美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

俳画のたのしみ 近世編

伊丹市立美術館に併設されている柿衛文庫の「俳画のたのしみ 近世編」の最終日に行った。
まずチラシがこれですがな。
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いやほんまに江戸時代の明るさっていいですわね。
このチラシ見て思い出したのが十年くらい前の「耳鳥斎」展。あれも最終日に行ったばかりに図録完売・再刊なしという憂き目に遭うたもんで、それ以来色々と含むところが出来てしまったなあ。

俳画はやっぱり蕪村がいちばん好きで、彼以降の作品の面白さにハマっている。
弟子の呉春(月渓)などの若い頃の作品でも、師匠に似せた絵と書体がなかなかいい。
更に読むに読めない字だと思いつつ、蕪村の書はええなあと思うのだ。
個性が強すぎて読むのに四苦八苦させられた定家などよりずっと好きだ。

3期にわたっての展示替えだということだが、前期にはこのように蕭白の俳画まであった。
びっくりだわ。蕭白もこういうゆるい俳画を描いていたのだね。
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そう、俳画はそのゆるさが魅力ですなあ。
どこか大津絵にも通ずる諧謔性もあり、また抒情性もある。
わたし自身は短歌の方が好きだが、泰平の江戸時代に生まれた俳句の良さと言うものは、やはり他に替え難いと知っている。
そこに込められた江戸時代人ののびやかで、したたかな精神性を愛で、先人の知恵とワルヂエを敬い、見習いたいと思っている。

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宗因「ながむとて」句画賛 西鶴画 花見西行偃息図  偃息とは「えんそく」、「おそく」とも読むようで、意味は「横になって休むこと」とある一方で、転じて「偃息図」おそくずは春画・枕絵を差すようでもある。
句は宗因の人気作。「ながむとて花にもいたく馴れぬれば散る別れこそかなしかりけれ」
花見てて首が疲れたが上の句にある。
絵は気持ちよさそうに寝そべる西行法師。

西鶴自画賛12か月より12月 月次絵。昔は大晦日がその一年の集金の締日で、これを逃して新年になってまうと、前年のツケも借金もパァ、消えてしまうというシステムがあった。なんでやねん、と思うが現代とは異なる金融システムだからなあ。
「御家人斬九郎」などでも、年中貧乏の松平家は母上の真佐女さまと倅の斬九郎の二人が小さくなって押し入れで隠れるということをしていた。
岸田今日子さんと渡辺謙の母子は絶妙だった。
ここでは集金周りの手代二人が夜道を小田原提灯ぶら下げて歩く図。節季候ではない。

立圃 盲者の画巻(三画一軸のうち) これは芭蕉「旅の画巻」、其角「乞食の画巻」とつながった巻物で今回はこれが出ていた。世間がお花見に浮かれている時期、盲人たちも楽しもうと音曲を奏でたりごちそうを食べたりする図。

一晶「松虫や」句自画賛 小堀遠州図 宗匠頭巾の遠州が臼でごーりごーりと茶を曳いている図。

一晶「幾廻る」句自画賛 鴨図 2羽のカモップルが泳ぐ姿。案外としっかりしている。

芭蕉「山吹や」句自画賛 山吹図 芭蕉は一重の山吹が好きだそうだ。わたしは一重もいいが八重の山吹が特に好きだ。 
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芭蕉「枯えだに」句自画賛 枯れ木に烏図 1羽だけしょぼんと木に止る。案外よく肥えてて可愛い。ちょっとうつむき加減。仲間待ちなのかな。
「枯えだに からすのとまりけり 秋の暮れ」

この句に影響を受けたのではというのもある。

卓池「枯々や」句自画賛 枯木に烏図 こちらは6羽の烏のシルエット。丸い頭に三角の嘴に丸めの躰。句は以下のとおり。
「枯々や 尾花ふくらむ 江の東」

野波「けふもまた・初雪や」句自画賛 オランダ帽図 ベールのようなものがついたオランダ帽に菅笠がくっついてる面白い構図。それが風に吹かれている。

許六 百華譜 花を女に見立てて、花は小奇麗に描くが女への辛辣な批判を。

許六「淡海や」句自画賛 雪景図 上部に小さく黒い鳥がしゅっと飛ぶ。
「淡海や 月代はやし 雪の暮」

元禄時代の俳句熱が凄かったのはわたしも知っている。
色んな大会も開かれたそうだし、現代のツイッターが世界の内で特に日本人に愛される理由として140字の制限が、俳句や和歌の字数制限で日本人は慣れているからだ、というヨタだか仮説だかもあるくらいだ。

