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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

岩田専太郎の挿絵

弥生美術館で岩田専太郎展を見る。
http://www.yayoi-yumeji-museum.jp/

私は‘91年からここの会員だが、これまで何故か一度も彼の展が行われなかったなと、今更ながらに気づいた。会員になる前から戦前までの挿絵などが好きで、集めれるものは集め、無理なものは図書館に頼んでやっぱり無理から集めてもらい、撮影やコピー等をしては自分のコレクションにしていった。偏愛体質が更に追いうちをかけ、我ながら感心するほどになった。
そんなだから、当然専太郎にも愛が深い。

先日ここで『竜馬がゆく』のことを書いたが、同じ司馬遼太郎作品『世に棲む日々』『峠』も専太郎が挿絵を描いたようで、なんでもござれの絵師だったのだ。
とにかくその生涯に六万枚描いたそうだ。
これはギネスものではないのか。
記憶はともかく記録に自信がないのでよくわからないが、比類する挿絵画家は果たしているのだろうか。

私が集めた本の中に『鳴門秘帖』上下巻がある。
上梓される以前、つまり新聞連載時から大人気で、キネマにもなっている。
私の祖父母の時代の話である。そのポスターなどはコレクター御園京平氏のおかげで何度か見ることも出来た。
小説の筋立ての面白さは無論のこと、挿絵が素晴らしい。
当時の読者が熱狂した理由もよくわかる。
毎日新聞史の中にも必ず『鳴門秘帖』の記事がある。(ライバル朝日新聞では『照る日曇る日』が人気を博していたそうだ)
わたしが入手したのは中央公論社版・昭和37年版。
神戸の古書店でみつけたが、これには全ての挿絵があるのだ。
嬉しかったなあ!
吉川英治はそれまでやっぱり挿絵に惹かれて『神州天馬侠』を読み、あまりの面白さにハマッていたが、それ以来のわくわくがあった。(『新・平家物語』や『水滸傳』は読んでいたが、あれらはやはり今風に言えば二次創作で、完全なオリジナルではこのニ作が最高傑作だろう)

文と絵のコラボレート!これです、これ。
(当時の吉川と専太郎の2ショット写真がある。背景には黒田清輝の裸婦がある。この絵もいい)

既に鳴門の挿絵は画集等で手にいれていたから、概要は分かる。しかし絵を見ながら文を読むとわくわくは更に高まる。面白くて仕方なかった。大正という時代がそこにまた加味される。
何もかもが専太郎の仕事にプラスになるばかりだ。専太郎の絵はいよいよ大衆に望まれるようになる。すばらしい!
和製ビアズリーと謳われたのもむべなるかな。
実際、妖艶の極みだと思った。
三上於兎吉とのコンビにおいても艶かしい作品が生まれている。
三上於兎吉と言っても知らない人の方が多いかもしれない。『雪之丞変化』が代表作だが、他にも大正から戦前の大衆文芸の人気作家だったのだ。奥さんは美人で有名な、えーと・・・資料なしで書くからこんなところで詰まる。またいずれ。
『日輪』『女妖正体』の挿絵が出ている。いずれも妖艶だ。
伊東深水にも師事していたというから、清方の系譜に連なるのだが、それは口絵などに見出せる。『湯の宿』は深水風美人、『洗い髪』は清方的美人なのだ。
頽れたような妖艶さがたまらなく、いい。
とにかく描かない雑誌・新聞はない。表紙絵もすばらしい。
婦人グラフ(これは夢二の木版画の見事なものが18冊ある。わたしは夢二の仕事の中では、婦人グラフとセノオ楽譜が最愛だ。今回の併設夢二美術館ではそれらが全て展示されている)
少女向けの『令女界』、サンデー毎日、婦人公論、週刊朝日などなど。
しかし妖艶さは横溝正史の『真珠郎』あたりで一旦潜んでしまう。

勉強家の専太郎はありとあらゆる技法で挿絵を描き続けたのだ。
だから、同じ横溝作品でも『夜光虫』になると、全く変わってくる。
この挿絵は、後年の三島由紀夫の『音楽』にも通じるものがあると思う。

しかし昭和五年の白井喬二の『人肉の森』挿絵は時代の流れもあり、妖艶さを失ってはいない。
これは江戸時代版の『白髪鬼』である。白井といえば『富士に立つ影』『新撰組』くらいしか知らないが、この元ネタはどうも外国の小説らしい。乱歩も白井もそれぞれ好むところで二次創作したのだろう。いいねえ。
その『人肉の森』挿絵は白と黒の妖美な世界だった。

