美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

伝説の洋画家たち 二科100年展 

「伝説の洋画家たち 二科100年展」が大阪市立美術館に巡回してきた。
わたしは二科展の100年の歴史の内、1914年の始まりから1930年代までの作品に強い関心があり、これまでにもその関連の展覧会に喜んで出かけた。
今回の展覧会は単なる回顧展というにとどまらず、二科の歴史そのものを前面に押し出していると思う。
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第1章 草創期 1914-1919 第1-6回展
日本の洋画とはいかにあるべきか。
そのことを考え抜き、苦しみぬいた果てについに道を見出した先達たち。

柳敬助 白シャツの男 1914 モデルは富本憲吉。いわれるとその面影がある。白いソフトをかぶり赤の蝶ネクタイといういかにもその時代の洋装で、屋外でくつろぐ。なにかしら思案中のようでやうつむき加減。

有島生馬 鬼 1914 当時は不評だったそうだが、なんとなく面白味がある。どことなくこの絵を見ていると三国同盟を思うのだ。理由は措くにしても勝手なイメージであるのに違いない。

村山槐多 田端の崖 1914 下方に小さな人影がある。激しい筆致で、シャイム・スーチンの絵のようなうねりがある。線路上にも人がいるようだ。
こういう絵を見た後は彼の書いたおどろな小説、例えば「悪魔の舌」などを読みたくなる。

西村伊作 新宮風景 1913 水野氏の居城だった新宮城からの眺め。
今はなきお濠も描かれた、山に囲まれた町。
この新宮は西村伊作や佐藤春夫の新宮であり、中上健次の新宮ではないのだ…
水野氏の新宮城と言えば旧幕どころか平安末期の怖い伝説を思い出す。
お城の丹鶴姫が男の子を招くと、二度とその子は帰らない。子らは家に隠される。
男の子らがいなくなったと嘆く姫を見るや、ペットの黒ウサギは黙って外へ出てゆく。
そして遊ぶ男の子の前をその黒ウサギが横切ると、必ずその子は死ぬ…

三井文二 京都疏水ダム 1914 赤レンガ、鴨東運河。昔も今もときめきの疎水。
小舟も行き、並木もみえる。比叡山もそっと。
琵琶湖疏水のことについてはこちらのサイトに素敵な紹介がある。

山下新太郎 端午 1915 幼い長男をモデルにしている。山下は美人の妻、可愛い子供らに恵まれ、彼らをモデルにした優しくいい絵を多く描いた。
長男の初節句である。涎掛けも可愛い。外には鯉のぼり。
この絵は人気があり、当時はそれで複製も作られたという。

石井鶴三 行路病者 1916 人々は彼らの前をいないかのようにスルーする。
この時代の東京の空気感がよく出ているように思う。
この9年後に夢野久作が出した「東京人の堕落時代」を読むと、なんとなく似通うものがあると思う。

石井鶴三は機嫌のよい愛犬家だったようで、その犬とのつきあい方を見ていた中川一政がエッセイに「鶴三は長生きするだろう」と書いてもいる。

河野通勢 長野の近郊 1915 遠くからでも一目でわかる、その執意。緑の濃さ、人々の小さな楽しみ、それらを囲い込む緑の濃さ。

東郷青児 パラソルさせる女 1916 独学で未来派とキュビズムとを取り入れた時代の絵。
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チラシにはシュールな絵が出ているが、それにしろこれにしろ、若い頃は実験的な作品が多かった。
中山太陽堂のクラブ化粧品の広告誌に4こまマンガも描いていたが、ペン画でさらりと石川淳のスケッチも描いていたのを石川の追悼号でみた。
石川淳はスタイルが確定した後の東郷青児を「あいつは見事に堕落した」と評していた。どういう意図かは記されてはいない。

鍋井克之 秋(正倉院の池) 1917 大仏池、か。ロングで場を捉える。行き交う人々。
この少し前に新宿中村屋で斎藤与里の晩年のほんわか系の絵を見たが、そこでも奈良へ出かけた一家の絵があり、やっぱり大仏池の畔を歩いていた。
今年はわたしも展覧会だけでなく、正倉院の建物そのものも修理も終えたことだし、見にゆこうか。

林倭衛 出獄の日のO氏 1919 大杉栄。鋭い顔やなあ。思えばこの人はこの後に甘粕に… 
入る前は前で日影茶屋で女に刺されてるし。
この絵は友人宅にて一気に描いたそうで、背景の臙脂色がモダンなような・怖いような。

