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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

バーク コレクション

バークコレクション

先週18日に見て、書き上げるのにやはり一週間かかった。
今回のツアーはバークに始まり前川國男で終わった。その間に素晴らしい展覧会を多く見た。
特筆すべきは『大いなる遺産 美の伝統』展であった。
結局それに時間がかかり、最初に見たバークコレクションを大トリにしてしまった。

バークさんのコレクション。広島から始まり都美に来て、次はMIHOである。
展覧会の副題は『縄文から琳派、若冲、蕭白まで』日本美三千年の輝き、とある。
わたしの目当ては蕭白の『石橋図』である。
去年京都で蕭白展があったとき、この絵がなくて無念だったが、バークコレクションに収蔵されており、今回の来日を知ってずっと待ち続けていた。

既に見知りの名品が多く含まれていた。
嬉しいことに展示換えなしらしい。前川國男の設計した建物で日本の古美術を見る。
この喜びは大きい。

『縄文土器』 かなり大型のものである。以前諏訪や青森で見た縄文を思い出す。
わたしはバークさんの来歴などを知らぬが、いつ頃この縄文土器に関心を持たれたのだろう。
メイド・イン・古代日本の縄文を『素晴らしい!』と最初に『発見』したのは岡本太郎らしい。
彼より早いのかそうでないのか。そんなことを思うのも楽しい。
それにしてもこの形は見応えがある。巻き方はまるで炎か羊かのように思われた。
羊はイオニア柱。ギリシャ・ローマから伝播するのはもっと後年なのだ。

『埴輪』 頬紅を塗った愛らしさ。中世まで紅は溶かして頬に塗るものばかりで、口紅はその後の発明らしい。この埴輪は六世紀のものらしい。六世紀といえば敏達天皇の頃か。恐らくその前だろうが、顔立ちが何やら懐かしいような感じがする。

『弥生土器』 赤蕪のように見えた。縄文人と弥生人は人種が違うのだから、当然文化も異なる。弥生土器を見ているとその後の日本文化の直接のご先祖と言う感じが強くする。
そして縄文は現代芸術のようにも思えるのだ。

『横瓶』 時代で言えば聖徳太子の頃の作らしいが、一目見て「瓜?これ瓜よね?」と思うような形と色だった。自然釉の流れが瓜を思わせてくれる。半ばに包丁を入れると・・・

『三尊塼仏』 か細い美しい仏たち。上部には天人が飛んでいる。橘寺にあったのか。
顔立ちはとろけているが、なんとも言えず美しい。

『天部形立像』 木像で虫喰いが激しいが、それはこの像の美を損なわない。虫喰いの被害は食い止められているだろう。つまりここから永世の美を保ち始めたのだ。

二種の男女神像がある。
十世紀の方は細かくない彫り方をされている。鷹揚さを感じる。信仰心は湧かぬにしても、何やら親しみを覚えるのだ。
もう一方のは源平の頃の作か、彩色が残っている。男神の皮肉な口許が面白い。雛人形のように並んでいるが男も女も知らん顔だ。

『飛天』が二体ならび、それぞれ動きがある。
この表情の美しさは実際に見ないとわからないだろう。静艶な微笑を浮かべている。指の美しさ。どんな楽器を持っていたのか。
阪神タイガースの鳥谷選手のような面をこちらに向け、シンバルを打つ飛天。

『阿弥陀如来坐像』 袈裟が赤く、リアルな感じがする。わたしはあまり仏像は得手ではない。

『石山切』が二種あるが、アメリカ人の目にこの書跡はどのように映っていたのだろう。
そのほうに関心が湧く。
以前谷中の長屋に住まうアメリカ人の奥さんのエッセーを読んだことがある。
彼女は初めて来日したとき、祭の頃か、不忍池に赤いちょうちんがつらつら連なり、何やら美しい文字が書かれているのを見て「日本人とはなんと繊細な。和歌や俳句をちょうちんに書いてそれを釣るとは」と感動したそうだ。――ところが数年後、谷中の住人になり字の読み書きも出来るようになった頃、再び不忍池に行って例のちょうちんを見るや、愕然となった。
書かれていたのは『和菓子の▲▲』『?○○』『××酒店』どこにも歌はなく、店名社名が極太に書かれているだけだったそうだ。
極太で思い出した。
漱石の随筆にこんなのがあった。
初めて京都に来た漱石の眼に映ったものは、やはりちょうちんだったそうだ。そのちょうちんに極太で『ぜんざい』と書かれている。
千年の都のイメージは瓦解し、後に残るのは『ぜんざい』だけになってしまった。
こうした話は他にもある。
市川昆の映画『鍵』で女中のばあさんが一家全滅をはかる。サラダに毒を混ぜて出したので、京マチ子以下全員が死ぬ。ばあさんが毒を入れていたのは茶筒で、底に汚い字で極太に『どく』と書いていた。
石山切、ごめんなさい。

