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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

大いなる遺産 美の伝統 日本画篇

東京美術倶楽部創立百周年記念展として、『大いなる遺産 美の伝統展』と銘打たれた展覧会に気合を入れて出かけた。
朝九時から開館なのへ私は五分遅れて到着したが、会場は既に満員御礼ではないか。TV放映の力か、宣伝がそこまで行き着いていたのか。
わたしもその熱心な群れに入っていった。

日本画のことから書いてゆく。
古径の『山鳥』が出迎えてくれる。雉が真っすぐに飛んでいる。
こうした絵を見ると、まず心が豊かに潤い始める。
そして雅邦の『龍虎図』これは別バージョンを静嘉堂あたりで見たようにも思う。切手にもなったあれだ。あちらはややリアリズム、こちらは筆にゆとりがあるように思う。なんとなく龍が隠れているようにも思う。
鉄斎は地元の清荒神に立派な美術館があるが、わたしはどうもまだ鉄斎のよさがわからない。以前日曜美術館でさる評論家が『女子供にはわからない境地だ』と言ったが、その通りわたしにはわからない。
扇面に白梅などは好きですがね。
栖鳳『水郷』これは・・・もしかすると見た気がする。いや、同じような画題の別物かもしれないが、どうも見覚えがあるような。
というのは、私の好みではないから却って記憶にあるのだ。
しかし今、わたしの前に現れた絵に、快さを感じた。これはわたしの心の変容なのか、それともこの作品のよさがわたしの心を洗ったのか。
芸術にはそんな力がある。

芋銭の『反照』はわたしには好ましい。林、向こうの方に少し平地、そこに日が反照している。肌色というかオレンジベージュと言うか。
ああ、今日ももう終わりだな。そんな気がして。

大観『或る日の太平洋』は同タイトルだけでいくつ作品があるだろうか。富士山と並んで多いと思う。
ここにも龍が浮かんでいる。大観の思想がこれらの作品にはまっすぐに現れている。好悪を超えた世界の話だ。

大観の同士・観山の『三保富士』。観山は能狂言の愛好者で弱法師を画題に選ぶことも多い。この三保富士の絵も、富士山として描かれたというより、天女の現れた場としての富士のように思われる。富士の形が台形で可愛い。

玉堂の『鵜飼』は以前にも見ているが、これは「面白うてやがて哀しき」というより、働くオジさんと働く鵜の健やかな情景に見える。
小さいのも大きいのもがんばって働いてるなーと言う感じだ。
以前、ある鵜匠が撮影されていて、それが終わってからボソリと
「鵜は鵜匠の弟だ」
そう呟いたそうだ。しかしTVはそれを捉えることが出来ず、記事にそのことが書かれていた。
鵜匠の実感が込められた言葉。その言葉をこの絵を見て思い出す。

そして春草『柿に猫』。
これは焼き芋屋の猫だ。永青文庫にある重文の『黒き猫』の親戚たる作品だ。
私はこの作品の存在をチラシで初めて知った。大変ショックだった。
え゛っっあるの!という感じ。
春草の画集にも掲載されていないと思う。あるかもしれないが、私の手元の画集にはない。
そうだ、猫は自在なイキモノだ。生物せいぶつというより、ナマモノかもしれない。こいつ、木で寝てたんちゃうんかい。面倒になって降りたらしい。まだ中猫。まるまるの子供より少し大きい。
顔もにゃあとしている。生意気な口元。・・・可愛いなあ。毛並みもいい。撫でたい。帰宅してうちの黒猫ツキちゃんを撫でたい。そんな気分に駆られる。

松園の『櫛』は昭和15年らしい作だと思う。
戦時下に入り、松園は華やかな女の人ではなく、若かりし頃の母の姿を描くようになった。このことが松園芸術に更なる境地を開くことになった。戦後女性初の文化勲章を受けたのも、この時代の作品が豊かに広がったことで、もう一段高い心持に到れたからだと思う。
個人的には大正ごろの作が好きだが、こうした静かな気高さは常に心にとどめたいと思う。

