美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

比叡山 みほとけの山

大津市歴史博物館で「比叡山 みほとけの山」展をみた。
このチラシの仏像に魅了されて、てくてく出かけた。
イメージ (12)

天台大師・伝教大師・慈覚大師像 山中に座す三人。既に秋で木々は紅葉している。
こぢんまりと座る三人は慈覚大師のみ頭を晒している。あとの二人は頭巾をかぶり、優しい風情がある。

延暦寺に所蔵される「天台大師像」は高僧の頭巾姿というより、江戸から明治の女の人がよくかぶったおこそ頭巾をつけた婦人のようにみえた。
思えば高野山の弘法大師はどこまでも男性的だが、伝教大師には優美さが備わっているからか、どこか婦人的にも見える。
尼僧としか思えない彫像もあった。
江戸時代の塑像だろうか。

円仁(慈覚大師)、円珍(慈恵大師)の肖像画もリアルな筆致で描かれているらしい。
とんがりアタマにハレ目の大耳の人。
その人の個性をよく捉えているらしい。

比叡山図巻 江戸時代 堅田あたりから始まる。浮御堂をみつけた。見知った場所があると親しみを感じる。

日吉山王宮曼陀羅図 室町時代 北斗七星も共に描かれていた。

日吉山王垂迹神曼陀羅図 南北朝時代 神様のお使いのお猿がくつろいでいる。狛犬は威儀を正しているが、それに頓着せず猿はくつろぐ。

日吉大社の巨大な狛犬さんが来ている。
本当に大きい。目にはガラスの目玉がはめ込まれているが、これがまた表情に富んだ大きな目玉で、二頭はそれでいよいよ迫力を増していた。

チラシになり、わたしを魅了した仏像があった。
チラシやポスターではとても大きく感じたが、実際は細く小さな立像で、手などもとても華奢。
千手観音立像 平安時代 どこかエキゾチックな美貌である。
あのチラシの位置から眺める。そして正面からも。さらに違う方向からも。
そうするうちに少しずつ表情が変わってゆくことに気づいた。わたしの凝視に照れてはにかんだり、見るがいいというような傲慢さからではない、表情の変化がある。
よくよく眺めれば、後補とおぼしき頭も二面ばかりある。
手を見る。
小さく繊細な手は様々なものを持つ。
葡萄を持つ手がある。その下には葡萄を受け止める手がある。美しい連鎖があるように思ったが、よくよく見れば受け止める手にも何か持っていたらしき痕跡がある。
葡萄を受け止める手に見たのは、わたしの勝手な目なのだ。
しかしこの思い込みはその像が美しいからこそ生まれたものだった。
他に髑髏、巻き貝、浄瓶などをもつ手もすべて優しい。

こちらの写真は滋賀県を愛され、活動されているカメラマン・辻村耕司さんが以前に写されたもの。
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この仏像を紹介する記事のために撮られたものだが、辻村さんは
「2001年に撮影して山渓の『比叡山を歩く旅』に掲載されています。エキゾチックな風貌を抑えて柔らかな面ざしを写しました。」とツイッターで教えてくだされた。
カメラマン・辻村耕司さんのご好意によって、このブログに挙げさせていただく。
辻村さん、本当にありがとうございます。

今回、このように延暦寺とその周辺のお寺などからご出陣なさった仏像や叡山文庫からの資料を見るのは非常に興味深かった。
これまで滋賀県内の仏教関連の展覧会と言えば、三井寺・石山寺それから湖東のほうのお寺のものを見てきたが、延暦寺のそれは今回初めてだった。
「わが立つ杣」と伝教大師が詠まれた和歌を少しばかり思い出しながら更に見て歩く。

イメージ (13)

不動明王二童子像 これはまた三者の性質のはっきり出た木像である。
セイタカ童子はそっぽむくのだが、腕と言い肩と言い、元気にむくむくしている。
コンガラ童子は目鼻のくっきりした、少女のような美しい顔で微かに微笑んでいる。
その一方で不動明王はやはりコワモテなのである。

異形のお顔の不動明王を見た。
猪に由来する伝承から名を取られた伊崎寺の不動明王坐像である。
眼の刻み部分がかなり怖く、下歯で上唇を噛むのも怖い。
憤懣やるかたないという風情に見える。

金色の虚空蔵菩薩を見た。平安時代。坐像である。思案中のお顔。「智慧」の虚空蔵菩薩なので、どのようなことを思案されているのかは到底想像もできない。

少年なのか婦人なのかわからない像がある。
雨宝童子立像 平安時代 頭上に五輪の塔のようなものを載せている。もしかすると吉祥天だったかもしれないとのこと。

今回、解説文がなかなか楽しい。
アオリが巧くて、笑ってしまうこともあった。わかりやすい解説共々楽しめた。

「男らしく、艶めかしい」男性ファッション誌の見出しのようなのがついたのが、如意輪観音坐像。…石橋凌に似ているな、とこちらは思うのだった。

宋風な風貌の仏像も何体かある。
院派の血脈を継ぐ仏像もある。
珍しい乾漆の仏もある。
また、際立った個性はなくとも、優しい眼と手をみせる像もある。
一体一体じっくりとみることが出来、延暦寺とその周辺の幅広さに感心する。

妙見菩薩がある。星の神様の妙見さん。倚像。神道風な形にも見える、垂髪の少年。
相本に玄武がいるのだが、彼の裳裾と靴との具合が飛鳥の「亀石」によく似ていて、こちらもまた「玄武」かもしれない、と思った。

不動明王と二人組または八人の少年たちの絵もいくつかあり、いずれも可愛らしさに惹かれる。ほぼ見えないものもあるが、それはそれでいい。
一方、鎌倉時代の絵では三人そろって金色に光るものもあった。

段上に居並ぶ仏像たちをみる。
平安時代の天部らしき残像がある。四躯とも凄まじい崩落を見せていて、辛うじて木像のだったことがわかる。不謹慎ながら「ジョニーは戦場へ行った」を思い出した。

四天王に踏まれる天邪鬼たちは色は剥落しているがどこかユーモラスで、踏まれ続ける悲哀を「働く姿」に転換しているようだった。

他にニコニコする走り大黒、花のレイをかけた、クメール仏のようなお顔の菩薩などに惹かれた。
絵の方も来迎図の美人さんな菩薩たちがいい。供養者も可愛らしい。

園城寺からお出ましの地蔵菩薩の巨大さにびっくりした。半丈六というが、本当に大きい。これは大津最大のお地蔵さんだそうだ。そうでしょうなあ。

資料のうちで面白いのはやはり山門結界裁許絵図。
八瀬童子展でも資料でたくさん見たが、立場が変わると見方も変わり、なかなか面白い。


見どころの多い、いい展覧会だった。
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