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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

大いなる遺産 美の伝統 洋画篇

さて次は近代日本洋画に行こう。

わたしは古美術も近代美術も好きだ。ニガテなのは現代芸術だ。

浅井忠『グレーの秋』 この色彩を見ると、日本の秋とは違うのだと感じる。無論植物相が異なるから当然なのだが、空気の違いと言うのも感じる。そして感じるのは、浅井の留学は彼の心を豊穣にしたのだなということだ。わたしは彼が向こうでどうしていたのかは知らない。
しかし、見る者にそう感じさせること自体が、成果ではないか。

黒田清輝『赤き衣を着たる女』 彼がラファエル・コランの弟子だと思うのは、女の横顔を見たときだ。美しくたおやか。わたしは黒田の婦人像を『美人画』とみなしている。そして彼の美人画をみると、位の高さを感じるのだ。

藤島武二『官女と宝船』 これは今回の洋画ではわたしの好みだ。
特に口紅の色。この色はわたしが大好きなよく使う色と同じだ。
それだけで嬉しい。手にした宝船には七福神でも七つの宝でもなく、花が乗せられている。いいなあ。わたしも彼女と同じ表情を浮かべてみた。――出来たかどうかはわからない。

岡田三郎助『あやめの衣』 ポーラコレクションにあると言うが、これは割りと親しくみている。わたしは武二と三郎助の美人が好きで、世に残るもの全てを見尽くしたいと願っている。
三郎助はどちらかと言えば可愛らしい女性をよく描く。綺麗と言うより可愛いタイプ。奥さんの八千代さんはなかなか美人だった。
なかなか展覧会がないなあ。

児島善三郎『ミモザと百合とその他』 ミモザの黄色さと百合の愛らしさと「その他」の花々の豪華さ。これを見てわたしは昔の小説『春泥尼抄』の1シーンを思い出した。大阪のカネモチのぼんちたちがバーで遊んでいる。バーの壁には児島の絵が掛けられていて、彼らはその絵の品評をする。「この画家は近頃病気がちやというけど、この絵はエエやんか」「そやなあ」そこへバーのママが来て、自分の審美眼を褒められたようで喜ぶ。
他愛のないシーンだが、わたしはこの件が大好きなのだ。

中川一政『駒ケ岳』 雄大と言うより天衣無縫と言う方がぴったりだ。
'87の作と言うことは、晩年は晩年なのだが、なんだか楽しい。
お孫さんが出た『敦煌』もこの頃かなあとか色々思い出した。

古賀春江『白い貝殻』 この絵を見て、東郷青児のシュールな作品を思い出した。古賀は『サーカスの景』が最愛なのだが、こうしたシュールな作品も決して嫌いではないし、作品を前にして色々と物思うことがある。女の巻きつけた布の色がきれいだが、なんとなくシュールな作品には選ばれる絵の具に規定でもあるのかと思った。

村山槐多『バラと少女』 東近美でよく見ているが、わたしが槐多を最初に知ったのは絵画作品ではなく、小説からだった。『悪魔の舌』だったか、怖かったなあ。その後どういうわけか槐多の伝記や評伝をよく読むようになり、乱歩が彼のファンだと言って『二少年図』を巡る話などを書いているのを読み、ますます気になった。しかし画家としてはどうなのか、よくわからない。

前田寛治『赤い帽子の少女』 寛治の少女が好きだ。ふっくらして目が大きくて。ポーランドの娘たちも好きだ。彼や満谷の少女や女が好ましく思うのは、肌の色だろうか。

林 武『富士』 梅原、安井の後の洋画界のスターだったと、わたしのかかりつけ医のセンセイが言っていた。センセイは林の大ファンで、数年前大回顧展があったとき、わたしがよかったよかったと騒いでいると、ニヤリと笑っていた。林の描いた青い着物の女の顔、センセイによく似ていた。『富士』いいなあ。センセイもあの世で見ているかもしれない。

