美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

平林寺 伝来の書画名宝/仏教彫刻/蔵王権現と修験の秘宝

各地でいくつか仏教関連の展覧会を見たので、まとめてみたい。

・「武蔵野の禅刹 平林寺 伝来の書画名宝展」花園大学歴史博物館
・「仏教彫刻」大阪市立美術館
・「蔵王権現と修験の秘宝」三井記念美術館
これらの展覧会である。

「武蔵野の禅刹 平林寺 伝来の書画名宝展」 花園大学歴史博物館 ~12/12
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埼玉県にある古刹だというが、この寺院の事も展覧会そのものもツイッターで見かけるまで何一つ知らないままだった。
「中興開山 鉄山宗鈍禅師400年遠諱記念」と副題にある。
臨済宗妙心寺派だということで、長く法灯を守ってきたそうだ。

鉄山宗鈍像 1615 自賛つきということはこの時には存命だった人である。
思えばこの年は大坂夏の陣があった…
ワイン色のような袈裟とその下の芥子色とが印象深い。

天皇の諡号勅書もある。光格天皇、孝明天皇など。
そして歴代の和尚の遺偈もまた。一番新しいのは2014年の圓應宗幸の遺偈。「竜頭蛇尾」で始まる一文だった。

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平林寺にゆかりのある人々から齎された書画を見る。
愛馬図 松平輝和賛・長谷川雪嶺画  リアルな葦毛の馬でほっぺたもふっくら。今のサラブレッドとは違う、

羅漢図 室町時代 この図様は唯一例のものらしい。羅漢が傍らの虎の頭へ手をやりナデナデ。虎も気持ちいいのかしてゴロゴロ喉を鳴らしていそう。嬉しそうな虎。そしてそれを横目で見る侍童。

達磨図 狩野探幽 前歯が2本にょきっ。

独立性易像 富岡鉄斎 既に描かれた古画の内から探して模写している。

林和靖観月図 明代 亭でくつろぐ林。鶴は外で体を丸めて、カシワ屋のチューリップみたいになっている。(関西での若鳥の肉屋で細い足の骨付きフライのこと)
林は片足を椅子に挙げてもう片方をだらんとさせるくらいにグダグダである。
そこへどこか遠くから友人らしきのが来たようで、玄関代わりの大石のゲートをくぐろうとしている。
くだけたくつろぎ感がリアルである。

採芝図 明代 霊芝採りの二人がいる。山中で二人ばかり。これを見たとき、山菜取りで犯罪に巻き込まれたという話が蘇ったが、ここではせいぜい不思議な山の精に誑かされるか獣に食い殺されるかのどちらかか。
尤も虎に喰われたら倀鬼になって働かされるか。

十一面観音来迎図 鎌倉―南北朝 真っ向立ちする観音。金色の身体。手に花。

傷みが激しいものもある。渡唐天神も十六善神もわかりにくい。
しかし大切に伝えられてきているのは確か。

白衣観音・ 寒山拾得図 興悦 室町 中に観音、右にそれを拝む拾得、左は巻物開く寒山。
2人の着物の着方を見ていると、なんだか今風ぽい。えんゆう穿き、それに似てる。これで柄が入ってたらSOU・SOUから購入したのよね、という状況である。

六祖慧能図 即非如一賛 狩野探幽 正木美術館にあるあの顔の印象が強いので、これを見ても「えー」という感じがした。申し訳ない。すごく大きくアップ。横向き。顔や体の線は細線で薄いが、頭巾とチョッキは太線で描かれている。メリハリがある。

どことなく面白い図が数点。
布袋合掌図 狩野季信 上を見上げながら。

鼠羽箒図 白井直賢 円山派でネズミを描くのが多い人だという。2匹が机の上を掃く羽根箒をイタズラちゅう。

老子観雲図 小川芋銭 黒牛と一緒。小さい目で空を見上げている。旅立つのはまだ、と見極め中。もうすぐ西の方へいってしまうのだが。

布袋図 白隠 大きな袋の上に立ち、髭ダンスのような手つきをして、それで大神楽…ではなく傘回しをしている。「豆蔵」というそうな。大道芸も大道芸人も含めて。
元は元禄のころに大坂にいた豆蔵という芸人の名から来たらしい。化政期の頃には上野・広小路で豆を使う芸を見せた芸人もいたそうで、そこから総称としてそう呼ばれるとか。
・・・全然関係ないが、「ぜんまい侍」の友人の忍者は豆蔵くんだったな。

10/31まで前期、後期は11/2から12/12.大幅な入れ替え有。
この日わたしは大宮松原の京産大むすびわざ館に行ってから丹波口でJRに乗り、円町へ出て花園大へ向かった。
次も同じようなルートを使おうかと思っている。


