美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

「月映」展

東京ステーションギャラリーで開催中の「月映」展に行った。
開催から間もない頃に行ったのに感想を挙げるのは終幕間際である。
既に愛知県でも開催されていたが、ここで待った。関西に来るのか来ないのかは知らない。
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三人の版画同人誌「つくはえ」の原画作品を最初に見たのは千葉市美術館か和歌山市近代美術館かのどちらかだと思う。
千葉にしろ和歌山にしろその近代版画コレクションの見事さは群を抜いている。
日本の版画コレクションの双璧ではないかと思う。

わたしは近代版画の場合、自刻自摺・江戸以来の職人たちの共同作業、そのどちらも大変尊いと思っている。
そしてどちらにも深い愛情がある。

「月映」
田中恭吉、藤森静雄、恩地孝四郎。
若い三人の情熱とそこに差し掛かる不穏な死の陰りと、時間がないからこその懸命なあがきとを見る。
生き残り、大成した者の出発点でもあり、青春を・生命を捧げ尽くして死んだ者のレクイエムでもある「月映」。

わたしはあまり文学や美術関係の同人誌の状況というものを知らない。
わたしが知るのは別なものだから比較にならない。
だが、明治から大正、そして戦前の若者たちの疾駆する姿を知らないわけではない。
かれら百年前の明治末から大正初期の若者たちが、それぞれ夢を懐き、苦しみ、懸命に疾駆しつつ、突然倒れるということにときめいてもいた。
白樺派の若者たちにも夢中になったが、最初にときめいたのは木原敏江の描く旧制高校生たちだった。

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わたしの手元には「月映」の作品を掲載した図録が二冊ある。
1999年の千葉市美術館「日本の版画 2 1911―1920 刻まれた『個』の饗宴」
2010年の和歌山県立近代美術館「日本近代の青春 創作版画の名品」
重複する作品も多いが、とても貴重な二つの図録である。

かれらは先達の夢二に憧れもする。夢二と恩地との交友は結果、夢二の晩年まで続く。
実際のところ、夢二美人のヒットも大きいが、かれの版画作品のうち、植物や小動物、或いは燐寸などをデザインしたものは、百年後の今日も決して古びず、愛されている。
当時の人気はその作品数からもうかがえる。

交流を持ったほかの若き版画家たちの作品も並んでいた。
香山小鳥のせつない作品がある。
田中恭吉同様香山小鳥も夭折した。その作品は和歌山に多く収納されているが、以前に見たものが静かに出ていた。
いずれも印象的な作品であるが、それだけにもっと生きていてほしかったと思うのだ。

早くに死んでいく者の作品は、やはりどこか哀しい。
谷山浩子「冷たい水の中をきみと歩いていく」、あの歌は彼らを思わせもする。
透き通るような純粋さが作品を高めている。
どん底をゆく絶望的な人物を描いていても、なんら不純なものはない。

見た目の美しさだけが美ではない。
おぞましさを取り込んだものであってもそこに純粋な真情がこもれば、作品は美しい。
そのことをここに並ぶ三人の版画から知る。

個別に作品の感想を挙げても、わたしが受け取った感銘は伝えられない。
そのことに気付いたわたしは書きようがないと思った。
それで結局こんなに日延べしてしまった。
しかし一方でこうも思うのだ。
『わたしがこの展覧会で受けた感銘の深さ、それを誰にも知らせぬまま仕舞い込むことで、より熟成されてゆくに違いない』
だがわたしは今、書いてしまっている。

田中の「赤き死の仮面」、これはポーの小説からのイメージなのかもしれない。
わたしはあの作品にある種の軽やかさを見出していたが、この作品はそうではなく、地で死ぬ人のイメージがある。

藤森の描く男性像に対し、ある種の嗜虐的なアプローチをかけてみたくなる。
いくつかの作品に現れる、その場から身動きも出来ぬ青年たち。彼らを捉える手から解放してやる替りに、今度はわたしがその肉体と魂を鞭打ちたい、と思うのだ。

抽象表現に進む恩地孝四郎。
だが、情景を描いた者には深い叙情性がある。そのあたりがとても好きだ。

結局、どの作品に対しても愛情が向かうので、細かなことを書く必要性はないのだった。
いつもの感想とは趣が異なるが、これでいいと思っている。

11/3まで。

追記:愛知県美術館のチラシを挙げておく。
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