わたしは挿絵画家で好きなのは伊藤彦造、専太郎、小村雪岱ら白と黒の魔術師たちである。
色彩が入れば、加藤まさを、須藤しげる、笛谷虹児ら叙情画家にときめくのだ。

しかし実に色々な小説家と組んでいる。
土師清二、親友の川口松太郎、牧逸馬、大佛次郎。
え゛っ『赤穂浪士』もか!・・・展示されていないのがつらい。わたしの手元にもない。
見たいなあ・・・!堀田隼人の虚無や蜘蛛の陣十郎とか・・・ああ、もぉぉぉ。
うちの親がよくやる『おにょおにょぐぁた』の元ネタだな。
→一体、遊行はホントはいくつなのだ。不惑にはいってないのに・・・。あっ迷惑はしてるか。

しかし日本はとうとう面白くない時代に突入した。
戦時中の気の毒さはたまらない。

戦後すぐはなんだかカストリ雑誌みたいなのにも描いていたみたいで、これがまあ、案外よいのですな。あぶな絵に近いような口絵が多い。
女団七、油地獄、延命院日当などなど。

それから本格的な始動が始まる。
戦前すでにモダニズムな技法も身についていたし、実験的な描き方もしていたのがここでも花を咲かせている。
『われら九人の戦鬼』『幸福号出帆』『薄櫻記』、前述の『竜馬がゆく』『世に棲む日々』『木枯らし紋次郎』などなど。下母澤寛の『逃げ水』も専太郎か。

私の父は司馬遼太郎と下母澤寛と池波正太郎を随分集めていた。
特に下母澤寛は、現在では入手不可能な本も家に沢山あるので、わたしはこの数年愛読しているが、あいにくなことに文字ばかりなのである。
小村雪岱も専太郎もわたしの脳内で勝手に文の上に投影されるばかりだが、この脳内プラネタリウムをなんとか、実物として眼にしたいものだ。


専太郎はモテモテ君だったようで、『溺女伝』なるエッセーで色々なハナシを書いていた。
わたしは実はその本を持っていたが、さすがにちょっと手放してしまった。
しかし面白い話を一つここに。
戸板康二の『ちょっといい話』に載っていたか、専太郎が急死したとき付き合っていた女の人たち七人ほどがお葬式の段取りをしたそうで、付き合いのある仲間たちが「あれ、あの女は来ていないの?」と訊くと、「アレは心がけが悪いので呼びません」
・・・見事なものである。かっこいいなあ。

今回の展覧会は、たいへんに中高年男性が多かった。
弥生美術館は挿絵や叙情画専門なので高齢のお客さんが多いのだが、専太郎の美人画に惹かれた男性がいかに多かったかの証明だなと、考えた。
普通、どのような展覧会でも女客が圧倒的に多いものだが、こんな状況は珍しいと思った。

どちらにしろ、わたしは大変に満足した。
美術館の正面には東大農学部前の門がある。そこをぬけて真砂坂へ向かうのだが、東大構内を歩きながら、次から次へと専太郎の女や美青年やシャープにして妖艶な絵が浮かんでは消えてゆくのを愉しんだ。
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コメント
おはようございます!
素敵な旅をされたようですね。
岩田専太郎という方、はじめて知りました(^^)
写真が普及するまで、こういう絵師の方が活躍されていたんだなあと思いました。
あと、おっしゃるとおり、本に挿絵があると想像力が膨らんで読みやすくなりますよね・・・。
2006/02/20(月) 06:32 | URL | むろぴい #-[ 編集]
おはようございます。

鏡花の『山海評判記』は新聞連載で、雪岱の挿絵だったのですが、残されている絵を見ただけでワクワクします。
やっぱり『合う』文と絵だと歓びは二倍になりますよね。
2006/02/20(月) 08:58 | URL | 遊行 #-[ 編集]
お帰りなさい! 順次アップされる東京レポにワクワクです。

白黒の絵が、色付きの絵よりも一層想像力をかきたてる効果があった
ように思えます。挿絵は欲しいけれど、イメージを限定されたくないので、
その微妙なライン引きが重要だと思います。

 蕗笛を 谷に響かせ 虹呼ぶ児ども
2006/02/20(月) 13:21 | URL | 山桜 #-[ 編集]
気に入らない絵師の絵ならない方が、としばしば思いますね。

佐藤さとるの童話には村上勉でないと寂しいとか、池波には中一弥だ、とかそうした揺るがしがたい信念はあるけれど。


なないろに 蓮糸そめし 子らの爪

2006/02/20(月) 13:39 | URL | 遊行 #-[ 編集]
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