同じような時代の清方の『いでゆの春雨』
初めて一般公開されるらしい。欄干に緑の手ぬぐいをかけ、日本髪を崩さぬ為にか、細布で持ち上げている。
山桜か、そっと静かに咲いている。そしてそれを見る女の着物がまた素敵な桜だ。青い桜。意匠自体は様式的な描き様で、可愛らしい。
帯はちょっと更紗風にも見える。半襟の地にも桜が浮かんでいる。

桜。その桜を描いたのは渓仙『東山夜桜図』だ。
篝火が熾されている。枝垂桜ががったり広がる。見ていたご婦人方が
「これ円山公園のよね」「あらでも、こんなに大きいかしら」
うふふふふふ。

紫紅『竹取翁』。これ、もしかして三幅対なのか。翁が竹を切り、かぐや姫をみつけるシーンだが、左を見る翁と鉈だけがある。
うーん、なんだか見てみたい。たとえ描かれていなくとも。
竹の描き方がいかにも紫紅らしいと思った。
南の国の竹のように見える。多分、そうなのだろう。

関雪の『玄猿』。関雪の動物はどれもこれも賢そうだ。特に猿はみんな賢者のような面つきをしている。間違っても「エテ」ではない。

『木花之佐久夜毘売』靭彦は春の女神コノハナサクヤヒメにこの字を宛てた。わたしは印象の媛も好きだが、手に桜を持ちふんわり座る靭彦の絵もいいと思った。富士を背にしていることで、この女神が浅間神社のご本尊であることを思い出させてくれる。

夢二の『平戸懐古』は縦長に青色の目立つ絵だった。夢二はバテレンものや長崎シリーズが多いが、わたしはこの作品を知らなかった。女の着物はピンクで、コントラストが凄い。

青邨『洞窟の頼朝』これはいつものではなく、別バージョンの作。青邨はいつもハレ瞼の人を描くなあと改めて思った。

龍子『四季好果之図』はいつもの巨大な作品ではなく、適度な大きさで、フルーツ盛り合わせの壷になっている。ひときわ大きくおいしそうな柿(龍子は和歌山の人だ)、枇杷、ざくろ、青桃などなど。

同じく果物を書いたのは麦僊の『舐瓜図』。こちらはすぱっとした色合いで、歯磨き粉のコマーシャルもびっくりのさわやかさだ。モンシロチョウが舞っているのがご愛嬌だ。

波光は『不動尊』を描いている。この人独特の描きぶり。仏画を描くときの筆致が面白い。
どちらかといえばこの人はイタリアなどの名画模写や『彼岸』に惹かれるのだが。

華岳『秋谿之図』 滝や幽山渓谷の美は六甲山での風景なのだろうか。わたしは華岳は国画会に出品していた若い頃の作品が好きで、隠者になってからの作品はなにか遠い。しかし、六甲山は私の地元である。春から秋にかけて六甲おろしは吹き荒れる。虎党の一員として、六甲おろしを愛している。だからというわけでもないが、やはりこの絵はよいものだ。

竹喬『牡丹雪』花びらのような、美しい雪。胸を衝かれたような美をここにみた。少し離れる。なんという視界。林の中の牡丹雪が舞い舞いしている。この世界いっぱいにその雪が広がることを、私は願った。

土牛『八瀬の牛』ご本人が自ら『土の牛』を名乗られた由来を語るのを、生前TVでみた。牛のよだれ同様長く生きられ、長く活動された。
この黒牛はなにの牛なのか。様子から見ると、使役でも食用でも乳牛でもなさそう。八瀬は釜風呂のある京都の奥地だ。何かお祭りがあるのかもしれない。京都は366日必ずお祭りがある。
牛は神サマ系のお祭りにも出るし。それにしてもこいつの顔つき。なんだか、楽しい。

青樹『麗 日』 紅梅の下でぐったり寝込む茶斑の猫。これこれ起きんかいな。撫でたらグルグルグル言いそうなやつ。なんとなく、幸せ。
そしてそのなんとなく、を感じさせることこそが『麗日』なのだろう。

