美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

華宵描く美少年剣士/夢二とアールヌーヴォー/きものモダニズム

弥生美術館の高畠華宵室にゆくと、今期は華宵描く美少年剣士の特集だった。
銀座行進曲の「華宵好みの君」もいいが、わたしはやっぱり華宵の時代物の美少年に一番そそられる。
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「日本少年」表紙絵は森蘭丸。「焔と若武者」その顔から肩のアップで、こちらへ槍を突き出すような勢いがある。

桜の下に座る少年武士もいれば、青白い膚に桜の刺青を施した弁天小僧もいる。
短刀一本で大勢の敵に立ち向かう悪少年の美。
モノクロ画像でありながらも豊かな色彩を感じさせるほどの細密描写と、何にもまして美しい少年と。

「南蛮小僧」があった。今回は「虎徹とりあげ」の話である。
長らく新選組と敵対状況の南蛮小僧、近藤組長もいよいよ彼との闘いの日々に終止符をつけようとする。
そこへたまたま南蛮小僧の二人の手下が内輪もめの大げんか。
またこの二人は南蛮小僧が海から現れた真珠だとすれば、地から取り出された琥珀と瑪瑙のような存在なのよ。もう本当に三人の美少年にときめく。
近藤らは二人の少年を捕まえて拷問し(!)、南蛮小僧の居所を吐かせる。
新選組が南蛮小僧の隠れ家を包囲する。
そっと障子の隙間から室内の南蛮小僧を覗く近藤と、その近藤のみる南蛮小僧の麗姿について延々と筆が費やされる。近藤がいかに南蛮小僧の美貌に溺れているかがよく伝わる。
少しばかり青年になりつつある黒羽二重の着物をきちんと着た南蛮小僧の美貌。
ついに堪えきれず、室内へ躍り込む近藤と新撰組。途端に南蛮小僧が天井から下がる紐に飛びついて、一同はわっとばかりに畳下の落とし穴へ…
そして労せず南蛮小僧は虎徹を取り上げる。
手下の二人は体を張って、この計画を成し遂げたのでした。

いつものように陶然と南蛮小僧たちを眺めましたわ。

次にはまた垂涎ものの「武道義理物語 槍持ち少年の死」。坂本鬼城 これがまたとんでもない話で、南條範夫に再話させたいような話。
仇持ちの美少年がある武家に仕え槍持ちとなり、武芸の鍛錬を受けるが、主人の槍を持って歩いていたある日、ふとしたことで別の武家に槍を当ててしまい、主人を守るためにその名を吐かず、代わりにわたしを痛めつけてくださいと。
もう本当に被虐の美がそこにある。悪い侍たち三人に虐待される美少年。こんなそそられるものはないね。
そしてなぶり殺しにされるという時に、駕籠から彼ら悪侍の主人が出てきたが、それがなんと探し求めていた仇。少年は無惨な斬られ方をする。
一人取り残された瀕死の少年のもとへ駆け寄る彼の主人。その今わの際の願いを容れて、主人はあの悪主従四人を「仇討」する。
武道義理物語とは即ち武士道残酷物語でもあるね。
南條なら更に無惨な虐待を強いてくれるでしょうなあ~~想像するだけでわくわくする。

華宵は情熱を持ってこの美少年の死と、悪侍たちの無礼なふるまいを描いてくれてました。
どきどきする…!いたいたしさにこちらまでふるえる。少年は槍持ち奴なので腿まで露わで、その腿の細さにも目が惹かれる。
描かれた腿にときめくのは華宵、伊藤彦造、そして安彦良和の三人だけだな、わたし。
ああ、あぶないなあ…

他に「杜鵑一声」「月光秘曲」などがある。
大正から昭和10年代までは「杜鵑一声」をタイトルにするのが流行ったのだろうか。
彦造にも素晴らしい名品がある。やはりチャンバラ時代劇の時代だけに…ドキドキ。

「月光秘曲」は馬上の若侍が笛を吹くのを、轡を取る郎党が歩みながらじっと耳を澄ませる、というこれまた色々と妄想の余地の多い絵。この郎党は絶対この若主人に惚れてるに違いない、とか色々。

