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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「旅・観光・町の記憶」というキーワードの展覧会・近代篇

「旅・観光・町の記憶」というキーワードの展覧会をいくつか紹介する。

「京都モダン観光の誕生」 時雨殿
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嵐山にある時雨殿に初めて出かけた。
橋爪さんのコレクション展。
本物は撮影不可だが、複製はどーぞどーぞと気前よく勧められた。

嵐山がいつから隆盛だったのかは知らない。
電車を考えれば、四条からもちょっと離れているし、大阪からもやや手間取る。
その距離感がいいのかもしれない。

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観光の嵐山


各地の古写真


嵐山の観光の映像もある。


この辺りの鳥瞰図。


嵐電沿線


愛宕ケーブルか。


春秋共によし。

なんだかもうええキモチですわ。

平成元年五月、友人と嵐山の一日バスツアーに出かけた。
大渋滞でバスは動かず、ようやくついたら目の前に琴きき茶屋がみえ、あんこ命の友人が店に飛び込もうとしたのを止めて、引きずるように団体行動へ戻ったら、舟で遊覧。
その間ずーーーーーっと友人はあんこあんことやかましい。
そこから化野念仏寺に行き、ようやく嵐山に戻ったら友人は一直線に琴きき茶屋に入り、名物の桜餅を注文。
ここのは葉っぱにくるまれたのが餅のみであんこなし、もう一個のはあんこという代物なのだが、友人は一気にあんこを食べてしまい、それから葉っぱの方を食べた途端、「あんがないーーーーっ」絶叫した。
わたしは交互に食べていたので絶叫はないが、友人にあんを譲ることも出来ない状況。
えらい目に遭うたもんです。
そして帰宅したら親から池波正太郎の訃報を聞かされ、本当にショックを受けたのだった。

あまり嵐山に行かないが、行くたびになにやら記憶に残る出来事が起こっている。


次に阪神沿線の文化110年シリーズの二つ。

「酒が醸す町づくり 西宮の近代化」  白鹿記念酒造博物館
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いよいよこの白鹿と郷土資料館とで長かった「阪神沿線の文化110年」シリーズも終わる。
大阪、北摂、神戸ともまた異なる阪神間の文化、今度の展覧会で自分の知らなかったこと・疑問に思っていたことも明らかになり、とても興味深く・面白く思って7つの展覧会を見て歩いた。
またこんな企画を立ててほしいと思う。
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さてまず足の順で白鹿から。
阪神大震災以前「酒蔵オリエンテーリング」でよく灘五郷界隈は楽しく飲み歩かせてもらったなあ。
この酒蔵通りもたくさんの酒造会社があり、本当に楽しかった。
今は今でいいが、どうしても往時を思い出さざるを得ないよね。
とはいえ、今はまた新しい様相を呈していて、日本酒も少しずつ上向いているようでよかった。
なお、現在記念館の資料館はお休み中で、酒造館で資料を展示している。


普通に酒蔵見学から始める。来館記念にと吟醸の一合瓶まで貰った。ありがとうございます。冷やして飲もう。
全国各地のぐい飲みも展示されている。




資料を見てゆくと、つくづく西宮は白鹿の辰馬家がバックアップしている土地なのだ、と思った。中之島では住友家が力を入れていたのと同様に。
学校も運営し、図書館や市役所の建築にも大金を寄贈している。
そう、この展覧会では辰馬家がどのように西宮市の近代化を図ったか、貢献したかがよくわかる構成になっている。
とても立派なことだと思う。

昭和初期に最新鋭の醸造工場が竹中工務店の設計により作られた。名は「白鹿館」。
それらの資料もある。
竹中工務店は神戸の熊内町に大工道具館を開設していい展示をしているが、都市文化形成に大きな存在感を持つ企業だと改めて思う。

当時、最新鋭の工場では生酒が製作されていたが、一般家庭に冷蔵庫が普及していなかったため、製造休止。木の冷蔵庫に氷を二貫目入れて冷やして、というのももう少し後の時代なのかな。

白鹿としては残念だったろう。
生酒の広告、ラベル、印判5種などが展示されている。印判は金物で、かなり大きいものだった。

そしてその白鹿館の宣伝絵葉書もなかなかいい感じ。
白鹿のシカップルが寛ぐ。他は工場内の風景写真と働く杜氏たちを描く作りのもの。
そこで使用していたガラスは琥珀色に耀いてとても綺麗。
鍵札も縦長の木製で6つ。