佐伯祐三『リュクサンブール公園』 下方に人々を集めているが、目線はどうしても上方にゆく。眺めていって初めて人間に気づく。群集。
こうした作品を見ると、佐伯がパリで客死したことを想うのだ。

岡鹿之助『林』 木々の集まりが『林』なのだ。林の上の方に岡の「らしさ」があるように思う。そしてこの絵は、それから数時間後、建築家グンナール・アスプルンドの展覧会ポスターと二重写しになって、わたしの意識に焼きついたのだった。

関根正二『三星』 これは東方の三博士に見立てられた少年たちだ。馬小屋で誕生したイエスを祝う為に訪れる東方の三博士。
アウグスト二世がいた頃のボヘミア地方では、クリスマスから新年にかけて流浪の少年たちが三博士に扮して物乞いをすることがあったそうだ。これは小説『クラバート』に詳しい。それについて書いたこともある。
子供の頃、関根の『信仰の悲しみ』が怖くて苦手だった。
しかし数年前、この絵を見て劇的な転換が訪れた。この絵がいつから東近美に収蔵され、公開され始めたのかは知らない。だがこの絵を見たときからわたしは関根の残した作品に強い愛情を感じるようになった。たった一枚の作品から他の全てに愛が行き渡り始める・・・・・・。
小出の肖像画と『枯れ木のある風景』を見て以来、小出の大ファンになったのと同じだ。どきどきする。本当に、好きだ。

熊谷守一『御岳』 色彩感覚『きっぱり』と言いたい。これだけきっぱりした色彩センスは熊谷とディック・ブルーナだけだ。山があり空があり雲がある。空は水色。雲は二つに分かれている。なんかカッコイイぞ。

青木繁『海』 もう晩年早すぎる晩年、そんな絵だと思う。わたしは彼の浪漫的絵画が好きだ。なんだか可哀想に感じる。作品化のよしあしとか言う以前に、これらを見ると可哀想になるのだ。

坂本繁二郎『月光』 うすぼんやりした月光と顔の定まらない馬。何故だろう、なにか幸せの予感がある。もしかするとこの厩でイエスが生まれたのかもしれない。ほのぼのした気分が生まれてくる。

萬鉄五郎『裸婦』 小林聡美だってリサに言っている。「ニガテだって言うからニガテなんじゃん」そうだ。ニガテだと思うからニガテなのだ、ろうか・・・。でも、この裸婦ならなんとなくまだ・・・。

しかし同じ裸婦でも小出楢重『裸女の1』は好きなのよ。おしりがどーんとあるけれど、自分のことを『骨人』と言うた小出は肉付きのエエ女の人の絵をたくましくイキイキ描くのだから。絨毯の柄がなんとなく心惹かれるし。

藤田嗣治『私の夢』 悪夢かも。いつもの猫だけじゃなく、犬、狼、ねずみ、ウサギ、色んな奴らがお洋服着て『私』を取り囲んで・・・。
なんだかポール・デルヴォーの衛生博覧会を思い出す。見られているのか見せているのか、見ているのか。

中村 彝『自画像』 昔の人、などと書くのもはばかられるが、昔の日本人の年齢は今よりずっとオトナだった気がする。この人の自画像を見ると、そう思うのだ。

小絲源太郎『大雪』 本当にそんな感じがする。三十何年か前というより、先月の今頃の東京もこんな感じの大雪だった。
場所も時間も越えて。

安井曽太郎『霞沢岳』 私は安井の風景や静物が好きだ。特に渓谷。だからこの絵の前に立つとなんとなく安心する。
文藝春秋の表紙か何かを思い出す。山の空気を感じる。そんな絵だ。

梅原龍三郎『富士山図』 斜めに立てかけられての展示なのは、絵の具の塗り方のせいだろうか。凄い。斜めになっているのが臨場感を感じさせてくれる。うーん、遊びに行きたくなってきた。ここへ。
なんだろう、こういう絵は本当に大きく感じる。
個人の所蔵と言うが、やはりこうして斜めにされているのだろうか。
それを思うとなんだか楽しい。