平八郎『筍』この人は子供の頃、全く興味が湧かなかった。
しかし大人になってからなんとも言えずよいものだと感じるようになり、今では好きな日本画家として挙げることが出来る。観念的な美だと思う。静かで、そしてそこはかとなくユーモアがある。そう感じるようになっていた。だからこの筍にわたしはそっと『おはよう』あいさつをした。

御舟『美男桂に瑠璃鳥』夭折するだけに、見ていて極限の美を感じさせる作品が多いなか、この絵はなんとなく円満な感じがした。
会場のプレートではかな表記だったが、サイトでは漢字表記だ。
イメージがなんとなく変わるようで面白い。
植物の赤と鳥の青。上方に黄色い葉っぱ。しかしそれは赤と青を引き立てるというより、なんとなく調和している。

遊亀『霽れゆく』一瞬、球子かと思った。それから以前に見ていた航空写真を思い出した。あれは珍しくも、富士山が二重の雲にまかれている風景だった。そんな感じ。この人は人物画より静物や風景がいいといつも思う。人物でよいなと感じたのは、谷崎の『少将滋幹の母』の挿絵だった。

神泉『蕪』この人も平八郎同様大人になり、ある日突然電撃的に好きになった画家だ。しかしそのタイミングが悪く、回顧展終了後に好きになったため、いまだにまとめて見ることが出来ない画家なのだ。
しかし京都に行けば必ずなにかには会えるので、それで今は満足するしかない。この蕪の可愛らしさ、空間に漂う静謐。神韻縹渺と言う言葉を感じるのは、この人だけだ。

深水『通り雨』既に見て来られた方のお話で、絶品だと聞いていたのでわくわくしながら見に来た。・・・なるほど、いいおんなだなあ。
実は個人的事情なのだが、深水の日本髪美人を見ると、わたしの母を思うのだ。母は若い頃、実際『深水の美人画のような』と人様に言われていたそうだ。今は六十を越え茶髪をロングカーリーにしてサングラスをかけたコワモテ系なのだが、素顔を見るとなるほど、深水美人のようだと思うのだ。娘の私は恒富系なのだが。

丘人『走り来る時雨』この絵を見たとき、フランス映画『シベールの日曜日』を思い出した。大学のとき、リバイバルで何度も見た。見るたびときめき、そして泣いてしまった。林の中を馬が行く。そのシーンがこの絵で蘇る。しかし、今この絵を見たことでその情景は今後二重写しになって、わたしの中に残るだろう。
優れた芸術は個人的追憶ですら凌駕する。そんな実感。

魁夷『青い谷』わたしが最初に魁夷の絵を見たのは、なんともう二十年前なのだ。'87年に唐招提寺展を見たとき、その襖絵を魁夷が描いたのを見たのが最初だ。そのときの新鮮な感動が胸に沸き起こる。
おお、わたしはここで深呼吸をしたい。山の霊気を、霧を、胸に収めたい。――そんな気になった。

寧『雍』イオニア柱の上でこれは…コウノトリ?サギ?トキではないだろうが、卵を温めているカップルの絵だ。寧は娘婿からその芸術を疑われていたそうだが、彼の死後、こうした雄大な作品を多く遺している。
見ているこちらもなんだか雄大な気分になる。←誇大妄想かもしれないが。

横山操『清雪富士』なんとおいしそうな・・・。正直、横山操はこれまでその鋭さに胸を削がれるれるようで、好まなかった画家なのだ。
しかしこの雪にまみれた、というよりアイスクリームそのもののような富士の美しさ・おいしさはなんとしたことか。
絵の具の塗り重ね具合が、いよいよアイスクリームを思わせる。
芸術とか美意識とか、そうしたものが吹き飛ぶほど、別な欲求がわたしを焦がす。ちょっと舐めてみたい。ちょっとだけ・・・ちょっと、ほんと。ちょっとだけ・・・ そんな欲望に苦しんだ。

日本画はこれらで終わり、版画が一枚だけ飾られていた。
志功『華狩頌』板画である。
これは以前から好きな作品で、狩人たちが弓矢を射るポーズを取りながらも、実は『不射の射』たるところに心を惹かれていた。
白黒だけだが、タイトル通り華やかなのである。
どんな色彩も乗らぬような華やかさがここにある。
本当に素敵だ。