しかしこの工場も残念なことに失われた。
当時の鉄骨が出ていた。建物の記憶の一部。

模型や当時の写真でかつての最新鋭工場をしのぶ。
正門に掲げられていた紋章は〇に辰の字、そして右肩に「本」の字。
辰馬本家という意味だと思う。

次に西宮市役所庁舎の資料がある。
昭和三年(辰年!!)に辰馬吉左衛門が建築資金を寄付している。
その後手狭になったので今のになったそうだ。

旧西宮市立図書館も同年に建設されたそうだが、こちらもスパニッシュ・コロニアル様式の素敵な建物だったようである。今はもうない。
ステンドグラスだけは各地の図書館などに利用されているようだ。
こちらのブログに探訪記がある。
ちょっと歴史っぽい西宮」さん。
展示室にはその現物はないものの、ステンドグラスの写真パネルが飾られていた。いい感じである。

感謝状の市長名も辰馬さんでした。
無声ながら新築披露映像が流れていた。素敵な建物だったことがとてもよくわかる。

宮水を守るための行動にも出ている。
大正10年には辰馬吉左衛門と海運業の八馬兼介が上水道敷設のために寄付している。

何故かマッチがある。燐寸と書かねばならないか。
なんでも解説によると8割以上が大阪と兵庫で生産を担っていたそうな。
辰馬家は燐寸も製作し、場所柄か華僑と取引していたとか。
そもそも神戸監獄付属の燐寸製造所を払い下げられたという経緯もある。
そして輸出燐寸はキッチュで摩訶不思議なラベルが魅力。
ウサギ、変なゾウ、鷲、向かい合う人と人、ゾウとゾウ。孔雀もあったなあ。
なぜかわからないセンスの破壊力にこっちもヤラレタ。

鳥瞰図を見ると、今はもうないところも少なくないのだが、昭和初期から存続してたのに近年になくなったものもあって、いろいろとせつない。
ああ、面白かった。

次に酒蔵通りを延々と歩いて、夙川沿いに。

「阪神沿線ごあんない にしのみやの郊外生活」 西宮市立郷土資料館
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「阪神沿線」シリーズもついに最終。
とはいえ、申し訳ない、実は7会場の内、西宮大谷、それからこの西宮市郷土資料館は阪急でわたしは通ったのだよ。厳密にはこの郷土資料館へは白鹿から歩いたのだが、白鹿へも今津まで阪急に乗り、そこから阪神で1駅という…

これが虹色スタンプラリーの成果。
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まず鳥瞰図の世界。
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吉田初三郎の巨大な西宮市が原画と印刷物とふたつある。前者は1936、後者は1952年。
甲山の大きな姿、六甲おろしを受ける町(?!)、西宮回生病院、えべっさん、川崎重工、遠く山口村も西宮。
初三郎らしく遠目に大阪城や他府県の名札もちらりと。
夙川から香櫨園あたりの楽しそうな様子がいいなあ。そして酒蔵と。

初三郎らの他の地方の沿線名所図や案内書がたくさん出ている。いずれも戦前。
神戸有馬電鉄…平安美人、養老電鉄…平安の貴人ら、叡山電鉄…山と琵琶湖と汽船と。
他にも箱根、道後温泉、別府温泉、大三島、耶馬溪、塩釜の観光案内のリーフレットが並ぶ。
旅心がそそられますなあ。

さてここから西宮の展示。
阪神名勝図会が各章の冒頭に展示されている。

・西宮市の誕生と市勢の充実

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今回初めて知ったが、西宮の町なかを行くとやたらとマンホールに六芒星のマークがついていたが、あれは「西宮町章」らしい。市章はまた違う。
瓦についてあるのが展示されていた。

西宮市はいくつもの町が合併して出来た市なので、そのあたりの資料もある。
今津の合併資料などは昭和8年。

・阪神電鉄の開業と中島成教
明治の頃の資料が種々並ぶようだが、よくわからない。
出入り橋停車場??そこまで来てたのかぁ。
出入り橋といえばきんつば屋と堂島データセンタ。

・郊外生活のすすめ
名所図絵 甲山

阪神電鉄のPR誌「郊外生活」がたくさんある。アールヌーヴォー調で更に可愛さがプラスされた表紙絵。

菊花や朝顔の名鑑もある。

・香櫨園の経営

遊園地の絵はがきがある。ウォーターシュートや海水浴場やなんだかんだ。楽しそうでいいなあ。
現況とは全く違うね。
堺の水族館もそうだが、かつて繁栄した行楽地の跡地は静かな住宅街になってしまい、なんだかもの寂しくさえある。