さてここである意味元禄の象徴の一人たる紀文こと紀伊国屋文左衛門が登場する。
彼の俳号は「千山」…少林寺のようだな…
「腐ったる」句自画賛 傾城図 ああ、なんかもう吉原で小判まき散らして、雪を台無しにしたのを思い出すなあ。

鬼貫賛・春卜画 四季草木図巻 優しい筆致で菜の花、ワラビ、白躑躅、アザミなどが描かれ、そこに句が添えられている。

加賀の千代女の句自画賛もある。
あの有名な「朝顔に釣瓶とられて貰い水」ではなく、昼顔の句。絵は木橋。
「昼がほや ひるのうきなも 橋わたり」
ふふふふふ、わたしはドヌーブ「昼顔」が蘇りましたよ。
江戸の女も「昼顔」してたのかもしれない。

淡々「潮照や」句自画賛 山図 二つの山脈が描かれていた。その間の盆地。
「潮照や 生駒むこ山 二しぐれ」
これは大阪南部の生駒山(奈良との境界線)と武庫山(今の六甲山)をいい、どっちも時雨れてるなという情景なのだが、ほんまにリアル。
この句は大阪に住まわぬとわからんかもしれない。
ことにわたしのような北摂の者がそれにあたるのかもしれない。
西には六甲、東には生駒。六甲は特にわたしにはなじみ深く、生駒はむしろ河内の者たちのお山かと。
ついでにいうと「六甲おろし」はもちろん阪神タイガースの歌、「大阪しぐれ」は都はるみの歌、なお「河内おとこ節」では「わいのオヤジは生駒山」の歌詞もある。

蕪村「角力」自画賛 5人の連句。ハッケヨイ、残った残ったの図。相撲ではなく「角力」の方の字。

蕪村「みじか夜の」句自画賛 武者図 こういうのがまた遠目からでも蕪村やんとわかりますなあ。

蕪村作品はけっこう入れ替わってたようだ。
ここには出なかったが逸翁美術館にある蕪村の俳画もとてもいい。

樗良 自画賛巻 杜鵑が描かれているようだが、どうも胴が筒状になっていて、えびせんのエビの胴のように見える。それと女郎花、雁行。

几菫「うぐいすの」句画賛 月溪画 丹後鰤図 おっちゃんニコニコ鰤を持つ図。
「うぐいすの つかいはきにけり 丹後鰤」
鰤の字を間違うて獅と書いたのを赤ペン添削済み。二人の仲の良さを示す。

月溪「大津絵」自画賛 軸物で上から藤娘、槍持ち奴、念仏鬼、寿老人、鷹匠の若者。
蕪村、「キ角」、乙由らの句がある。
其角もめんどいときはキ角とサインするのだなあ。
鈴木其一も「キ一」にしたら…あかんか。

月溪・几菫「煮びやしや」句画賛 老人図 お客さんに煮びやし料理を出そと支度してたら、えらいこっちゃ予定より人多いやん、焦るがな~というおじいさんが慌てる様子の絵。
「煮びやしや つもりの外の 客二人」
あきませんぜ、急な予定変更は。なんしかこのメニューは手間のかかるものなのでお気の毒なことですな。

月溪「名月」句画賛 芭蕉・其角 この師弟二人の後姿というのがええもんです。
とはいえわたしは芥川の「枯野抄」をちらっと思い出してもたけど…

月溪「俳諧新歌仙図」自画賛 許六・千代女・丈草・半時・太祇・夜半(蕪村)・移竹の七人。蕪村風な絵と書で明るく描く。
蕪村もええお弟子を持ったと思います。

ここで言うのも何やけど、サントリー、MIHOさんで「若冲と蕪村 同い年の二人」展を見たが、結局のところ自分が本当にええなと思ったのはやはり蕪村の方だった。
若冲は若冲でいいのだが、蕪村の日常のにこにこ・なごやかさというのはやっぱり尊いと思うわけですよ。そこはかとなくギャグも多いし。
若冲にはある種の鋭さがあって、それがわたしにはヒリヒリさせられて困るのだ。

