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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

島 成園と大阪の女流画家たちと・・・

島 成園と大阪の女流画家たちの展覧会を見た。わたしは美人画を見るのが一番好きだし、ずっと待っていた展覧会だからわくわくしていた。大阪画壇は東京、京都と違い、女の地位も高く展覧会も頻繁に行なわれていたそうだ。大正時代、大阪が東洋のマンチェスターと呼ばれたことと無縁ではないだろう。現在とは大違いな話だ。高島屋は以前から女流画家の展覧会を多く開催してきた。大正時代、都市生活に百貨店が根付き、女客が機嫌良く遊びに・買い物に出るようになり、そうしたニーズを高島屋や大丸は読んだのかもしれない。
それから八十年、こうした形で大阪の画家たちの作品を見ることが出来、嬉しい限りだ。
蛇足ながら、私がこれまで見てきた大阪の日本画家の展覧会を少しあげてみよう。

‘94年の大丸心斎橋店で『関西大学所蔵・大阪の書画』
恒富の桃山風な美人画を覚えている。書が多かったので、判読しようとして果たせなかったことが懐かしい。
‘97年の枚方市民ギャラリーでの『近代大阪の日本画名品展』。
恒富、成園、花朝女、楯彦、貞以らの他に江戸時代の木村蒹葭堂の作品まで出ていた。
恒富が見たくて出かけたが、楯彦の良いのを色々見て、嬉しかった。
‘98年の大阪美術倶楽部での『大阪画壇物故者展』、ここでは菅 楯彦の『大漁』を見た。鯛がたまらなく可愛くおいしそうだった。赤バージョンと黒バージョン。お弟子の花朝女や、恒富、成園らを見た記憶がある。
それから’02年の池田市立歴民資料館での『木谷千種』など。
これで千種を知ったのだが、良い展覧会だった。
まだある。
‘01年に大津歴史博物館でシアトルの白澤庵コレクションがあり、これには千種とその弟子たちの絵が多く含まれていた。
‘03年には堺市立文化館で成園と恒富の展覧会を見ている。正月なので羽子板の絵などがあった。また、北浜の三越と四天王寺宝物館で、楯彦や花朝女をみている。
そこでは花朝女ゑがく四天王寺での蛸踊りとでもいうのか、その絵もあった。


今回はそれらで見た作品が多く含まれている。とはいえ、初見が大半を占めるのだが。
現況での近代大阪画壇への関心の低さの傍証をあげよう。
図録の値段である。2940円だ。わたしはそこに落胆を感じるのだ。
しかし土曜日の夕方過ぎとはいえなかなか盛況なので、これを機会にと願っている。

昔、『三園』と言うて『京都の松園、東京の蕉園、大阪の成園』が女流画家の大家であった。
わたしはみんな大好きだ。
松園の格調の高さ、蕉園の愛らしさ、成園の艶かしさ。
松園は女性初の文化勲章を受賞もし、松篁、淳之、と画風の異なる立派な子孫を残された上、現在でも様々な美術館でその作品を見ることがたやすい。
蕉園は夭折したのが何より惜しい。
しかし彼女の作品は例えば美術コレクター福富太郎氏が多く所有し、惜しみなく展覧会に出品してくださるので、見る機会も多い。
成園はどうか。
上記にあげた展覧会のほかには、'98年の『女性画家が描く日本の女性たち』展や野間記念館
での色紙や、殆ど何の知らせもない大阪市立美術館でチラリと出されるくらいではなかったか。
しかしそれでも木谷千種より扱いはよかったのかもしれない。

とはいえ、千種の作品はシアトルの白澤庵コレクションに多く収蔵されているから、それも今の状況の原因の一つかもしれない。(彼女自身十三歳ごろシアトルに留学しているのだ)


大阪の女流画家たちは環境も悪くなかったようなので、機嫌よく仲間付き合いもしていて、それが景気のよかった頃の大阪にもマッチしていた。
みんなの集合写真がある。
みなさん、アクの強い娘さんだ。今もいてます、こういうカオ。
池田での展覧会から千種を知りファンになったが、彼女は近松研究者の木谷蓬吟と結婚して、夫婦仲良く芸術活動していたようだ。
蓬吟の兄は、先日ここでも書いた芝川照吉である。羅紗王と呼ばれ劉生や藤井達吉らのパトロンになった人である。http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-345.html

千種は機嫌のエエ人だったようで、母娘揃って絵を習いに来る人もあり、大繁盛していたようだ。資料を見ると、六十人以上のお弟子さんがいたそうだ。めでたいなあ。
池田でも見たが、その母娘の絵が出ていた。なにかなし、せつないような絵である。

評論家でも研究者でもないくせに私は延々と何を書くか。

絵の話に移る。

文展等ではよく落選していたようだが、現実には人気と言うか評判も高かったらしい。
成園の『黒髪の誇り』は特にわたしなどの好むところで、胸の形、色合い、流れる髪、能面の柄の衣装、女の鼻の形・・・何もかもが良いと思うのだ。
しかしこれが賞を取れない理由もまた、わかるのだ。
松園に『焔』という凄艶にして恐ろしいような絵がある。東京国立博物館にあるが、大々的な宣伝を好まぬような作品である。それと同じ匂いの絵だ。
恒富が『浪花の悪魔派』と謳われたのもそれと根を同じにしているのだろう。
清方にもまた、あぶない絵がある。
『妖魚』『刺青の女』などである。
みな、ぎりぎりのところで『こちら側』にいる。

