美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

中一弥 追悼

104歳になられた挿絵画家・中一弥画伯が亡くなられたそうだ。
つい先般、「剣客商売ムック」の表紙絵を新たに描かれたところだったのに。

今、このFC2はAmazonの紹介が出来なくなっているので作品を引っ張って来れない。
そこで、自分が特に好きな「剣客商売」文庫版表紙絵を挙げる。

イメージ (47)

「辻斬り」はロングで夜半の橋上での戦いを描く。ぱっ と提灯を投げつけることで、相手を牽制する。
後は本体を読め、という巧い絵である。
物語を知らずともこの絵からの情報でドキッとし、「どうなるんだ」と気になって本文を読む。
挿絵・口絵・表紙絵の魅力とはそれだ。
文を読ませるために魅力的な絵を描かなくてはならない。
それが出来るのは一流の挿絵画家の力だ。
そしてタブローにない魅力がそこにある。

「待ち伏せ」も同じく、どこかの侍どもが主人公の老剣客・秋山小兵衛を斬ろうと駆けてくる。
小雪の降る中、足跡が静かに続くその道での殺戮である。
しかしながら小兵衛の手にはこれも抜身の刀がある。
小兵衛の強さを知るわたしたちファンは「ああ、逆に殺られるな、この侍ども」とにやりとしつつ、次の瞬間の小兵衛の動きをみたくてたまらなくなるのだ。
池波の文章をまねるなら、
「転瞬、振り向いた秋山小兵衛が
鋭っ
相手の肘から先を切り落とした。」
そんな状況が来るだろうと期待させられるのである。

「十番斬り」は江戸情緒のにじむ佳い場面である。お江戸の橋を行き交う人々。どこかの商家の小僧は川面をみている。
何やら話し合いながら橋を渡る侍の男と女。
物売りが黙って歩く。何を売っているかで季節がわかることもある。
江戸のどこかの橋の上を往く人々、それだけで何かしらよい気持ちになる。

「浮沈」は池波正太郎の「剣客商売」シリーズの最終作である。現状のラストシーンを読むと、まだ本当は完結していないのを感じるが、しかしこの長編の一篇にはところどころに死の影が差している。
表紙はおはるが漕ぐ自家用小舟でやってくる秋山父子の姿が描かれている。
おはるも大治郎も真面目な顔をしているが、小兵衛だけはにこにこしている。
93歳まで生きる、と作中にはっきり書かれている小兵衛である。
そしてこの「浮沈」では唐突に、おはるや岡っ引きの弥七や医者の宗哲先生の没年などが記されるのである。
そしてこのことを踏まえて改めて中画伯のこの絵を見ると、これまでとは違う考えが湧いてきた。

今、わたしは「来る」と書いたが、もしかするとそうではなく、これから岸を離れて去ってゆく姿なのかもしれない。
もう二度と新作の出ない「剣客商売」の人々が彼岸へ行く姿を中一弥は描いているのかも、と思ったのだ。
これは根拠のない妄想かもしれない。
しかし今、舟からにこにこと手を挙げる小兵衛を見ていてそんな気がしている。
そしてそれは中一弥画伯から池波正太郎への想いが込められているのかもしれない。
むろんこれはわたしの勝手な妄想なので、実際のところは何もわからないが。

文庫版では表紙絵だけだが、単行本には挿絵がすこしばかり掲載されている。
わたしは「剣客商売」は単行本の方も併せて所蔵している。
そのうちから少しばかり風景画を選ぶ。

イメージ (48)

赤坂溜池である。本当に池があるのだ、と現代人で大阪人のわたしは「おおおー」と思う。
案外にぎやかである。省筆でさらりとその賑わいを描いている。

イメージ (49)

橋場不動院 お寺を奥にして、民家が結構建て込んでいる。
大治郎はここからもうちょっと行った先で暮らしている。

どの絵を見ても情緒豊かないいものだと思う。
斬り合いのときには迫力があり、一方で市井の中での楽しさ・悲しさ・苦しさを大げさではなく、さらりと描く。
本当によいなあ。

ちょっと泣けてくる。
思えば池波なんて平成になった途端に亡くなってしまったのだ。
30年近く経ったが、今もしばしば再読するから、死んだなんて信じられない。
時代小説は息が長い。
とうに死んだ作者のものでも刊行され続けている限り読まれ続ける。
池波、シバレン、周五郎、綺堂…
来年はシバレンが亡くなって40年、岡本綺堂で80年くらいか。
それでも面白いものは面白い。
そしてその面白い小説に寄り添う挿絵の面白さ。
池波には中一弥がいた。
池波ファンの脳裏には吉右衛門扮する鬼平と中一弥えがく秋山父子らの姿が強く刻まれているのだ。

中一弥の息子は小説家・逢坂剛である。
彼のための仕事も中画伯は請け負うていた。
とても魅力的な父子だと思う。
形は違うが、やっぱり剣客商売を思う。
画伯が小兵衛、逢坂剛が大治郎・・・
そんな風に思うのが楽しい。

中一弥画伯。
長らくありがとうございました。
ご冥福をお祈りいたします。
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