月溪「三十六歌仙偃息図」草稿画巻 みんなそれぞれ好きな態度で楽しそう。

蕪村句稿断簡 九老証画 琵琶法師図 なにやらしょぼんである。
この九老とは紀梅亭(楳亭、の方でわたしは知った)のことで、以前には大津歴史博物館で展覧会もあった。その時の感想はこちら

彼は蕪村一門の高弟で大津で20年ほど機嫌よく暮らしていたそうな。
天明の大火で京都から逃れたというが、思えば若冲は中豊島村界隈にまで逃げて行ったし…

蕪村句稿断簡 九老証画 公達図 こちらもいわゆる「嫁入り手」の一つ。二人の公達がいる図。
これでおカネを得て、師匠の娘の再婚資金に充てようというわけです。やっぱりね、おカネがないとね、再婚した先で小さくなるのもね、いやそれよりも、また厭な目に遭うたときにね…

自笑 蕪村「乾鮭や」句画賛 九老画 乾鮭図 でたーーーっ久しぶり!大津で一別以来のカンパチコに乾いた新巻鮭!!!もうホンマに物凄い顔つきの鮭!ガジガジ。
なんかもうこのド迫力にヤラレますわw

後出の「在原文庫 仁」の本にもこの鮭の仲間が登場。そっちは白目というか目玉無くなって、白い空間ぽっかりなのが余計に怖いわい。

也有「みみづくや」句画賛 東甫画 也有像 也有は琵琶が得意だったようで平曲をよくやったそうな。
「みみづくや 我さえ笑う かげぼうし」

也有「草刈の」句自画賛 草刈童子図 柳の下で頭頂をくるりと削いだ男の子が笛を吹く図。目を閉じて気持ちよさそうな顔。
「草刈の 手に残りけり まつり笛」

也有「枯てこそ」句自画賛 初鰹図 おーーー、上方ではそない初鰹には執着ないもんなあ。

蓼太「我がものに句自画賛 女郎花と婦人図 この句はうまく、またせつなくもある。
「我がものに 手折ればさびし 女郎花」

一茶「両国の」句自画賛 鳩図 あのゆるい鳥、鳩やそうです。これはなにかというと、
「両国の はきにはに成る 寒哉」
将軍家のお鷹狩の御成日には、両国広小路の普段は見世物なんかでワイワイ賑わうあの界隈が、キレーーーに更地になるわけです。それず「掃き庭」で、なんもない様子。鳩もしょぼん。
両国広小路の賑わいの様子は江戸博の巨大なジオラマで「こんな感じか」と味わえる。

岳輅「香ににほふ」他句自画賛 古狸図 おお、琵琶を弾いている狸。そういえば11世片岡仁左衛門が明治のいつ頃か、「平曲のうまい狸がおる」というのを聞いて、わざわざ十三(当時は草っ原だったというが)にまで行って狸の琵琶を聴いたそうなが、その狸の幻術にかかって不思議なものを見た、と川尻清タンに語っている。

大江丸「花ふぢの」句画賛 芳中画 山水図 これはもう南画ですな。

月居「よきつまを」句画賛 芳中画 お多福図 垂れ眉の女の人。

抱一「夕立や」句自画賛 雨宿図 みなさん雨宿り。
「夕立や 軒端にあまる 馬の尻」
そう、馬のお尻がよくぬれてます。
抱一の俳画は叙情的なのが多くてよろしい。
畠山記念館の苫家の屋根に猫がおるのなんかが大好きだ。

「春興探題追分絵」横本で大津絵に発句がついている。

「海の幸」どーーーんっとカツオの絵。

大江丸の追善もある。享年84。文化2年3月18日。芳中のロングで捉えた町なかの絵。その道を歩く白の上下姿の人。これがもしかすると大江丸かもしれない。

「光琳画譜」 お多福を取り合いする大黒とえべっさん。
芳中のゆるい絵ですな。

蕪村の書簡10月23日付 春卜の本を貸してくれるかな、という内容のもの。当時既に春卜の絵は人気だったそうだ。

とても楽しい展覧会だった。もっと早く見に行かなくてはなあ。
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