美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

数寄者 住友春翠 きれいさびを求めて

泉屋博古館の鹿ケ谷の本館へ行った。
生誕150年記念ということで住友家の15世吉左衛門友純の集めた茶道具などが集められている。
前回の展覧会は特に須磨別邸を飾った西洋の名画の特集であり、今回は大阪の茶臼山本邸などでの茶会に使われたお道具を中心とした展覧会である。
タイトルは「数寄者 住友春翠 きれいさびを求めて」である。
そして徒歩五分ほどの野村美術館とタイアップしての「春翠の色気・得庵の男気」という企画の一環でもある。
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前回の感想はこちら
「邸宅美術館の夢 Baron住友春翠」

元々は西園寺公望公の弟として生まれ、住友家の養子に迎えられた人である。
年降るほどに東洋回帰、日本回帰へと嗜好が移り、茶会もしばしば執り行った。
その茶道具を拝見し、春翠がどのような楽しみを味わったかを推察する。

1-1 茶臼山本邸の概要 茶臼山でお茶を
今の天王寺公園である。大阪市立美術館も慶沢園もみな住友家の茶臼山本邸の跡地。
美術館の所蔵品は市民からの寄贈品が大半。市や府の購入品が基礎ではない。
そのあたりのことを市長も知事もきちんと理解しないといけない。

住友史料館から当時の写真などが出ている。立面図もある。それを見ながらアタマの中でCADを起動。
和の大邸宅。その大玄関正面写真もある。
IMG_20151108_124819.jpg

1-2 茶臼山邸の建築と庭園 明正のコラボレーション
春翠本人もとても楽しみにしていたのを感じる。親族から贈られた茶室の扁額などもあり、もし今も存続していたら、と茫洋とどこかを見る。

大玄関の建具の図案がまた古式ゆかしいもので、そのくせどこか異国風な華やかさもある。
それも当然で法隆寺や手向山神社の意匠を参考にしている。
これらのプロジェクトで春翠がたよりにしたのは表具師の井口邨僊。
この展覧会では後から後からこの人の関わった仕事が出てくる。

庭園はもちろん小川治兵衛。植治の仕事。京都の東山のほぼ全域を彼の作庭が占めている。
そして最大の顧客はこの住友家。
恵沢園と当初名づけられたが完成後には「慶沢園」となった。むろん植治のお仕事である。
住友家の鹿ケ谷の庭園にかつてお邪魔させていただいたが、こちらも当然植治で、銅を使っているところが「銅吹き」の住友らしいと思った。
昔あげた記事はこちら

後に出るが、井口が慶沢園を描いたえがあり、それは森のようなものだった。

1-3 茶臼山邸の茶席
茶会記がある。高橋箒庵の「東都茶会記」1912-1919のもの。
箒庵からも春翠の茶会を褒める言葉がそこに書かれている。
そして知足斎という茶室の立体図と平面図がある。
継ぎ足し継ぎ足しという風にみえるが、最初からそのような設計なのである。
そうした変化を愉しむ心、それがやはり茶の湯には大事なものなのだと思う。

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2.茶人 春翠
茶臼山本邸の広大な敷地内に点在した茶室の写真などをみたあとでの鑑賞となる。

喚魚亭 都鳥英喜 1922 ああ、写真の右側にあるあの、と見当をつける。
絵は秋色。

茶杓が並ぶ。春翠本人の手作り茶杓は「春霄」(春の空の意)、「長生殿」、「和気自春」。
いずれも白くたおやかな茶杓。1921-1922.
黒い茶杓は高橋箒庵手製の「東山」。1926.銘の「東山」の字は兄・公望による。

大正年間の春翠の茶会記を見る。
元伯の横一行、花入れは唐津で菩提樹(!)と白椿。元伯のは前に茶道資料館でみた「邂逅比丘不期明日」。その時の感想はこちら。
ここでも見ていたので、やはり縁の深い言葉なのだろう。

春翠は言えば「気ィ遣いの人」なので、いかに良い茶会を開くか心を砕き、ブレーンでもあった前述の井口などにもよく相談したようだ。
ある茶会では野村得庵、画家の上田耕甫などを招んでいる。そのときもいかに楽しませるかに気を遣っている。

茶臼山本亭の棟札を三種みた。
左:洋館 日高胖 大正五年、中:本邸 棟梁は八木甚兵衛 表書きに春翠の名 大正二年、右:八木の弟子・高木多吉 大正六年。
とても立派な棟札だった。

茶臼山本邸での大正八年の大がかりな茶会に使われた二つの中興名物が現れた。
瀬戸肩衝茶入 銘・真如堂
小井戸茶碗 銘・六地蔵
これは先代吉左衛門友親の三十年忌追善茶会に使われた。
友親は明治20年に六地蔵を手に入れたが使わぬまま他界。
この茶会でお披露目。そしてこの六地蔵に比肩できる茶道具を集めるのに春翠は本当に心を砕いたらしい。
真如堂を手に入れたのもこの会のためだったそうだ。
そして腹心の上田や井口をよんでお茶の稽古に余念がなかったとか。
住友家もいい養子をもらったものだ。

ほかにも大正十年の知足会、漱芳会(鹿ケ谷での茶席)などに使われた茶道具が並んでいた。
中で面白いのは釜。
玄々斎好鯱釜写 大西浄寿 黒いので鉄かと思えばさに非ず、唐銅という非常に珍しい釜。「青銅器好きな春翠」の面目躍如。なお耳が鯱である。

佐竹本三十六歌仙絵切 源信明 妙に足袋が可愛いな。
この本物を見た後、北山会館で壬生忠見のミニチュアものをみた。

秋野牧牛図 伝・閻次平 南宋 これは国宝なのだが、なんだかとても親しみやすい絵で好きだ。牛の親子が眠り、牧童は仲良くしあい、そして一頭の牛だけどこかを見ている。単にそれだけだが、とても心に残る。

丹波茶入 銘・山桜 黒と茶色だけなのに確かに胴ッパラから裾に欠けて可愛い花が咲いている。そんな釉の流れ方は山桜と言うよりむしろチューリップ。

春翠作画の東方朔とそれを鋳込んだ釜もあり、一方で仁清の白鶴香合があり、また宮川香山の水指にはハート形の隙間も作られている。
唐代の狻猊鏡、もっと古代の饕餮くんのポットも出ている。

2. 日本の美を愉しみ、飾る
ここでいいものを見た。
木島櫻谷の柳櫻図屏風をL字型の配置で展示していた。きちんと六曲に曲げられていて、L字型になることで柳と櫻の存在感が高まり、とてもよかった。まっすぐにのばされるのもいいがこのように折られ、しかも空間を狭めることで親密感が高まる。素敵だ。

椿椿山の三幅対もいい。牡丹と藤のこぼれる籠、ピチピチのアユ、ふわふわ舞う蝶々。

板谷波山のやきものもたくさん出ていた。同時代人として春翠は波山作品を買い求めながら、どのように心躍らせたのだろう。そのことを思うのも楽しい。

最後に春翠の拵えた豆本があった。可愛いなあ。
そして彼の直筆「日尚不足」の文字。いい字だった。

ああ、いいものを見せてもらった。ありがとう。
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