美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

陸奥A子+ふろく展

弥生美術館では陸奥A子+ふろく展が好評開催中。
イメージ (8)

マンガの原画なので何回か展示替えがあるようで、わたしは中期の分を見たようだ。
70―80年代の少女雑誌「りぼん」の看板の一人。付録もとても多かった。
大抵の少女は「りぼん」か「なかよし」に分かれて購入していたが、わたしはその当時「花とゆめ」の熱心な読者だった。
とはいえ「りぼん」も「なかよし」も毎月読んでいた。
それは学校で双方のファンから貸してもらえたという状況がある。
クラスではわたしだけが「花とゆめ」の購買者だったので、みんなが「仲間に入れてやろう」と思ってくれたのだろう。
(尤もそれだから今日に至るまで三原順「はみだしっ子」への愛情が持続しているわけだが)

その当時、実は陸奥A子作品にあまり関心がなかった。
彼女のキャラたちに似た人が周りにいなかったからかもしれない。
すっきり細身の優しい少年もいなかったし、丁寧に生きる少女たちもいなかったから、とても遠い距離を感じていたのだ。
そういうことをいうなら他のすべての作品もそうなのだが、なぜか陸奥さんにだけは距離を感じていたのだ。
そして同時にわたしは身近な日常を描いたものに関心がなかった。
少女の恋に興味がないのだ。
これがわたしから陸奥A子作品を遠ざけていた最大の原因ではないかと思う。

しかし陸奥さんの作品は世間ではやはり人気だった。
わたしは同じ「りぼん」誌でなら田渕由美子が圧倒的に好きで、それは今日にも続いている。「砂の城」の波乱万丈さにドキドキしながらも一条ゆかりは怖すぎたし、太刀掛秀子の「花ぶらんこゆれて…」は絵の愛らしさとストーリー展開のちょっとした落差にギクッとしていた。彼女らの作品は今も時折思い出すことがある。だが、その時代の陸奥さんの作品には本当に関心がなかったので、目の前に並ぶ原画にもあまり記憶がない。

ただ、今の30年後のわたしは陸奥さん描く少女と少年の恋物語に和やかな眼を向けていた。
「おとめチック」と呼ばれたその作風を、微笑ましい心持で見ている。
それはあまりに遠くなったあの頃を回顧しての優しいまなざし、というのではなく、今のわたしの心がようやく陸奥さんの優しい感性を愛せるようになった、ということなのだ。
おそらくあの当時は「うらやましい」=「ねたましい」=「腹が立つ」だった少女と少年が、今のわたしには「やさしくて、なごやかで、あたたかくて、いいなあ」と感じるようになっているのだ。
なんの成長も実感したこともない人生だが、こう思えば案外わたしの心も変わってきているらしい。

一方、実はわたしは大人になってからの陸奥A子作品のファンなのである。
「YOU」誌で連載があった頃、「ああ、あの」と過去を思い出しつつ素直に作品を読み、そして「いいな」と思ったのだった。
大抵は静かなたたずまいの大人の女性が主人公である。
しっとりしているのではなく、うわっついていない、ということである。
むろんわたしからはやはり遠いタイプではあるが、なにかしら通じるものを感じる。
描かれた女性たちはみんな無傷ではないのだが、それをさらりと背中の後ろに追いやって、今を生きている。
そこには無論、加齢への焦り、金銭的な不安、将来への漠然とした鬱屈があるが、しかしまだまだ希望も小さな夢も楽しみも抱えての日常を、彼女たちは丁寧に生きている。
とてもいいなあ、と思った。

へんなたとえかもしれないが、同世代のキョンキョン小泉今日子がアイドルの頃、嫌いだった。そして彼女が別居と離婚の後、「陰陽師」で出て来た時、その衰退ぶりに愕然となり、思わず「がんばれキョンキョン」と思った。
やがて彼女が本当に元気になり、若い青年と噂もあり、主演映画もあり、はつらつと生きる姿を見せるようになった今、とても明るい気持ちで彼女を応援し、自分もがんばる気になった。
これはどこか今の陸奥作品に対する感情と通じているような気がする。

