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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

司馬遼太郎・菜の花忌は昨日だった。

昨日は司馬遼太郎の菜の花忌だった。
十年前、司馬さんは急死された。
手術室に向かわれる前に奥様に『がんばるぞ』と言われた、というのを当時の新聞記事で読んだとき、涙がこぼれてしまった。

作家なり芸術家なり音楽家なりの方が亡くなられると、追悼特集が組まれることが多い。
音楽家だとその作品を演奏することが多く(歌手でさえなければ)演奏者は代わるにしても、その音楽は長く残る。
画家や彫刻家などもそうだ。無論作家もそうだが、どうも一番分が悪いのは作家のような気がする。

作家の場合、読者のニーズがあり続ければ、版権が切れようと切れまいと増刷は続く。しかしいくら凄い作家であっても、出版社にその気がなくなれば、絶版という状況が訪れるのだ。

司馬遼太郎はその点では稀有な存在になるだろう。
死後十年でも人気に陰りはなく、その文明評論はいよいよ評価が高まるばかりだ。
『彼は預言者だったのだ』と強い確信を抱くほどの状況が現出している。
それはわたし一人の感慨などではなく、総論としての感慨だろう。
論者は必ず言う。
『・・・今の日本の状況を見て、司馬さんはどう思われるだろうか』
誰もが必ず同じことを言う。
批判は出来ない。わたしも同じことを思うのだから。
まるで司馬さんの意見を聞くことでこの国の進むべき先が見えるとでも言うかのように、願うかのように。

司馬遼太郎とは、ほぼ全ての日本人にそうした期待と幻想を抱かせる偉大な存在だったのだ。


わたしは評論家でも研究者でもない、ただのファンに過ぎない。
しかも『この国のかたち』を始めとする文明評論の方のファンではなく、小説家・司馬遼太郎のファンなので、これからごくごく私的な追悼と感想とオマージュの文とを、のたくた書き連ねようと思う。

膨大な数の小説がある。
その中から永遠の一冊を選ぶとすると、『竜馬がゆく』か『燃えよ剣』に二分されるだろう、と思う。
わたしはどちらも好きで仕方ない。
変な比較だが、夏目漱石の代表作を『坊ちゃん』か『我輩は猫である』か選ぶのにもめるのと似ている。

しかしながら、最初に司馬遼太郎作品を読む若い人へは『竜馬がゆく』を勧めたいと思う。
これは何も自分がそうだったからというのでなく、この作品の発表媒体が新聞だったという事と、『燃えよ剣』が雑誌だったという違いに理由がある。
いずれは単行本として広がることはわかっていたことだが、新聞連載ということは、より普遍性が高いということである。
新聞でも、その新聞の読者しか読まないとかそういうことではなくに。

『燃えよ剣』は読者対象を、より大人向けに作っている。冒頭のシーンを無視しても。
『竜馬がゆく』は土佐から江戸へ出る青年の期待や不安やもろもろの事柄から始まる。そうしたことからも、若い人たちに『読んでもらいたい』と思うのだ。

わたしが最初に読んだのは小学五年生の夏休みだった。
今でも大概なまいきでペダンチックで、そのくせベタな人間だが、子供のときはそれらが何の洗練もされずに現れていた。
読む本もアンナ=カレーニナ、ロード・ジム、月と6ペンス、ジェーン=エアなどの外国文学ばかりだった。
このことについては別な項目で記している。

そんなところへ『竜馬がゆく』を読んだのである。
新鮮だった。
強烈に新鮮だった。話の展開も文章も、何もかもが面白く、夢中で読み進んだ。
父が揃えていたのは単行本の五巻セットのもので、一日一冊ずつ読みふけり、五日目にとうとう竜馬が死んでしまった。
・・・つらかったなあ。

翌日には各巻の内から、特に気に入った箇所を探し出して再読することを始めた。
竜馬が食べたものをおかずに出してくれと母に頼んだ。
(父は読書系での子分が出来たと思ったのかもしれない。)
とりあえず京都に出かけてもいる。ゆかりの店でご飯まで食べている。
土佐に行きたいと思った。桂浜の銅像が見たい。ただそれだけ。