同じく笛を吹くのでは梅林で笛を吹く美少年の絵があった。そこへ雑兵が彼を襲撃しようと忍び寄ってくる。あー、ときめくなあ。

また「月下の二人」「大石主税」などもある。いずれも華宵の美少年を代表する彼ら。
最後は「乱刃の巷」。
天誅組と事を構えた美少年六郎が薬を飲まされ、敵の前で眠りに落ちる。彼を切り刻むつもりの天誅組を制し、別な場所へ連れてゆくことを提案する謎の女。縛られる六郎。
この美女も妖しい。婀娜でおきゃんで、というだけではない。
さらに娘姿を見せる者がいるが、その目つきの強さは少年の女装のよう。
人々の思惑が入り乱れる話。
絵を全て見てみたいものだ…


続いて竹久夢二。
今回は夢二とアールヌーヴォー。
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セノオ楽譜の作品からアールヌーヴォー風なものが選ばれている。
中には天平美人を描いたものもある。
当時は外国文化を採り入れるのも勉強で、全くそっくり同じ構図であっても「パクリ」などとは言われなかった。
夢二はやがてフランスのアールヌーヴォーからドイツの方へ眼がゆく。
雑誌「ユーゲント」の1910年代の掲載された絵をどんどん取り入れていた。
今まで知らなかったが、そうだったのか、と納得する。

雑誌ではほかに杉浦非水、橋本邦助、渡辺与平、橋口五葉らのアールヌーヴォー風味の表紙絵が紹介されていた。いずれも「文章世界」「女学世界」「中学世界」の諸雑誌。

夢二は藤島武二に憧れていたらしい。「蝶」や「みだれ髪」などからも武二のアールヌーヴォーへの愛情は明らかで、夢二はそのあたりにときめいていたようだ。
そういえば面白いことに武二も夢二も「お葉」を共にモデルに使うていた…

夢二作品ではほかに「カリガリ博士」のツェザーレが夜の町に出現するシーンや童画が展示されていた。
こちらも本当にいいものばかりで、嬉しい展示だった。


最後に泉屋博古館分館の「きものモダニズム」の感想も併せる。
須坂クラシック美術館の所蔵する銘仙100選。
丁度華宵、夢二らが輝いていた時代に、銘仙は夢みる少女たちが着こなしていた着物だったのだ。
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銘仙は大正から昭和初期、そして戦後十年ばかりの間、少女から娘さんの着る、着やすい・気安い着物だった。
化学染料が入ってきたことで色彩も増え、輸入されたアールヌーヴォーやアールデコの影響も受けて、モダンなものやキュートな柄のものがどんどん生まれた。

孔雀の羽、バラ、スズラン、チューリップなどの意匠が採用され、大胆な文様になる。
それらは大正ロマン・昭和レトロの夢を示してもいた。

わたしはこれらを眺めながら妙に気恥ずかしくなっていた。
それは、どうしても着物の展示と言うものは「自分が着る」ことを前提に見てしまうからで、その意味では寛文小袖などに大いにそそられる一方で、江戸小紋のシックさを理解できず、さらに銘仙の可愛らしさに照れてしまうのだった。
到底ここにあるものは似合いそうにないのだ。
オオムスメ(!!)なわたくしがやね、袖の長い振袖は着れても、愛らしい銘仙はアカン、というのは一つにはタイプもある。
ここにあるものは殆どみんなキュートでポップなもの、斬新なもので、わたしには到底似合いそうにないのだ。
いやー参った参った。

しかしこんなにもたくさんの銘仙を一挙に見たことで、これまで避けていた気持ちが緩んだのは確かだ。
いつか須坂クラシック美術館に行きたい。田中本家にもまた行きたい。

銘仙を着た若い女の絵が何点かある。
渡辺文子 離れ行く心  これは絣にエプロン姿で、ハンサムに年下の夫・与平の死後間もなくの頃の絵。

北野恒富、多田北烏の銘仙ポスターの美人もいい。

小早川清の全身像の美人もいい。小早川の絵なんて今では野間でしかたまに見るくらいか。

また「三越」の雑誌もあり、銀色の塗料が光るのがオシャレだった。山村耕花らの表紙絵。

大正から戦前の素敵なひと時を愉しんだ。
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