日本画篇はここでおわる。
猫とアイスと湯上り美人。どきどきしたなあ。

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コメント
遊行七恵さん、こんばんは。
近代日本画を相当みられてますね。読んでて楽しいです。同じように感じてる画家がいますので、ひょっとすると好みの軸が近いかもしれません。カラリスト、福田平八郎や小野竹喬の色使いにゾッコンです。今回は竹喬の“牡丹雪”のほうがいいですね。この絵は一度みました。

夢二の女性画も松園、清方、深水と同様追っかけてます。“平戸懐古”は手元にある図録に載ってません。2年前、伊香保の記念館にでかけ念願の“黒船屋”を観たのですが、今年は最後に残った“五月之朝”を観ようと思ってます。お母様は深水式美人で遊行七恵さんは恒富風ですか!東近美にある“戯れ”の女性をイメージしていいでしょうか?

横山操の水墨画と富士山の絵に魅せられてます。山種にも富士山がありますが、こちらのほうがぐっときます。アイスクリームは納得です。軽妙な連想に感心してます。隣の方もそうねと、笑って頷いてました。

古径の“山鳥”や清方の“いでゆの春雨”はまさに画集に載ってない知られざる名画ですね。遊行七恵さんも同じ思いかもしれませんが、“いでゆの春雨”に会えた幸せをかみしめています。雅邦の“龍虎図”は三の丸尚蔵館のとほぼ同じ作品ですね。同じ画題では静嘉堂文庫蔵をいつかみれればと願ってます。
2006/02/24(金) 20:23 | URL | いづつや #bfgOa1Xk[ 編集]
こんばんは いづつやさん。

もう本当に良い作品が出てましたねえ~~
わたしは近代日本画が大好きなので興奮しましたよ。
竹喬の『牡丹雪』はわたしのこれまで見てきた竹喬の作品でもいきなりベスト1にあがりました。
胸を衝かれました。

夢二は弥生美術館の会員ですので、本当に沢山見てきました。岡山や伊香保の美術館も見ましたし、コレクターの中右瑛さんの所蔵も色々と。
そのためか、美人画より却って童画や楽譜などに良さを感じたりしています。美人画では婦人グラフ系が好きです。それと情痴小説の装丁など。

清方とその一門は本当に最愛です。東の深水、西の紫明 と称された紫明や秀峰がまた大好きで・・・
追っかけているのは輝方・蕉園ですが、なかなか難しいです。

『戯れ』を母に見せたら「俯いた瞼や鼻は似てるがこんなに柔らかい顔ではない」と言われました。
目つきのあやしいところは華宵もびっくりかもしれません。自分ではわからんもんです、わっはっはっ。

横山操のアイスジェラートフジサンは、本当においしそうです。芸術とか飛び越えてしまいました。

『いでゆの春雨』があれだけ良いのですから、他にも隠れた名画は多いでしょうね。野間コレクションもこの十年でやっと表に出始めましたしね。

やっぱり日本画は本当に・・・いいです。

わたしの出発点は御舟の『炎舞』でした。それから松園の『花筐』華岳『裸婦』清方『刺青の女』で、人生の方向が多少定まったように思います。

2006/02/24(金) 22:19 | URL | 遊行 #-[ 編集]
遊行様、こんばんは。
この素晴らしい展覧会、
あまりにも名品ばかりだったので、
私など日本画の感想だけで力つきてしまいましたが、
遊行様の充実の記事でまた展覧会のことを思い出しました。
ありがとうございます。

私はまだ日本画を見出してから一、二年ぐらいなのですが、
この展覧会でも特に日本画を楽しく見ることが出来ました。

伊東深水の通り雨の美しさは見事でしたよね。
何故深水の女性にはあのような艶があるのだろうといつも思います。松園の気品ある女性も美しいですが、
深水のこの魅力も味わい深いです。

>わたしの出発点は御舟の『炎舞』

速水御舟は私がもっとも好きな日本画家なのですが、
その作品は一度見たいと思いながらもまだ拝見しておりません…。
次いつ公開されることかと心待ちにしております。
2006/02/25(土) 23:45 | URL | はろるど #-[ 編集]
おはようございます はろるど様