『不動明王坐像』 これが大きい。快慶だと伝わるが、なるほどそのようにも思える。
すすけて黒くなっているが、眼にガラスか七宝でも入っているのか、きらめきがある。
装飾がきれいで、欲しくなるようなアクセサリーだと思う。手に持つ縄まで残っているが、これは当時からのものか後世のものかは、わたしにはわからない。
なにしろ八百年前なのだ。しかし髪型になにやら覚えが・・・あっ、STAR WARSのジェダイになるまえのパダワン(弟子)と同じような髪型なのか。
そして台座がフランク・ロイド・ライト風なのである。これは面白かった。

お地蔵さんと毘沙門天が同じケースに並んでいた。
快慶作の『地蔵菩薩立像』は着衣の柄がきれいだと思った。わたしはお地蔵さんとお稲荷さんと天神さんには身近なものを感じるので、ちょっとだけ手を合わせた。
それにしても立派な立ち姿である。すっくと立っている。

『毘沙門天立像』 なにやら朝青龍関に似ている。日の下開山の力強さがある。足元には邪鬼を踏みしめている。ところがこの邪鬼たちがくりくりして可愛いのだ。
向かって右は目を剥いているが、なんだかいたずら小僧のようである。左の奴は「ロード・オブ・ザ・リング」のドワーフみたいに見える。似てるなあ。

『灰釉菊花文壷』 この菊は型押しのようだ。灰釉だが、焼成の加減で茶色になっている。
この時代の陶磁器はあまり好みではない。日本も中国も朝鮮も。

『根来黒漆蝶文瓶子』 根来塗りとは、黒漆の上に朱塗りをしたものだと解説にある。
僧兵のいた根来寺。根来衆が拵えたのかもしれない。蝶の文は珍しく、舞楽用かもしれないそうだ。わたしは蝶が好きなので嬉しく思った。瓶子、平家物語を思い出す。
「伊勢のへいしは眇めなり」と囃される話。そうだ、平家の紋は揚羽だった。

同じく『根来朱漆高坏』 明神と書かれている。朱が鮮らかだが、多少の剥落があり、地の黒がちらちらのぞく。昔、我が家にもあったそうだ。重箱。関西の土着民の家には普通にあったようだ。

『住吉物語絵巻断簡』 本体もさることながら、表装の蝶がきれいなのだ。物語は最早消え、こうした断簡だけが世界の果てに点在する。小さい木々があるのは紅葉だろうか。
車に乗るのは姫だろうか。

『平治物語絵巻断簡』 六波羅。馬が走る、ぶつかる、追う、逃げる。若い武士が冑を掴んで引き寄せようとする。戦の情景。これとは異なる情景を確か大和文華館で見ている。

『絵因果経断簡 降魔変』 これは鎌倉時代の作だが、実は翌日『大いなる遺産 美の伝統』で奈良時代のものをみることになる。(その以前にも湯木美術館で馴染んでいる)
お釈迦様の話だ。開かれた絵巻のその情景は、まだ仏陀になる前の悪鬼妖魔たちによる悉達太子誘惑の図なのだが、左右に同じような人物が座っている。片足を組む半跏の姿。刀を持っている。彼らが何者なのかはわからない。それに何故かお釈迦様はもはや仏陀に見える。
悪鬼妖魔たちはなかなか味がある。一つ目の鬼はルドンの『巨人』のようだし、雷神もいれば、マントを着た奴もいる。髑髏もころころいる。雲間に仏の影が見えるようだ。
百鬼夜行ほどの可愛さはないが、面白い。文を少しだけ読む。『龍吐毒』とある。いいなあ。

