と二人、プラネタリウムを眺める。
上映が終わったとき、疎開させるのかどうするのか、と言うような話をするが結論は、出ない。
とうとう大阪にも空襲が来る。兄は選びに選んだレコード三十枚ほどを風呂敷にくるんで負うて逃げ惑う。しかし。
・・・・・・わたしは戦争など決して起こしてはならんと思うのは、個人・国家を超えた『財産』を失くすことに憤りを感じるからだ。
話がずれた。

この建物はやがて‘94年頃まで図書館としても使われたが、まことに惜しいことに壊された。
モダニズムの素敵な建物だったのだが、今ではホテルやオフィスになっている。
大阪には文化は消失していると思うのは、こういうときだ。
しかし、がんばってくださるところもある。

長瀬産業。
この優れた近代建築は、優美な姿を今も四ツ橋筋にみせている。増築部分まで既設の建物と同じ風に作られているのだ。そして社員の方々はそれを誇りに思われている。
わたしまで誇らしくなるほどだ。ありがとうございます。

だいぶ北に来たが、そうなると地名も立売堀イタチボリに入るようになる。
そちらへは行かず、わたしはINAXへ行くのだ。

去年のクリスマスにINAXで『小さな骨の動物園』展をみた。
感想はこちら。http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-313.html

もう会期も終わりに近づいているので、最後にもう一度見たくなったのだ。
東京には六月から巡回だ。

物好きと言われようと、また骨を見に来たのは骨に惹かれたからだ。
・・・やはり愛らしい。
認識がパカッと変わったように思う。
♪骨まで-骨まで-
ではなく、骨だから、愛したのかもしれない。

今回は割りにお客が多い。家族連れだ。父親が子供に説明している。
子供らは骨になる前の肉のついた状態からの変容をどう受け止めるか。原因と結果、過去と未来。
そうしたものを考える力を養ってくれるだろうか。私は親子連れを見るといつもそんなことを考える。

海亀はやはりもの悲しい。元気なガメラも骨になればこうなるのだろうか。
鳥たち。オオミズナギドリ、アホウドリ、彼らの群れ。飛行と終焉。
前回と同じ感慨がよぎる。

錦蛇のトンネル。見通しの良い蛇行。上野の科学博物館にもあったっけ。
蛇、長すぎる―――かな?これでもいいと思うよ。ルナールかサン=テグジュペリか。
きれいな骨たち。
もしかすると、生きているときより可愛いかもしれない。

今日は肩が痛い。私は歩きすぎると肩が落ちるのだ。どんな筋、骨の構造なのか不思議だ。
・・・・・・・・・・・・
わたしの骨格標本の想像図。

それで思い出した。
横溝正史の幻想小説で骨格標本にされた(らしき)男の話があった。全編大阪弁で、なんとも物悲しく、そして怖い小説だった。『面影草紙』だったか。
それからこれは『ハチミツとクローバー』の羽海野チカさんの昔の作品で、授業に使う人体標本を壊したために、『身体で払ってもらうぞ』と言われて、体育の先生に半身に
『これが上腕二頭筋、ここが三角筋』と『油性マジック』で書かれるギャグがあった。
笑いすぎて苦しかったなあ。

INAXを出てから東へ進む。
ビル全体が巨大なプランターのようなオーガニックビルを通り過ぎ、船場へ向かっている。
蛇行はしてないが、メイソウしている。
瞑想ではなく、迷走かもしれない。

巨大な御堂筋まで来た。走らなくてもいいし、空いているけど、なんとなく走ってみた。
何秒で渡りきるか数えながら。
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コメント
今朝11時頃のお互いのブログへの立体交差、コンピュータの前に座っているだけなのにこんな偶然ってあるんですね。今日の「四ツ橋」の記事を拝見して、小さい頃に電気科学館に連れってもらったことや何年か前の職場の宴会で喧嘩に巻き込まれてしまったことなど思い出しました。さらに“骨格標本”なのですが、昨年11月の旅行で私の友人がお土産にとケンブリッジで紙で組み立てて作る“骨格標本”を買ったのですがスーツケースより大きく、バスの移動はともかく、機内持込でロンドン→マルセイユ→パリ→関空と3度も空を飛び、多くの人から注目を浴びてしまったことなど、懐かしく思い出すことができました。
2006/02/12(日) 14:25 | URL | 酒徒善人 #-[ 編集]
ペーパークラフトですね。なにの骨格標本だったのでしょう。ヒトでなく恐竜とか・・・象とか・・・ダンボール紙なんでしょうかね。

わたしはオルセーで大阪で言う立版古のエッフェル塔やジヴェルニーの庭園などを購入しましたが、いまだに組み立てておりません。←怠惰の証明
2006/02/12(日) 16:10 | URL | 遊行 #-[ 編集]
説明不足で失礼しました。そのペーパークラフトの骨格標本は人体のもので、完成するとおよそ等身大の180cmくらいになるもの、縦横が大きすぎてスーツケースに入らず、包装の表面に上半身の骨格写真が印刷されていたのを友人は10日ほど手に持って、空港・飛行機・バス・ホテルと3都市を移動していたのです。それでいろんな人に注目されました。
2006/02/12(日) 16:46 | URL | 酒徒善人 #-[ 編集]
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