国吉康雄『待つ』 いつもせつない。去年だったか回顧展を見たが、そこでは案外せつなさを感じなかった。しかし多くの絵の中に一枚国吉があると、必ず『せつなさ』を感じるのだ。
女はスカーフを巻いている。いつも国吉の女にはせつなさと来ない男の影を感じる。男が来てもきっと女は笑わない。

岸田劉生『二人麗子図』 泉屋分館で見たとき、これはドッペルゲンガーの絵だなと思った。麗子が描きたかったのかその現象を描きたかったのか。不可思議な微笑。作品の内容は全く違うが、石川淳の『喜寿童女』というタイトルが浮かぶ。劉生も大人になってから好きになった画家だ。

須田国太郎『樹上の鷲』 須田のよさが満天下に広まることを祈りたい。京都から東京へ大回顧展は続いた。わたしは須田の猛禽類が大好きだ。こいつもまあ、可愛い。樹に爪を立ててしっかり立つ鷲。可愛いなんて言うと鷲が怒るかもしれないが、本当に可愛いのだ。
愛い奴だなあ。

長谷川利行『浅草停車場』 昨日不忍池の弁天さんを通り抜けようとして、長谷川の碑を見た。長谷川は一度向き合いたい画家なのだが、機会が来ない。この絵を見ていると、私もその場にいる気がする。
どうして停車場と言うのはそうした錯覚を起こさせるのだろう。今から出てゆくからか、人を待つからか。

靉 光『花園』と香月 泰男『人と梟』についてはわたしは語る権利がない。対さなかったからだ。

山口 薫『金環食(蝕)の若駒』 極度に鋭い馬。それが並ぶ。そしてその背後に金環食。胸を衝かれるような感動があった。新鮮な喜び。色彩もとてもきれいだ。若い馬は立ち止まっている。しかし走り出す力を内に秘めているだろう。
私は実際に金環食を見たことがない。しかし現実のものを見たとき、この絵を思うことは確かだ。これまで金環食という字を見れば石川達三を思い出していたが、今度からは山口薫だ。

松本 竣介『都会』 私の知る松本ではないような絵だ。都会の中のこれはOLだろうか、彼女の立つ位置、都会の素描は鋭い。
その時代を思わせてくれた。

牛島 憲之『樹』 牛島のポンヨリした空間。この人を見ると神泉とルソーを思う。なにがどうと言うのでなく、なんだか、という感じ。

鳥海青児『ピカドール』 いつもセーターを思う。リボンの混ざった毛糸のセーター。それが似合うとか似合わないとかは問題ではなく、上等のセーター。なんとなく、オトナの人のセーター。

三岸好太郎『雲の上を飛ぶ蝶』 好太郎の蝶や貝殻を描いた作品が大好きだ。水色の空に浮かぶ蝶たち。ピンク、水色、ペンキのような塗り方。家に飾っても似合わないが、どこでもない場所に飾ることが出来る絵だと思う。
小学五年生の夏休み、絵を描き額縁に彫刻する宿題が出来なかった。水色を背景に蝶がいっぱい飛んでいる絵が描きたかった。
好太郎を知らない頃、子供だったわたしはイメージだけ豊かで技術も技能も持たない子供だった。叔父たちが手伝ってくれたので宿題は提出できた。蝶の代わりに手毬が空を飛んでいた。
私は蝶がほしかった。
それから二十数年たって、好太郎の絵の前にいる。

小磯良平『合奏』 小磯には親しい。神戸が近いからというだけでなく、病院、図書館、学校、ホテルのロビー、緞帳、壁画。行く先々に小磯の上品な作品があった。
実際のものだけでなく、カレンダーなどでも親しい。
この作品もどこかで何かで見ている。だから小磯作品がこうした場でお客さんの目を喜ばせていると思えば、それだけで誇らしい気持ちになる。

海老原喜之助『男の顔』 コクトーの作品を思った。海老原は好きな画家だが、この絵はどうか。戯画ではないだろうし、技法の実験でもないだろうし・・・ちょっと困った。しかもインパクトは強いようなそうでもないような・・・。