『春日曼荼羅』へと移る。
わたしは関西人なので春日曼荼羅は色々なものを見てきている。鹿も境内図も若宮も。
細見美術館には特に多いので、鹿が榊と鏡とを背に乗っけている図には親しみがある。
南北朝の鹿は鋭い目を右に向けていた。ちょっとシシカミつまり麒麟のようである。
隣の室町の鹿は白鹿で、左を向いている。山々、華やかな色彩、月。時代が定まったからだろうか。
境内図がある。
以前佐倉の歴史民俗博物館で、『何がわかる境内図』という展覧会で実に多くの境内図を見ていた。満月の下、五尊が浮かぶ。三笠山。三蓋山とも言う。ドラえもんの大好物どら焼きは三笠焼きなのである。その後裔。
桜が所々にある。小さい鹿がいる。静謐と言うより、死都のようにも見えるこの静けさは、異様なときめきを覚えさせてくれる。
若宮。
満月の中、と言うよりむしろ水晶の中に閉じ込められているようだ。
美童である。桜花、燕、蝶の表着袖なし、緑と茶色の合わせ方。剣を手にした若宮は1003年に出現したそうだ。天児屋根尊の子。あまがつ、ではないが名にそれが入るのにもときめく。
春日大社は藤原氏が鹿島大明神を勧請したものだそうだ。だから紋は下がり藤。
その辺の事情を作家・石川淳は『六道遊行』で恣意に自在に描いている。面白くて仕方がない。
わたしの近所に春日大社のお旅所というか、替わりに祀る家がある。やはり下がり藤で、近年指定を受けられた。

『清滝権現像』 せいりゅう、と読む。あら、この女の人知ってるよ。絵葉書を持っている。
唐からの帰途、感得した醍醐寺の僧の夢に現れたそうな。襖の・・・これは桜なのだろうか。
(ところがこれを書くに当たり、所有の絵葉書を見たら、畠山記念館とある。本を買わなかったので、比較が出来ない。同じなのか違うのか。どうもよく似ているから同じ手なのかもしれない)

『釈迦三尊十六羅漢像』 鎌倉から南北朝の時代には神仏画の他に絵はなかったのかと言いたくなるほど、名品が多く残されている。虎とか白鳥とかフクロウもいる。羅漢像は面白い。
話しかけたくはないようなヘンなオジさんだらけだが、ビミョーに楽しいのだ。
下方に大師と太子がいるが、太子の着物が赤色である。本当を言えば黄色なのだが、赤を着ていて、それがくすんでいるから、なかなか面白い。

『源氏物語絵巻』 これはポケットブックと言うのか、当時の読み物だったようだ。紫の上か。
ふと思ったが、ポケットブック系は後の草双紙、黄表紙、コミックへと血脈を繋いだのかもしれない。

『秋冬景物図屏風』 萩、女郎花、桔梗がある。秋の七草はいつから定まったのだろう。
わたしはそれを知らない。室町のこの屏風を見ていてそう思った。

『十牛図』 ああ・・・。個人的追憶もここに来ると泣けてくる。
わたしの高校の恩師とは今も賀状を交わすが、当時から現在まで折に触れて「なぜか」わたしに十牛図の絵葉書をよこしてくる。
自分探しの旅か。先生はユング派の人で、今は担任を辞めて学園でヨガや心の解放とか言うのをされて、広く門戸を開いてはるのだ。幼稚園から高校までの学生やPTAだけでなく、わたしのようなOGにもこうして温かい目を向けてくださるのだが・・・
多分わたしは、ここに展示されている牛のように背を向けているのかもしれない。

『寒山拾得図』 これはそんなにばっちぃーずではない。寒山拾得に豊干といえば、二年前韓国国立美術館のお里帰り展で見た四睡図を思い出す。あれはかわいかった。

『葡萄図』 蔓に蝉が止まっているが、何やら蜘蛛の糸にすがりつくカンダタのように見えなくもない。一般の方はご存じない話だが、電話線には蝉対策用のケーブルがある。それもクマゼミ限定のケーブルなのである。それが西日本全域に張られている。・・・それがどうしたのだ。

『山水図』が二つ出ている。
周徳のをみて胸に浮かんだ言葉がある。
「日暮れて道なお遠し」
周文のもまた、ちっともゆったりした気分になれない。
いつかこうした絵を見て心が和んだりする日が来るのだろうか。

雪村が三枚ある。
『楼閣山水図』『山水図』『竹林七賢図』。
『竹林七賢図』は踊り・演奏する七賢を見て楽しそうな人々のいる絵で、なんとなく私も楽しくなった。赤ん坊にお乳を上げる女の人、見物して笑う子供たちの顔。
そうだ。わたしは遊楽図が好きなのだ。それでこうした山水図がニガテなのだ。