回顧展ではあるが、わたしの中ではこの展覧会は回顧展にならなかった。
とても新しい気持ちで陸奥さんの「りぼん」時代の作品を見ている。
わたしは子供の頃から<日常から遠く離れたもの>に興味が向いたまま大人になったが、今は日常を健やかに生きる大人の女性を描いた作品にも関心がある。
だから、陸奥さんの作品に心地よさを感じるのかもしれない。
陸奥さんが変わったのではなく、わたしが<成長した>のかもしれない。

陸奥さんの人気はマンガ作品だけではなく、付録にも及んでいる。
眺める内、いくつか「あっ知ってる」が現れてきた。
そして「持ってる、今もあるはず」なものが出てきた。
79年6月号の「スペースファイル」これは今も手元にあり、使っている。
使うと言っても日常の道具ではなく、あるものを入れるファイルとして手元にある、というべきか。
それを変更したり捨てたりする必要がないのだ。なにしろ「使える」のだから。

色んな付録がある。
ミニブック、ファイル、アルバム、手ファン、紙皿、紙トランクなどなど。
陸奥さんだけでなく、他の作家たちの付録も多い。懐かしい、とても懐かしい。
花ぶらんこトランプにも記憶がある。
次の世代、それから戦前の付録も出ていた。「少年倶楽部」などの立派なペーパークラフトなどである。かっこいいなあ。
また「少女倶楽部」では村上三千穂の「彦根屏風たとう」があった。
これは彦根屏風をモチーフにしたのか、可愛らしい絵で再現されているようで、どういうものなのかがよくわからない。
和装小物の畳紙のタトウらしい。
1936年。

びっくりしたのは「りぼん ノートカルテット」なる4冊組のノートの付録。
金子節子、小椋冬美、小田空はわかる。なぜか鳥山明のアラレちゃんまでいた!
今クルマのCMで久しぶりにアラレちゃん一家の動くところをTVでみているが、40年近い前の作品とは到底思えないポップでキュートな絵だった。今目の前にあるノートもそう。

それに76年11月のカレンダーがなんと内田善美のバーン・ジョーンズ風の美麗なモノクロだった。驚いた。
ペイント・ペイントポスターとある。

参考だろうがライバル誌「なかよし」の付録もあった。「キャンディキャンディ」に「おはようスパンク」などである。いやー、本当に懐かしい。
やっぱり付録は楽しい。

79年正月号の「りぼん」表紙絵に記憶がある。陸奥さんの少年と少女が和装で、大きな筆で字を書き、扇子を開いて「あっぱれ」な情景である。懐かしい。
この号では「花ぶらんこゆれて…」「砂の城」「ハロー・マリアン」などが連載中だった。
田渕さんの「ブルー・グリーン・メロディ」もある。

陸奥さんは案外SF好きだということは、なんとなく知っていた。先のスペースファイルでもそうだが、わたしは陸奥さんのSF短編で一本好きなものがあった。
タイトルは忘れたが、今も所々を覚えているので間違いはない。
それらしき作品が紹介されていた。
80年9月号「TwinkleTwinkleあの娘の横顔」かと思う。UFOの落とした青い星屑をうっかり寝ながら食べた少年が…
どう考えてもこれだと思う。ラストが面白かったのも覚えている。

そして現在の陸奥さんの作品紹介があった。
「YOU」誌から離れて竹書房から刊行されたコミックスもあった。
2015年10月には「真夏ノ夜ノ夢」も発表されている。ちょっと身につまされるというか、憧れるいい話のようである。

陸奥さんは北九州の方で、その地のマンガファンの活動にも参加されていたそうである。
その縁でか、この展覧会は北九州にも巡回するそうだ。

12月にもまた少し原画の展示替えがある。
いい心持の陸奥A子展だった。
関連記事
スポンサーサイト
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア