美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

大谷崎と挿絵の世界

芦屋市の谷崎潤一郎記念館で「大谷崎と挿絵の世界」展をみた。
谷崎は挿絵の価値をよく知る人だった。
これはこの世代の作家の共通項だったのかもしれない。
絵にそそられ、そこから本文を読んでみようかと思う読者が多くいたのだ。
わたしなどはその最たるもので、弥生美術館で挿絵や口絵を見るうちにうずうずしてくる。それで本文を読むのだから、やはり挿絵の力と言うものは大きい。

さて今回の展覧会では谷崎がいかに挿絵・装丁に対し深い理解と、また熱望とを懐いていたかを思い知らされた。
すぐに思い浮かぶ谷崎作品の挿絵と言えば、「鍵」棟方志功、「魔術師」「人魚の嘆き」水島爾保布、「蓼食ふ蟲」小出楢重、「聞書抄」菅楯彦、「少将滋幹の母」小倉遊亀、「幼少時代」鏑木清方などか。
口絵では「お艶殺し」山村耕花、「お才と巳之介」竹久夢二、それからカバーものでは「痴人の愛」岩田専太郎。
将に豪華絢爛である。

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「蓼食ふ蟲」は谷崎文学の大いなる転換というか分岐点となった作品で、西洋礼賛だった作家が日本の古典・日本の美に眼を見開かされた作品である。それもその方向へ谷崎を導いたのは小出楢重の挿絵だった。
実際、谷崎の小説本体がまだ届かない時に「こんなのです」と連絡が入ると小出は想像で絵を描く。入浴シーンにしても当初は洋風のバスだったのがいつの間にやら五右衛門風呂になる。その絵を見た谷崎はどんどん和の美に取り込まれてゆく…
面白いのはそんな風に和の美の道を谷崎に披いた小出本人が、生活上は洋風を貫いていたことである。理由は本人の随筆によると「骨人」だからということで、それだけで大いに笑わせられる。
小出は座談・随筆の名手でもあり、その挿絵は洋画家のものとは思われぬ墨絵作品で、これがもう実にいい。
実際この挿絵を見ても、しみじみと「ああ、和とはええもんや」と思わせられるのである。
谷崎はこのシーンで小出にこんな依頼をしている。
「その女の献身にラマ教の仏像の菩薩のような歓喜があふれている」ないなら「インドの仏像風でもというようなことを書いている。

小出は谷崎と家族ぐるみで仲良く付き合っていたが、気の毒に40代の若さで亡くなった。その死の前日も谷崎と会っていた。
谷崎は小出を讃え、随筆にもそのことを記している。

北野恒富には「蘆刈」「乱菊物語」の挿絵がある。谷崎は「盲目物語」の口絵に「茶々殿」を使わせてと言ったりしている。そう、この前の記事のあの「茶々殿」である。
今回の解説で、谷崎は松子を通じて恒富を知ったということを知った。

「蘆刈」からいくつか出ている。
「雪の朝」は王朝風美人がそっと戸を開け、口元を袖で覆いながら顔を出す。紅梅に雪が積もっている。
また小舟に乗る絵もある。
恒富への封書があった。「大軌奈良線花園駅前 北野恒富様」という宛名である。

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誰かに依頼されたわけでなく、純然たる感動から谷崎世界を絵にした人がいた。
和田三造である。「春琴抄」を絵画化していた。解説によると「構図や大阪風の家のつくりなどに苦心しながら」描いたそうだが、これで思い出すのが「春琴抄」映画化の際の小村雪岱の苦労。かれもまた大阪の家の構造がわからず、わざわざ出張して船場の商家を何軒が実地調査している。
東京の人ではわからなかったのだろうなあ。尤も今の大阪の若い人らもわからんわな。

和田のその逸話は「赤色エレジー」を思い出させてくれた。
林静一のマンガに触発されて勝手に歌を作るあがた森魚の話。

谷崎は源氏物語を現代語訳している。旧版では清方が宣伝ポスターを描き、新版では弟子の伊東深水がポスターを手掛けていた。どちらも令嬢が熱心に読書中の絵。
和装モダンな彼女たち。

この「源氏物語」は画家たちの競演が素晴らしく、安田靫彦の装幀、後から加わった松篁さんらの作品が出ていた。

リアルタイムではないが清方の「刺青」もよかった。彫りあがった背中を見る女である。
「燦然と輝く背中」を見ようとする女。
清方は清潔な絵が多いが、大正時代にはやはり濃艶な女も描いていて、「刺青の女」というアブナイ絵を描いてもいる。

新聞連載時は田中良の挿絵があった「痴人の愛」だが、こちらはモダンなエロさがあった。しかし小説の本質を想うと、岩田専太郎の「苦楽」での「絵物語」のがより物語の本質に近いようにおもえてならない。

水島の「人魚の嘆き」は「魔術師」ともども挿絵入りのが刊行されている。
わたしが持っているのもむろん水島の挿絵入り。日本のビアズレーと謳われたのも当然である。

今回、初版の時の挿絵画家・名越国三郎による二枚の挿絵が出ていた。初めて世に出た絵である。発禁処分を喰らった絵。しかしどこがどう引っかかったのかはわたしにはわからない。

雪岱もまた本の装幀に取り込んでいたらしい。「近代情痴集」の表紙絵がいい。
他に山名文夫まで谷崎の仕事をしている。

棟方志功との晩年の「コラボ作品」は豊かな世界だった。
二人でこしらえた「歌々板画柵」などは今も人気だ。
小磯良平まで「細雪」の装幀をしたとはびっくりだ。とはいえ、とてもよく似合っている。

ああ、いい内容だった。12/6まで。
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