梅の花を見てはじいやと乙女姉さんの会話を思い出したり、長襦袢を見ては祭り見物を思い出したり。

挙句、わたしの生まれる前にNHK大河ドラマで放映されていたと知るや、図書館でその資料を探しまくった。
無論竜馬関係の資料は父にリストアップしてもらって読みふけり、更に自分で探し出したりもした。

ここで面白いのは母の存在である。
母は圧倒的に『燃えよ剣』派なのだ。
これは栗塚旭主演の名ドラマに感動したことに始まる。
わたしも何度目かの再放送を熱心に見たが、幼稚園だったので、先日のジャイアントロボ同様、ところどころの記憶しかない。
だから勘違いも多い。
しかしちびでも感動する。わたしが今でも覚えているのは最終回手前の回である。
五稜郭の土方が夢を見る。
最後の夢である。夢の中では昔の仲間がいる。皆笑っている。
はっと目覚めると車座に敷かれた座布団には温かみがある。
「まだ温かい・・・!」
胸を衝かれるようなよさがあった。

今はソフトも出ているので見ることは可能だ。
しかし母は頑なに拒む。見ることでイメージが劣化するのを恐れている。
わたしの周囲のおば様方も皆、同じだ。
そのくせ原作は何度でも読む。読み返しては『あー最高ー』という。
これはもう司馬文学ではなく『燃えよ剣』への萌えになっているのだ。

どうも周囲の状況を見ると、『竜馬がゆく』はむしろ男性の方に人気が高いような気がする。
『燃えよ剣』は双方を得ているが。


ハナシが長くなりすぎた。

父が死に、'80年代以降の作品はわたしが集めることになった。
『項羽と劉邦』から最後の小説『韃靼疾風録』まで。

『韃靼疾風録』は司馬遼太郎の言語感覚の面白さにも着目してほしいと常々思っている。
例えばヌルハチ。モンゴルの大汗。その名を耳にして庄助は『微温八とは変わった名だ』と思うのである。
このセンスを他に捜すと、はるき悦巳が浮かんでくる。
そう、じゃりン子チエのはるき悦巳だ。
テツのけったいな感覚は庄助の言語感覚と―――司馬遼太郎の諧謔―――身内のような親しさを見せるのだ。
これは司馬遼太郎が大阪人として生まれていることの証明ともなるだろう。

『俄』という作品がある。
『大坂侍』は別として、ほぼ唯一に近い大阪の男を主人公に置いた作品である。
これは今 東光もひっくり返るようなオモロイ話なのだが、司馬遼太郎はいやになったか照れたか、この系列の作品はとうとう他に生まれなかった。
それはそれでいいとも思う。
オモロイが、司馬が書かずとも他の作家が生んでくれた可能性があるのだから。
わたしなどには『あほらしいて、オモロイ』のだが。

愛妻家で有名な司馬遼太郎の作品世界には、魅力的な女が沢山現れる。
そしてエッセーなどで奥さんの話を読むと、これは奥さんを基にしたキャラかな、などと楽しく想像したりする。
わたしはたとえば、『韃靼疾風録』のアビアが好きだ。
ツレにはなれないが、彼女のためにお惣菜を持っていってあげようかと考える。
『十一番目の志士』のお嬢様や劉邦の部下・夏侯嬰の女房とか、脇にいるキャラたちにも深い魅力がある。
いいなあ、といつも感じるのだ。

一方、ところどころにちょっと好悪の分かれるところがある。私などは大好きだが、母は嫌う、と言うような。
『割って、城を』
この短編が好きである。文章と話の構成に、多少陰惨な何かがにじんでいる。
しかしそれはおくとして、死に導かれる美青年の運命に惹かれるのだ。

南篠範夫ほどのそれ好きではないだろうが、『義経』での中にも多少あやうい描写がある。
鞍馬での遮那王の『勤め』など。その一方で、知盛はこう描かれる。
『知盛はしゅどうのひとではなかったが美童を愛し、つねに五、六人の少年に身辺の世話をさせていた』いいなあ、すてき。