『伯牙弾琴図』 これを見ると「士は自ら知る者のために」という言葉が浮かぶ。段々狩野派が出てきたな。
『花鳥図』 なんか雌の雉がふられているように見えるな。

この先は工芸品に移る。


『鼠志野葡萄文瓜形鉢』 色は鼠志野なので、とても素敵なのだが、瓜形?なのだろうか。四角く見えるのだが・・・

『織部葡萄文瓢形徳利』 これは志野織部と言うらしい。白地に大胆な描きようである。

しかし総体的にバークコレクションの古陶はわたしの好みからやや外れるので、あまりなんとも言いがたい。

蒔絵のいいのも出ていたが、これらをバークさんが好んでくれたのは、嬉しいような気がする。


再び大和絵へ。

『西湖図屏風』 山楽によるユートピアとしての名勝図、と解説にはある。これは一種のテーマパークかもしれない。ユートピアではなく、パラダイスとしての。
そう思えば山水図も愛せるかもしれない。
途端、この絵がテーマパークのマップのように見えてきた・・・

探幽の『笛吹地蔵図』が二枚出ている。
法印になってからのものではなく、少し若かった頃の作に惹かれた。
これはわりとよく見かける作品で、改めて対すると愛しさが湧きあがってくる。蓮の葉っぱの帽子。可愛い。お顔もきれいだ。何の歌を吹いているのだろう。


ここでこの建物内で一番好きな場所へ動く。
離れのような空間。前川國男の意図はわからないが、私には居心地の良い場所だ。学芸員さんもこの場所を巧みに使う。
数年前、アールヌーヴォー展が開催されたとき、ここにパリのメトロが再現されていた。
その場所に屏風が並ぶ。

『大麦図屏風』 なんと胸のすくような景色か。金地に白い麦穂がきらきら煌くように全面に広がっている。ベルギーの二十世紀初頭の絵のようだ。
こうした絵に出合えると嬉しくなる。
古美術が好きなのだが、時折近代を飛び越えて現代に直結しているような作品を見るとわくわくするのだ。
この心境を説明するのは難しい。

『柳橋水車図屏風』 貼り付けた銀の月が酸化して黒くなっている。この作品の親戚のようなものを今はなき萬野美術館で楽しく眺めていた。並べ方の妙か、自分がその場にいて月を仰ぐような気分になる。

『四季草花図屏風』 わたしは花の名前と実物が一致しない。私が正しいかどうかは知らないが、わたしの目で見た花の名を書いてゆく。
シャガ、カーネーションもどき、牡丹、白ゆり、萩、赤い百合、トンボに蝶もいる。左には薄、桔梗、竜胆、菊・・・雪の積もる菊もある。
ハッキリした花の個性が見えて、よい屏風だった。

『源氏物語図屏風』胡蝶を描いている。土佐派の作品。襖絵は雪に鷺という濃やかさだ。
わたしは源氏物語に関しては土佐派の作品が一番好きだ。藤と桜。細かいことを言うようだが、細部を見ていると色んな発見があり、とても楽しくなるのだ。
なんだか秘密が隠されているように思えて、見るのが楽しい。芸術としてはどうかはわからないにしても、楽しいことが一番なのだ。

『平家物語図屏風』 右はこれは小督か、琴を弾いているし。左は大原御幸のようだ。
この後わたしは山種美術館で歴史上の人物を描いた作品を見に行くのだが、そこでは源平合戦図があり、義経八艘飛びなどを見た。今回のツアーにはこうした関連があったりして、なかなか意義深いものを感じている。

『西行物語図屏風』 願わくば 花の下にて 春死なん その如月の 望月の頃
高校くらいの頃憧れたが、大きくなるにつれ(『遁世』と『出家』について考える度に)段々と西行に腹が立ち始めた。同じことは説経の『刈萱道心』にも言える。しかし物語の中に進むと、必ず哀しい気持ちになり、涙ぐんでしまうのだ。
昔の物語に本気になってどうするのか。その都度、反省する。

『武文』図屏風 姫が誘拐され、その船を止めさせるために切腹し贓物を海に擲つ男。
船は転覆し、悪者は死に、姫は救われる。
これは謡曲からの絵柄なのだが、切腹と臓物云々は予測させるだけで、描かれてはいない。
以前、猿之助、勘九郎、玉三郎で『椿説弓張月』をみた。
三島由紀夫脚本の作品を猿之助演出で上演された芝居の中で、そんなシーンがあった。
姫を救うために切腹し贓物を海へ。
これはある種のステロタイプなのかもしれない。
妙にときめく。