作品自体へのオマージュではなく、個人的感慨ばかりの洋画篇になってしまったが、そうした状況になるような心もちで回った洋画たちだった。
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コメント
趣味で洋画を描いてる友達が三岸好太郎のファンで、“雲の上を飛ぶ蝶”がよかったと言ってました。そんなとき、いつも彼に“日本のシュルレアリストの絵が面白いの?”とすぐ茶化しちゃうんです。ダリ、マグリッド、デルヴォー、ミロの絵を見ちゃうと、これらの画風をコピーしたような作品をみる気にはなれません。三岸の絵がどういう風に評価をされてるかはわかりません。良い悪いというのではなく、好みでいうと三岸は、北脇昇など共に近くないです。

同じことは印象派的な絵にもいえて、明治の洋画家もパスすることが多いですね。ですから、洋画に関してはあまり知らないのです。熱心に見ているのは梅原龍三郎、安井曾太郎、青木繁、岸田劉生、香月康男、須田国太郎、林武、東郷青児、岡本太郎、堂本尚郎くらいです。最近、池口史子を発見しました。あと、藤田嗣治と佐伯裕三がいますが、この二人は別格です。シャガールやブラマンクを観る感覚で接してます。

青木の“海”は色が浅かったですね。洋画家の画集は持ってないのですが、梅原の“富士山図”と安井の“霞沢岳”は代表作として載ってるのでしょうか?いずれも大きないい絵ですね。これも隠れた名画という感じがします。佐伯の“リュクサンブール公園”は昨年あった大回顧展にでてましたが、明るい空が強く印象に残ってます。

須田の“樹木の鷲”は東近美の展覧会を見たばかりですから、すっと絵のなかに入っていけました。須田は香月と同じく相当なカラリストだと思ってます。二人の作品からは崇高で深いものが伝わってきます。
2006/02/25(土) 17:25 | URL | いづつや #bfgOa1Xk[ 編集]
三岸は短い生涯の間に画風をコロコロ変転させたのですが、完成には至らなかったと思います。しかしシュールな絵はとても楽しそうなのです。健全な、シュール。
なんだか楽しくなる絵なのです。
意義があろうとなかろうと、その『なんとなく』が一番大事みたいです。
一言で言えば、『可愛い』のです。

今回ここに出品はなかったのですが、彼の妻だった三岸節子の芸術にはそうしたあいまいさはなく、対することで自己と向き合うような状況に入ります。
それは須田の作品にも共通することかもしれません。

安井の霞沢岳はあまり本には出ず『秋の霞沢岳』の方がよく知られているようです。
一水会を創立した頃で、第一回目には名作『承徳溂嘛廟』、それから第三回にこの作が出ているようです。わたしは安井の人物像はニガテで、趣味で絵を描く叔父とよく議論になります。
こうした山岳渓谷はよいのですが。

梅原のもわたしは初見です。画集を調べましたがわたしの手元の本にはありません。

三巨匠の他、フューザン会、白馬会、独立展、信濃橋洋画研究所系、二科あたりの洋画家を好ましく思います。

藤田は実は私にとってはフジタなのです。エコール・ド・パリの画家。佐伯は地元の人で、蟹とか人形とか、身近なものを題材にした作品に親しみを感じます。
パリの街角も良いのですが、これは作品以前の問題かもしれません。地元と言うのも良し悪しな面があるようです。

ところでなかなかTBが出来ないようです。残念。
2006/02/25(土) 18:46 | URL | 遊行 #-[ 編集]
こんにちは!
 今日、好太郎の貝と蝶を見てきました。記事の内容は少々違うのですが、書いてみましたので宜しかったら見てやってください。
2006/02/26(日) 18:54 | URL | xwing #lW1SJDGw[ 編集]
わたしは三岸の貝殻と蝶が大好きなのです。
全部見て回りたいくらい。

美術館の建物自体、小ぢんまりして可愛いですよね。
2006/02/26(日) 21:28 | URL | 遊行 #-[ 編集]
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