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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「邸宅美術館の夢 Baron住友春翠」  住友家の須磨別邸で

泉屋博古館の本館で、春翠住友吉左衛門友純が須磨別邸に内外の美術品を数多蒐収した、その再現を執り行っている。
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住友家の建造物は外部発注ではない。住友臨時営繕部が樹てられ、野口孫市らの活躍で名作が生み出された。
惜しむらくは先の大戦で焼失したものもあり、また一般公開をしないものもあり、なかなか全貌を臨むわけにはいかない。

「鰻谷本邸」から家族を連れて、須磨に15000坪ばかりの購入した土地に建てられた洋館に住んだ。
館は家族を住まわすだけでなく、迎賓館の役割も担っていた。

今回の展覧会は往時を偲び、生き残った絵画や工芸品を並べ、須磨別邸の古写真や模型から春翠の夢を喜びを想像し味わおうとする、素敵な企画なのだった。

まず、精巧な模型の紹介をしたい。




植物園、温室などもある。


光が入ったが、須磨の松原である。
こちらは須磨海岸からの眺め。


案内図


園遊会も。






温室




ミニチュアの楽しみ。






正面マップ






光が入りすぎ、幻の城みたいになった。
































こちらは邸宅の古写真




模型のすばらしさにコーフンしすぎてしまった。
この邸宅は迎賓館の機能も持っていると前述したとおり、多くのお客さんを迎えている。
モネやローランスの絵はフランスから直接来ている。

それだけでなく春翠は日本人画家をたくさん支援している。
浅井忠、鹿子木孟朗、藤島武二、山下新太郎らの絵が邸宅の壁面を彩ったのだ。
今、彼らの絵を見ているとわたしも須磨別邸におよばれして絵を見せてもらっている気になるのだ。
ただの錯覚であっても楽しい時間なのは間違いない。

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器も洋食器が並ぶ。ロイヤルウースター、ミントンなどだが、いずれも面白いことに「西洋人が夢見るオリエンタルな柄」というべき共通点を見せる。
それはこの洋館にそぐうものだと思う。

山岸凉子に「ドリーム」という傑作がある。
地方のある旧家に遊びに行った少女の視点から物語が進むが、その旧家は素晴らしい明治の洋館で、その中には古い日本や東洋の家具などが置かれているのだ。
明治初期に日本に来た外国人が東洋趣味の熱に浮かされて買い集めた品々に囲まれた邸宅・・・そんな趣があった。
わたしは小学生のときにそれを読み、今に至るまで折々読み返しているが、西洋館に東洋趣味の家具や小物という取り合わせには、今も憧れ続けている。

歴史画の大家ローランスの「ルターとその弟子」の複製品がある。本物は3Mもの長さがあったそうだが、この須磨別邸の焼失により運命を共にした。
この絵の依頼に鹿子木が当たったことで彼はローランスの弟子になれたそうだ。

鹿子木はフランスアカデミックの正当な教育を受けてそうした絵をよく描いた。
二十年ほど前に京都国立近代美術館で回顧展が開催されたとき、その端正さに惹かれた。

明るい戯画がある。
大根にネズミ図 春翠が二股大根を描くと、それを足に見立てて鹿子木のネズミがスネをかじるのだ。
なかなかたくましいドブネズミである。
こういう絵があるほど二人は親密でもあった。

春翠は大阪で開催された第五回内国勧業博覧会にも深い関わりをもった。
その時に出品されたやきものなどを購入している。
清風与平、伊東陶山、宮川香山らの艶やかなやきものたち。そして名古屋の安藤七宝。
華麗な世界が広がっていた。

一方、文人への憧れもまた春翠に活きている。

20世紀初頭、住友家の支援を受けた画家たちのうち、南画家・村田香谷は面白い絵巻を拵えた。
文房花果図巻 春翠の所蔵する文房具や器類に、花や果実や野菜を載せたり添えたりしたのを描いている。いちご、仏手柑、ざくろ、柿などなど。瑞果と呼ばれるもの以外もどんどん。

この絵に描かれた器物の現物が並ぶ。
主に清朝の玉製品や七宝類、そして殷周の頃の青銅器などである。
青銅器は膨大な数のコレクションが別棟に立派な展示室を持っている。
明治から戦中にかけて関西の数奇者たちは中国の文物への愛好に溺れ、それで今でも関西の古美術コレクターは多くの青銅器を有し、美術館・博物館に青銅器の名品から宋代以降清朝、中華民国までの書画の名品が多く所蔵されているのだ。
春翠は特にその道に深い愛着を示している。

1902年、山中商会の山中吉郎兵衛、藤田傳三郎、村山龍平、白鶴の嘉納治兵衛らが集まり「十八会」を結成して、楽しく月の集いに出かけていた。
持ち回りのその会が鰻谷の住友本邸で開催されたとき、当時38歳の春翠は青銅器18点、青銅鏡13面を出して、出席者たちを驚かせたそうだ。
名だたる連中の衝撃やいかに。
そのことを思うとなかなか楽しい。

好ましく思ったガラスの器がある。木瓜型で満月と小鳥と南天などを彫ったガラス。これは花盛器だそうだ。明治から大正のガラス工芸。

戦災で失われたものは二度と帰らず、この地を手放した住友。
しかしその跡地は須磨海浜公園になり、多くの海獣と魚類を保護し、水族園として長く働いている。
わたしも小1以来行ってないが、久しぶりに須磨に行き、住友春翠の栄華の名残りを偲びたいと思った。
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