六甲苦楽園案内 一番奥地の天狗岳にラヂウム温泉。そしてよくよく見るとあちらこちらにラヂウム温泉がある。なんだかかっこいいなあ。

・今津の近代化

当地の名店や豪商の宣伝ものが少しばかり。
今津は阪神と阪急のつなぎがある。

六角堂や砲台の写真がないな。

・甲子園の賑わい

阪神大博覧会案内図 1928 楽しそう。阪神パークかあ・・・涙。

戦前の外国サーカス団のちらしがいい。
ハーゲンベックは象たちが並び、ベルハームストンは百獣の絵。
甲子園ホテルの案内パンフもある。いいなあ。

そして全国中等学校優勝大会。すばらしい。
陸上大会もしたのだな。
1978年の高校野球のスタンプもある。PLに木戸がいた頃か蓑島の春夏連覇か。

戦後のものらしき阿波踊りと花火大会、甲子園競輪、などのポスターもよかった。

・鳴尾のいちごと競馬場

阪神競馬場。
イチゴも盛んだったのね。イチゴ狩もしている。
ミルクと砂糖の接待、か。
台風前に収穫できるからという理由があるそうな。

・武庫川遊園
武庫川遊園などのポスターがある。
知らなかったが、ここらも面白そうだったのか。

・沿線ご案内

昭和初期の阪神電車沿線案内、阪神パーク水族館パンフ、楽しそうでいいなあ。

札場筋、浜脇筋にあった商店の引き札のキッチュさがいい。

廣田神社や門戸厄神、西宮神社のえべっさん。
阪神七福神のスタンプは留守文様に名所をプラスしたもの。琵琶、小槌、兜などの外観に枠内な名所図という、なかなかよいもの。

軍用犬大展覧会ポスターは西宮大谷でも見ている。
ラグビー大会も西宮で開催していたのか。

・西宮雅楽多宗
趣味の同好の士たちの集まりのお楽しみもの。

・絵はがき
壁面にずらーり。
阪神パーク、甲子園、競馬場、ホテル、廣田神社のツツジ、西宮神社・・・

面白く眺めた。もっと深く掘り下げてくれてもよかったが、面白い資料をみれたので、それでよしとしよう。

8/30まで。


「地図と写真でみる馬車道」  神奈川県立歴史博物館
無料の展示だった。

1.馬車道のシンボル 横浜正金銀行
つまりこの神奈川歴史博物館の建物である。

明治初期の浮世絵形式の横浜図をみる。
洋風の船ばかりで港が埋まる。むろん横浜はそのために開港されたのだから当然か。

瓦の乗っかる正金銀行図があった。え、本当に、という感じ。1887年頃の様子。

今の建物が竣工されたのは1904年頃か。
同時代の写真が並ぶ。馬車道を中心とした町が広がりつつある。

清水平安堂という写真屋さんの所蔵する資料やそこのお店の従業員たちの写真があった。
カメラは普及していなくとも、必ずこの横浜には現像の出来る写真屋さんが必要だったのだ。

やがて時代が過ぎて、大正になり、関東大震災が起こる。
震災前後のこの界隈の写真などもある。

緻密な作画の岡義男さんの震災前馬車道復元図がある。
岡さんの作品は5年前に都市発展記念室でみている。

震災の状況を絵葉書にもしていたこの時代。
惨状が多い一方、この正金銀行はぶじだったことがわかる。
とはいえ、完全に無事なのではなく、内装がダメダメになっていて、ドームがなくなった。

戦前の横浜宝塚劇場のニュースやアルバムがある。
ここの建物は大阪の小林一三記念館で現在開催中の展覧会でも紹介されていた。
映画を見ると「たそがれの維納」など戦前の美男美女のいるドラマチックな作品の紹介がされていたが、中に「えっっ」となったのが一本。
「からゆきさん」。…びっくりした。
こんな時代にこんな作品があるとはなあ。


2.馬車道まつりはじまる
戦後である。
横浜市民の人々の喜ぶ様が展示されている。
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第一回馬車道祭 1976  飛鳥田一雄が市長だったのか。当時は革新の時代やね、素敵。
楽しそうな様子や忙しそうな状況が資料から垣間見える。

同年の横浜東宝会館では「オーメン」「キングコング」「愛のコリーダ」「カサンドラクロス」「犬神家の一族」が上映されていた。

3.映画のデパート 横浜東宝会館
シネコンとか言う前から東宝はやってたよね。

竣工間近の1956年の写真、改装した1985年。
2001年の上映「かあちゃん」「ジュラシックパーク3」「猿の惑星」「千と千尋の神隠し」。
・・・すごい前やってんね。
これらの看板と、ロードショー案内と座席指定板とそしてもう失われた東宝シネマ1の座席が展示されていた。
ああ、時代は移り変わるものです…
販促グッズも色々あり、可愛かったな。

8/30まで。


こちらは行きたいが行けそうにない展覧会。
姫路 いまむかし  兵庫県立歴史博物館
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