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第二章 揺籃期 1920-1933

アンドレ・ロート、イワノフ・スミヤヴィツチ、ジェレニェウスキーら海外の画家の作品もここにある。
キュビズムや未来派風のを見ると、やはり時代が進み始めているのを感じる。

黒田重太郎も矢部友衛もキュビズムの技法で人物を捉えている。
それにしてもセザンヌ御大の作よりも二次的なセザニスムの作品の方が面白く思うのはなんでだろう。

国枝金三 都会風景 1924 これは以前西宮大谷記念美術館で同じ構図の絵を三点集めて比較する展覧会の時に初めて見た。
小出、鍋井と国枝だったかな。今の信濃橋から本町方向を見る構図。地には路面電車。
国枝のはわりとリアルで描き込みも細かい。

小出楢重の絵がここで二点出ていた。
少女お梅の像 1920
帽子をかぶった自画像1924
わたしはお梅の像やそれ以前のNの家族などの重たい絵が嫌で避けていたのだが、ブリヂストン美術館で小出の特集を見て、パッッと気が変わった。
特にこの帽子に白のスーツの小出。これですな、これで180度転換したわ。
またその直後に芦屋や京近美で小出の展覧会があって、その素描の良さにうなったり、ガラス絵に惹かれたり、随筆に抱腹絶倒したり、と本当に凄い方向転換があった。
尤もその前に「6月の郊外風景」、枯木のある風景の一連の作の一つ 、あれをホテルオークラの夏のあれで見て、それ以来気にはかかっていたのだが。
とにかくやっぱり小出を好きになったのはこれは本当に大きな収穫だった。

正宗得三郎 パリのアトリエ 1923 あー、すごい空、そして窓。ソファには裸婦、盥にはマグノリア。なんだかとてもかっこいい。1920年代、いいなあ。

木下孝則が児島喜久雄の甥だとは知らなかった。
とはいえ彼は独学で絵を学んだのか。色々あるものだなあ。

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2.二科展から離れ行く人々
新しい存在だった二科も時を経て大きくなり、そこから去って新しいものを求める人も現れる。

石井柏亭 麻雀 1926 3人の娘と母親とで卓を囲む。これだと賭けるものは蜜柑とかお菓子とかせいぜい家事の手伝いなどか。

長谷川利行 酒売場 1927 場所は神谷バーらしい。えらく洋風な雰囲気やな。神谷バーはわたしも好き。
外観はともかく内装は常に人でいっぱいなのでじっくり観察と言うことも出来ない。

鈴木信太郎 孔雀の庭 1927 好きな絵。八王子の金持ちの息子の鈴木は実際に孔雀のいた庭を見ているそうだ。
木より大きな孔雀、檻の中のインコ、藤棚もある。
どことなく夢のような庭園。

これで思い出したが坂田靖子「孔雀の庭」は素晴らしい庭園と邸宅に住まう、ある英国貴族の滅びゆく生を描いたものだが、そこに現れるのはレンブラントの「孔雀の庭」であり、実際にその庭園には孔雀がいるという設定だった。
「閉ざされた庭園」=パラダイスということを知る物語だった。

有島生馬と熊谷守一とは仲良しで互いの肖像画を描きあいしていた。

第三章 発展、そして解散 1934-1944

藤田が積極的に色彩を取り込んだ時代。メキシコにも行き中国人の一家を描き、大きな壁画にも着手している。
しかし実際のところこの時代の藤田作品はくすぶってもいる。

安井の玉蟲先生もあり、ちょっと笑ってしまう。

伊谷賢蔵 楽土建設 1940 働く人々。ああ・・・五族協和だったかな・・・

松本竣介 画家の像 1941 「フルポン」と仲間内から愛された美少年・松本のすっくと立った姿。力強さを感じる。背後の女性もよい。戦時下になろうとも心を強く保ちたい、という意志を感じる。
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第四章 再興期 1945-2015

織田廣喜 黒装 1946 ロングドレスの三人の優雅な女たち。おしゃれ。この敗戦後にこんなおしゃれな絵が生まれているのだ。

岡田謙三 シルク 1947 サーカスの人々。やはりどこかおしゃれであり、そして「日本の洋画」からまた変わり始めている。

岡本太郎 重工業 1949 エネルギッシュですなーわかってはいるが。

高岡徳太郎 岩 1953 左端のガメラ岩!!!トルコブルーの空でした。

大沢昌助 褐色の像 1963 彼の展覧会を見たときのことを思い出したよ。紙芝居映画が一番かっこよかったなあ。

最後に昔の絵はがきも紹介されていた。
小杉の黄初平くんが石羊増殖中とか、フォーゲラー風の斎藤豊作の秋景色とか・・・

いいものをたくさんみましたわ。
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