キャラクター造形になにがしかの面白さがある。歴史観などの思想のほかにもどこか愛嬌がある。しかしながら殆どの物語は終末に来ると、さらさらと書き流されるようでもある。
『いなくなった』キャラたちへの愛のためなのかもしれない。


わたしは特定の小説のことばかりをぐずぐず書いてきたが、ここで少し『街道をゆく』について話を進めたい。
大抵の中学生が、最初に出会う司馬遼太郎の文章が、この『街道をゆく』だと思う。
特にモンゴル紀行のようにも思う。
ツェベックマさん。
ナゾの名前だ。何年か前ご本人が来日されたとき、
「うわーツェベックマさんやー」
と声をあげてしまった。そしてツレたちや妹などにも
「ツェベックマさんやー」
それを聞いてみんなも、
「ツェベックマさんやー、ホンマにツェベックマさんやー」
なんだか奇声を上げて変にうれしくなった。

よくあれだけ旅をすることが出来たのだなあ、とまず感心する。しかも小説と文明評論も怠りなく書き続けていたのだ。すごいとしか言いようがない。
挿絵は長い間、須田剋太が描いていた。
わたしが須田剋太ファンになったのは、間違いなくここからだと思う。
埼玉生まれなのに関西で骨を埋めてくださった。
わたしが行った限りの展覧会を下記に記す。

’92 梅田阪急、’96 思文閣、’97 日本橋三越、’98 文化情報センター、などなど。
阪急宝塚線の岡町には、『街道をゆく』の常設ギャラリーもあったし、東大阪市民文化センターでは、しばしば展覧会も開かれる。
元興寺には屏風もあり、淀屋橋の至峰堂でもしばしば珍しい作品も展示される。
至峰堂のカタログ案内が来たとき、『同行二人』という作品に眼を奪われた。ああ、なるほどと言う感じ。こればかりは絵を見ないとわからない感慨だろう。

司馬&須田コンビの旅の話はとても面白い。
十歳ほど年長ながら、世間離れして、髪も真っ黒な須田を弟のように世話をする楽しそうな司馬遼太郎。機内で子供用のおもちゃを欲しがってイジける須田のために交渉する司馬サン。
なんだか笑えるが、笑った後、胸が熱くなるようないい話がいっぱいあった。
そんな話を読むたび、ファンはいよいよ惹かれてゆくのだ。

・・・随分長くなった。
まとめも何もないままだ。

最後に。
京都に朝鮮美術の粋を集めた高麗美術館と言う立派な美術館がある。こうらい、ではなくコウリョウと読む。ここの題字を書いたのも司馬遼太郎だ。
味のある、可愛い字。
それから今は閉鎖された赤坂見附のサントリー美術館から眺めた先に、文芸春秋の社屋が見える。そこにどう見ても司馬遼太郎の『馬』の字が躍る。
あの独特の書体。
わたしはそれを見るのが好きで、夜間開館の金曜日に薄暮れのビルの波をガラス越しに見ていた。美術館のすばらしい展示品を見た後、なんとなく寛いだ気分になって。
これは蛇足の口。

司馬さんは8月7日生まれだ。
わたしもそうだ。いっひっひっひ。
先日なくなった元・巨人監督の藤田元司さんもそう。
しかし実は凄い有名人がもぉ一人いる。
日本国民どころか、全世界にも知られている超有名人である。