本当に凄いとしか言いようのない展覧会でしたね。
こういう展覧会を見ると、当分は日本に引篭もろうかと思うのです。
わたしは近代日本画、それも特に美人画が最愛なのですが、古美術(近世風俗画、浮世絵、古陶、茶道具、能狂言)と洋画にも深い執着があります。
そんなですから、これやバークコレクションはどきどきものでした。

御舟については以前私論の試論を書いたことがあります。http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-357.html

彼の作品には極限を歩くものにしか描けない何かがあると思うのです。

深水を見ていていつも感じることは、男性の理想の美女だなということです。
絵の前に立つと、どこにもこちらの妄想の入る余地がないほど完成されている。手を入れる隙間がない。そして一点の崩れも頽廃もない。
凄いことだと思います。
それでも若い頃の作にはまだその余地がありましたが、傘持つ女の絵が始まりだした頃には、もう行く手を塞ぐものもなくなり、深水の邁進が続いたように思えます。

私は現代日本画には殆ど関心がないので、この先もこうした近代日本画を追い続けるように思います。
(石本正の裸婦や上村淳之の動物は追っていますが)
2006/02/26(日) 07:58 | URL | 遊行 #-[ 編集]
遊行七恵さま
はじめまして。拙ブログへのコメント&TBありがとうございます。
とても詳しいレポで遊行さまの熱狂ぶりがこちらにも伝わってきました。
遊行さまと同じ、黒猫ちゃんと富士山(ジェラートフジサン…確かに、あの絵の具の盛り上げ方はそれに近いかも)に感銘を受けましたので嗜好が近いのかもしれませんね。
私は日本画鑑賞はまだまだですので、ご教示いただければ幸いです。
これからもどうぞよろしくお願いします。
2006/02/26(日) 22:02 | URL | アイレ #-[ 編集]
アイレさま

時間を見てびっくりです。実は私、今の今までアイレさまのところでぐたぐだコメントを入れさせてもらっていたのです。

わたしは文を読まれてお気づきのように、熱狂体質なのです。静かな心持ちになることは殆どないと言うイカレたもので、お恥ずかしいです。

これからもよろしくお願いします。
2006/02/26(日) 22:22 | URL | 遊行 #-[ 編集]
こんにちは。
なんともすてきな美術展でしたね。私も伊東深水の「通り雨」に魅了さえました。艶やかさ、ほんと表現しようがないです。上村松園の「櫛」もよかったです。
2006/02/28(火) 08:34 | URL | 自由なランナー #-[ 編集]
こんにちは

清方、深水、松園は本当に近代美人画の三巨頭だと思います。

こうした機会がどんどん増えれば、と願うばかりです。楽しかったですね。
2006/02/28(火) 09:48 | URL | 遊行 #-[ 編集]
お言葉に甘えました
(ああ拝みたや、美人の母子!)
バックナンバーをそくそく拝読いたしております。

「麗日」のにゃんこは カステラのようにおいしそうに休んでおりましたな。
「甜瓜図」には ほほう とひとりごちましたな。(←一番気に入った品)
伊東深水さん・・・雨が宜しいですな。大倉大飯店もとい集古館の、三味をば弾くお姐さんの背後は・・・ちがったか?されどいずれも、こしあんのおいしい和菓子。

伊東深水さんが合うようなら 鳥居言人さんなどはどうでしょう?
ふぶきまんじゅう(上方にあるかしら)のイメージ?大人しすぎますかな・・・
それでは、ご自愛くださいませ。
2006/05/11(木) 20:44 | URL | TADDY K. #1xXJNkSU[ 編集]
夏のコタツ
TADDYさん こんばんは

言人も清方の弟子筋でしたね。鳥居の看板絵もよいですが、若い頃の美人画や版画にわたしなどはより惹かれますね。
この人と小早川清などは粋筋の女に良い作品があるなぁといつも感心します。
今はなき目黒雅叙園美術館が懐かしいです。
2006/05/11(木) 21:40 | URL | 遊行 #-[ 編集]
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