成園の『無題』は自画像でもあり、架空肖像でもある。現実にはない痣を女の頬に入れている。
これを見ると私などは、梶原緋佐子の大正期の市井の女たちの作品を思い出す。
皆やはり、意識が高かったのだ。

『祭りの装い』には三種の女の子がいる。左から右へ行くほど、貧しくなる。ちびでも女の子の切なさと言うものがじかに伝わるような作品だ。
どうも祭りにはそうした意味合いが込められているのか、
千種の『をんごく』にもせつなさがつきまとう。
これを池田で見たとき、をんごく=お盆のとき燈篭を手にして悲しい歌を歌いながら歩く行事、と説明されていた。明治頃にはまだその風習があったようだが、今では完全に消えてしまった。
失われた風俗を見るのは、興味深くもあるが、どこか哀しい。
それがまだ生きていた時代に描かれた作品には、特にそうした哀しさが漂う。
明治風俗を昭和になって『追想』する清方の作品には、その哀れさはない。

この展覧会の前に発見された千種の大作『芳澤あやめ』が興味を惹いた。
あやめは無論、旧幕時代の女形である。
化粧道具などが描き込まれているが、ちゃんと蒔絵で梨地なのである。細かいようだが、こうしたところに目がゆくものだ。

他にもお弟子さんたちのよい絵が多かった。
なぜ白澤庵の所蔵に彼女たちの絵が多くあるのか調べたいところだが、これは後日の仕事になるかもしれない。

そうだ、生田花朝女のことにも触れたい。
彼女は師匠の楯彦ゆずりの洒脱で飄々とした、その上健康的な絵を多く残している。
高津神社だと思うが、立派な絵馬もある。
子供らがみんな元気いっぱいで、その成長を見守りたくなるような良い絵柄なのだ。
楽しい。これが第一印象だ。
その花朝女の残した蛸踊りについて。

わたしが『蛸踊り』(数眼鏡というらしいが)を知ったのは小出楢重の随筆からである。
お彼岸になると四天王寺の境内で『蛸眼鏡』(小出はそう表記する)がある。他のどんな見世物よりこれが面白い、と子供の小出は夢中になる。挿絵を見ると、なるほどなかなか楽しそうである。彼がこの随想を書いたのは昭和五年のことで、既にそのときには蛸踊りは消えていたようだ。母に祖母から聞いたことはないかと問うたが、ないらしい。なるほど絶滅か。
しかしある日、わたしは思いがけないところで『蛸踊り』を見た。

現在大人気のさる昆布屋さんの商品リーフレットに楯彦ゑがく『蛸踊り』が使用されてるではないか。早速それを小出の本に挟んで、蛸踊りの対決とした。
それから数年後、前述した四天王寺で花朝女の『蛸踊り』をみたのだ。しかも昭和38年に何十年ぶりかで復活しましたと新聞記事まで隣に展示されている。
・・・・・・なんとなく、面白かった。

わたしがそもそも菅 楯彦の名を最初に知ったのは、今 東光の『春泥尼抄』からだ。
近所の散髪屋が店仕舞いするから、と蔵書まで払うたのを、あんた好みやろとうちの母が夢野久作『犬神博士』と共に貰ってきたのだ。他にも『お吟さま』とか何か色々あったようだが、わたしは今日に到るまで『春泥尼抄』『犬神博士』を溺愛している。
なんだか凄い縁だと思う。
稀にこういうことが起こるから、日頃から好きなもののことなどを『真剣』に念じないとあかんのだなあ。
その後、楯彦の作品を眼にするにつれ、今度は龍村とか乾邸のことにかかるので、これは後日また延々と書き綴りたい。

話が随分ずれた。
ずれたというより、本筋はどこにあるのか。
要は、忘れられている近代大阪画壇の人気復活を祈りたいのだ。
それで延々と好き勝手なことを連ねている。

面白い展覧会だった。
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コメント
v-252遊行七恵さま、はじめまして。
あべまつ、と申します。
「青い日記帳」のTakさま、のところから飛んで参りました。
読み応えのあるブログで、これから、じっくり拝見させて頂きます。
夢野久作の名前を語り、折口信夫がお好きとおっしゃる人に、なかなかお目にかかれるものじゃないと、
驚きです。

お母様も、素敵な方ですね。
それにしても、重厚、奥深く、興味の視点も相当なものとお見受け致しました。
楽しみにさせていただきます。

あぶない世界、大好きです。
私自身は、ずっとずっと生活臭のするおばさんですが、アートの匂いに微妙に反応してしまう習性があります。よろしくお願い致します。
2006/02/13(月) 09:02 | URL | あべまつ #-[ 編集]
あべまつ さま

いらっしゃいませ。
お褒めいただき嬉しいです。

わたしは自分で好き勝手に書くだけですので、ハナシがいきなり変なところに飛んだりの、こらこらな者ですが『あぶない世界』はシヌほど好きです!

いずれ折口、夢野、石川淳、などを熱烈に書き起こそうと思います。
鏡花は少しだけ書きましたので、今度は谷崎もよいかもしれません・・・

あべまつさんは『お母さん業』に勤しむと書かれておいででしたが、これからお子さんに文学や芸術を伝授してゆける楽しみがあるわけですね。

それってすごくうらやましいです。


またおいでください。
2006/02/13(月) 12:34 | URL | 遊行 #-[ 編集]
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