それは、それは、それは・・・・・・
ドラえもんののび太だっっっっ!
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コメント
私も『竜馬がゆく』を読んだのは小学生の高学年だった…けどあんまり覚えてない…←ダメね!
『燃えよ剣』は高校だったなぁ。
それにしても竜馬の食べたものを…って凄いですね!本当に傾倒したのですね…!
あと、レオの…のび太さんだったのですね!フフフ!
それでは…。
2006/02/13(月) 22:29 | URL | HIPPE #eEZ.xP4A[ 編集]
さるヒトに(猿人ではない)リア座でのび太って『運のない子』なんでしょうか・・・と言われたことがあります。ううううう。
2006/02/13(月) 22:41 | URL | 遊行 #-[ 編集]
再び偶然、今読んでいるのが司馬遼太郎著『街道をゆく 奥州白河・会津のみち、赤坂散歩』。PCの電源入れて驚いた。6、7年ほど前、筑波で6週間の研修を受けたとき、週末ごとに奥州白河・会津方面を旅したのが懐かしい。今日は朝からいろいろあって、心に“遊び”がなくなっているのが自覚できる。“遊”の持つ意味・本質は何?あのとき会津からの帰りに水戸藩校・弘道館を何度か訪ねた。額には『芸仁遊』とあった。あのときも“遊”の意味を考えていた。“酒徒善人”を改めて“遊行上戸”としようかなぁ・・・。(遊行さんが許してくれればの話)今夜は少し飲みすぎている。でも酔いたい・・・。
2006/02/14(火) 00:10 | URL | 酒徒善人 #-[ 編集]
司馬体験とでも言うべきものがそれぞれの人にあるものですね。

上戸というだけでも人生の楽しみがひとより一つ多い。すてきですね。
そして旅をする。

島崎藤村の歌う『遊子』そのものではないでしょうか。また、明朝の好漢の匂いもする。
・・・いいですね。
2006/02/14(火) 09:51 | URL | 遊行 #-[ 編集]
司馬遼太郎では、「坂の上の雲」が好きです。勿論、「竜馬がゆく」も面白いですが。井上靖はどうですか??私は短編が大好きです。井上靖のヒーローは、人がゼーンゼンかえりみないようなちょっとした、妙な事柄にのめりこみ、挑戦し、そして、敗れるっていう・・・つまり、男の悲しさみたいなものをいつもベースにしていると思います。40歳までは、ちょっとわからない悲しさかも???
2006/02/15(水) 19:06 | URL | 山口ももり #-[ 編集]
『闘牛』とか『蒼き狼』『額田女王』『敦煌』が好きでしたね。特に『闘牛』のあの男はかっこいいです。
でも身近にいたら困ります。

『額田』は松篁さんの挿絵が好きなのです。
むしろその方がメインかもしれません。

・・・確かにまだわたしにはわからない哀しみがあるみたいです。

『おろしや国酔夢譚』よりわたしは吉村昭の『大黒屋光太夫』やみなもと太郎の光太夫の方が人物造形としては、好きですね。

小説の構成や思想などを抜いて、キャラ造形だけ考えましたら、どなたが一番いいかなぁ・・・
池波・・・下母澤 寛・・・武田泰淳・・・
いざ考えると、なかなか難しいですね。

2006/02/15(水) 21:24 | URL | 遊行 #-[ 編集]
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2006/02/15(水) 21:59 | | #[ 編集]
あ~やっとちゃんと読めました。タイトルを見てから読みたくて堪らなかったのですが、時間がとれなくて…。(遊行さんの分はじっくり読まないと勿体無い)
菜の花忌の祖母の話から、お蔭さまであれよあれよと何やら色々膨らみ繋がりました。(二つの流れが合致したのですが、双方に遊行さんが絡んで下さっています。)

私も読書の始まりが少年少女世界名作文学全集だったので、日本の小説に開眼したのは小学校の高学年と出遅れました。竜馬も新選組もマンガやTVが先で、もっと詳しく知りたくて後から小説を読んだ口です。ここが悔しい。文字の中から起こした自分だけの竜馬や土方の前に先入観が邪魔をする。

しかし、すごい記憶力ですね。毎度、ポカンと口が開いたまま塞がらなくなります。
2006/02/16(木) 13:47 | URL | 山桜 #-[ 編集]
記憶力がいいと言うより、過去のことしか覚えられないのかも・・・博士の愛した数式やメメントでもないのに。

明後日はいよいよ東京です。一ヶ月ぶり。←ばか。
風邪引いていても、遊ぶことはやめられねえだ。
バークコレクションとか前川國男とかetc・・・わくわくしてます。
2006/02/16(木) 20:51 | URL | 遊行 #-[ 編集]
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