「仏教彫刻」 大阪市立美術館 ~11/1
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二科の100年展を見た後、常設はこれのみを展示していた。改装工事のためにほかはお休み。
今回は並べ方が巧いと思った。
「対」になる並べ方である。無縁のものであっても、こうして対になれば自然と仲良くなったり、「こっちの方が」輝こうとするもので、いい具合の展示になっていた。

石造の北魏の如来三尊像が2件、並列。
一は舟形光背で供養者は団体、裏も下もサイドもみんなずらずらと刻まれている。
一は裏に月の蝦蟇に三本足の烏という神話の太陽や月と縁のあるモチーフが刻まれている。

向かい合う並べ方もあった。
対峙することで意識が高まるようだった。

木造の観音菩薩立像と聖観音立像。1世紀違うが平安時代の仏像二体。
それから薬師寺の四天王像のうち持国天と増長天も向かい合う。こちらは四人の仲間の内から二人。前衛として立つ。

鎌倉時代の阿弥陀如来を守るように平安時代の広目天と多聞天。こうなるとご老公と助さん・角さんになる。

獅子と狛犬は元から対だから違和感も新鮮味もないが、なじみ感がある。
ここからはちょっと一人だけという仏々・神々をみる。

木造 大将軍坐像 平安 ピースマークをする。落ち着きながらもお茶目さん。
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木造 賓頭廬尊者坐像 室町1514 丸い頭で目鼻の大ぶりなおじいちゃん。30年後の工藤公康のよう。

銅造 千手観音坐像懸仏 南北朝1357 宝冠をかぶりニコニコと平安そうなお顔。合掌中。

木造 女神坐像 平安 小山硬の絵が三次元化したようである。

薬師寺の木造の吉祥天立像が来ている。絵とはまた全く違う像である。体も大きめ。

再び北魏の石造仏。もしかすると石造仏は全て山口コレクションなのかも。
台座の二頭の獅子が顔が大きい。

はっ となる並びがある。
木造の二体の観音像。
平安の観音菩薩立像 宝冠は残るが手は失われている。
鎌倉の十一面観音立像 リアルな体で十一面それぞれがやや怖い顔を見せている。2面が怒り、笑顔も1面、そして暴悪大笑面もある。

お地蔵さんも並ぶ。どちらも平安の同時代の半跏像。こちらは田万コレクション。
どちらのお地蔵さんも地獄で遭えば救うてくれそうである。

最後に全体を守るように新薬師寺の広目天と多聞天がいる。彼らの足元に天邪鬼はいない。

全体としていい空間に佇むことが出来て、とてもよかった。11/1まで。


「蔵王権現と修験の秘宝」 三井記念美術館 ~11/3

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メインは金峯山寺と鳥取の投入堂のある三徳山三佛寺からの蔵王権現や役行者らの彫像と経筒などである。
これまで見てきたものが多く、懐かしい再会だと感じもした。
今回の展覧会に関わりのある過去の展覧会の感想を呼び出してみる。

2014/4/14  山の神仏 吉野・熊野・高野 展
2007/5/27  藤原道長 展

修験道の開祖・役行者の展覧会もあった。
2015/4/5   聖護院門跡の名宝展


金峯山寺の方はもう既に何度も書いているので今回は措かせてもらう。
わたしとしては三徳山の方に目を開かされたような気がする。
展示室6から三佛寺の展示が始まる。
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投入堂の平安時代の古材があった。
投入堂は役行者が法力で「エイヤッ!」と山の中腹に投げ入れたという伝承がある。そうでないとあの場所にこんな建物がどうやって、という不思議な存在である。
実際のところは奈良時代初頭の役行者の時代ではなく、その後の平安時代に創建されたという。生没年はわからないが、藤原不比等の時代にトラブッてるので彼の同時代人なのは確かである。とはいえ平安時代にも室町時代にも出現した可能性はある。
わたしなどは子供の頃に見た「新八犬伝」で、何かと頼りになる役行者様というイメージが強く、その後の様々な像を見てもやっぱり辻村ジュサブローの人形が一番に思い浮かぶのだった。

さてこの古材と共に南北朝時代の棟札が展示されている。1375年。北朝でも南朝でも改元した年。義満が将軍の頃。
世の中が騒がしくてもこうして守り続けられているのだ。

獅子・狛犬も可愛い。鎌倉時代からここを守っているのだ。
蔵王権現もたくさんある。木造でみんな手を挙げるポーズ。ただし足は置いているのも挙げているのも色々。衣の線などもシンプルながら力強い。

十一面観音立像もあるが、頭上からお仲間は消えてしまっている。そして手には浄瓶があるが、なんとなく親しいような雰囲気がある。
そうか、食堂のおばさんが「はい、ファンタ」と持ってくるような姿に似ているのか。それで何か温かいような懐かしいような気になるのだ。とても優しい感じがある。

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