美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

「屏風展 屏風から窺う江戸の文化」青梅宿・津雲邸

青梅市に行ったのは美術館を見るためで、他に用はなかった。
ところが何の気なしに観光案内所に入ると、このチラシが目に入った。
「屏風展 屏風から窺う江戸の文化」青梅宿・津雲邸
イメージ (2)

案内所の人に道を訊くとほんの数分で行ける場所のようなので、軽い気持ちで出向いた。青梅には面白い看板や映画の手描き看板がよくみられる。「昭和の町」を標榜するからだ。
「昭和幻燈館」という久世光彦の最初の随筆集と同じ名の施設や赤塚不二夫会館、昭和レトロ商品博物館などがあるが、時間の都合で「いつかね」と言いながらスルーする。
歩きすぎて秋川街道まで来た。鬱蒼とした廃屋が見える。しかも「津雲」の表札も。
ぐるりをまわるが無論中には入れない。
少し戻ると案内が出ていた。そこへ向かうと、昭和の和風建築の粋がいきなり出現した。
しかもその建物はこのあたりのものではなく、わたしの慣れ親しんだ上方風の佇まいを見せているではないか。
イメージ (5)

案内の方に伺うと昭和初期に京都の宮大工を呼んで、地元の職人らと協働して拵えた邸宅だという。
実にすばらしい。
あまりに素晴らしい邸宅なので本当にびっくりした。
それで建物だけ撮らせてください、と願い出ると快くOKをいただいたのでバチバチぱちぱち・・・・・・
後でわかるのだが、スマホのカメラの不具合で無念にもこの撮影すべでが消えていた。
(リベンジするつもりだが、秋に来たので次は春に来ようと思っている)

とりあえず建物の素晴らしさはこの上のチラシから想像してみてください。
斑入り木賊や竹を使った網代、屋久杉の一枚板の羽目板、格天井、花頭窓(火灯窓)、欄間、建具、壁は聚楽…
普請道楽の御当主の趣味の良さを思い知らされる、見事な和風建築。
あー、もう本当に驚いた。
まぁ建物の件は来年に回して、屏風について記したい。

一階の茶室に案内されると、いきなり岸駒の龍虎図屏風がお出迎え、というか待ち伏せ中である。
尤も虎は龍にがおーっ龍は龍でどこ向いてるのかわからないので、噛まれることはない。
飛びかかってきそうな大迫力がある。
蘋派や琳派や円山派のゆるい虎とは違い、岸派の虎はほんまに怖そうである。
イメージ (4)

次に四曲一双の源氏物語絵屏風。冷泉為恭の晩年の一作。気の毒な殺され方をする前の名品。華やかでしかもはきはきした源氏絵。

色紙貼り混ぜ屏風 鈴木其一まである。地方の素封家にはどんなお宝があるかしれたものではないね。
家を保って後世に残した先人は偉いものだ。

一階応接室へ。
ここは格天井で欄間やガラスなどがいい。
紅葉図屏風 落ち着いた秋の風情。
金襴手の有田や古伊万里の大きいのがある。ああ、本当に歴史を保った家だけの遺産だ。

太夫外出図屏風 西川祐信 おお、優雅な女人たち。金型雲が屏風全体に広がる。
着物も綺麗なものばかり。
イメージ (6)

菊図屏風 胡粉で盛り上がる菊。光琳というよりまた別な感じもある。
後に出てくるが菊のいい感じの香炉ならぬ香籠もあった。四季折々の設えをきちんとしている旧家の美意識に惹かれる。

少し珍しいものを見た。
浜の松図屏風 梅沢隆眞 20世紀初期の漆絵屏風。剥落褪色のない美しい屏風。

階段がまたいい感じ。上がると大広間。よくよく伺えばこの家を建てた人は当時議員だったそうで、それで中央からも多くの要人が訪れていたそうだ。

吉田秋光という復興大和絵の日本画家の屏風が二点ある。彼は松岡映丘の弟子らしい。
大正から昭和に活躍したそうだ。申し訳ないが知らなかった。
後で調べると、帝展に絵を出していたのを知った。

秋桜屏風 柔らかな情景である。
樹上梟図屏風 梅に梟が止まるが、なかなか大胆な構図でもある。

この二階はまた欄間が凝っていて建具も良いしで、撮影にかなり夢中になってしまった。
堆朱または鎌倉彫の施された大きめの円卓もある。
螺鈿で百合を描いた机もいい。
ちょっとした家具も全て見事な工芸品である。

醍醐寺花見図屏風 大勢の人々がいる。醍醐全体が桜に覆われてもいる。
赤い建物が点在することで画面を引き締める。
いいものを観た。
イメージ (3)

やがてご主人がおいでになり少々お話を伺った。
わたしはカメラの件は知らなかったのだが、本当に素直な気持ちで再訪をお約束した。
今度は建築用のカメラを持参して、あらゆる美を捉えたいと思っている。

屏風絵展は11/29まで。春にはお雛様の展示が予定されている。
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