『扇流図屏風』 ああ、こういう遊楽図が本当に好きだ。
きれいな小袖。長煙管を持つ女、欄干にもたれる。遊女たちだろう。
この頃は苦界ではなく、「公界」だった「悪所」に勤める女たち。
かむろのオカッパ少女たちが揃いも揃って美少女だ。
長ずると、お姐さんたちより売れっ子になるかもしれない。
流す扇も色々な絵柄を見せている。女三ノ宮の図もある。武蔵野図。一つ一つが味わい深い。
そういえば、花街には投扇興というお座敷遊戯がある。その頃にはこうして川へ扇を流すようなことはしなくなっていたのだろう。

『南蛮屏風』 神戸や堺で見る度に色々と物思うていたが、これをアメリカ人バークさんが持っているということに興味が湧く。
寺の入り口に佇む若侍と南蛮人がちょっとアヤしい。人間の描写がなかなか面白く出来ていると思った。船の様子を見て『カムイ』を思い出した。

『洛中洛外図屏風』 とにかくわたしは近世風俗画が好きだ。遊楽図と洛中洛外図。
わくわくしながら人間の姿を追い、町の佇まいを探る。
やや人物は小さいが、くっきりと描かれた顔である。小吉歌舞伎が小屋掛けしている。清水、知恩寺(百万遍の)、賀茂競馬、愛宕山、大堰川、嵐山、小倉山、その門前で絵解きをする者もいる。目疾み地蔵もある。ちょっと位置関係がずれていて面白い。
洛中洛外図の年代の目安は、二条城と雲の描き方なのだが、細部にばかり拘って、そこのところをきっちり見ていなかった。ばかものメ。

『花見・紅葉狩図屏風』 花より紅葉狩の方が面白い。女客の袖を引く男はこれは何のショーバイなのだね。『夜王』ですか。
煙管で吸うて煙を吐いて・・・遊楽っていいなあ。

『阿国歌舞伎図屏風』 実にこれまで色々な阿国を見てきているが、わたしの最愛は大和文華館のそれである。しかしこの舞台も悪くはない。シンプルな顔の人々。下がり藤の紋か。
都の春の 花盛り 花盛り・・・・・・

『寛文美人図』 無論近世風俗画が好きだということは、小袖も寛文のそれが好きだと言うことでもある。バークさんは時代による着物の変遷に眼を向けてくれていたのだろうか。
そうしたことを追いかけると、とても楽しいのですが。

『立姿美人図』 安度独特の美人は東京ではチラシに小さくしか載らなかったが、広島のチラシでは一面に大きく立っている。しかも扇流しの橋の上に。そして山登りの獅子たちを見ている。いい女だなあ。しみじみ。

『雨宿り風俗図屏風』英 一蝶の有名な絵。これはある種の職人尽図でもあるが、こうしてナマで見てみるとなかなか趣があると言うか味わいが深いなあ。なんとなく、人生の機微に触れたような気がする。錯覚かもしれないが。

『美人納涼図』 縁先に出て寛ぐ女。もうこんな景色、どこにもない。わたしは納涼といえばすぐにオバケ屋敷(それも東映の俳優さんによるもの)、河原町の床、花火大会と連想する。
大阪は暑い。本当に暑い。涼むのはなかなか難しいものだ。

『雪・月・花』 雪で三囲神社、月で首尾の松、花で花魁か。江戸だなあ。わたしは隅田川に花見に行くと、言問団子を食べる。三囲神社へ歩いては『桜姫東文章』を思い出す。そのまま歩いて、白鬚神社へ出るか東向島へ行くか・・・その日の気分次第、予定次第だ。

『百鬼夜行絵巻』が出ている。可愛いわ。大体どの百鬼夜行も可愛いものだ。

『茨木図屏風』 是真の構図は巧いといつも思う。左に飛ぶ茨木。かっこいいなあ。
お婆さんが孫に説明しているが、ちょっと勘違いされておられるので、聞いていてどうしようかと思ったが、孫の方が内容に先に気づいた。おばあさんはご存じなかったのだなあ。
茨木を見ると思い出すのは、六世梅幸の話だ。
彼は茨木の役を得意にしていたが、ある日さるところから招待を受けた。これは趣向があるなと気づいた彼はブレーンを集めて相談し、支度をする。
当日訪れると、門は固く鎖されている。ほとほとと戸を叩き茨木を装うと中へ入れてもらえる。中にいた連中は彼を老女扱いし、上座に据えるが、床の間に大きな木彫の腕がある。
さぁこれかとばかりに腕を持ち上げ見得を切る。皆さんやんややんや大喝采。
そのまま失せようとしたが、実に重たい。それでも出て行きかけたら、皆が一斉に止めにかかる。実はその腕は、さる有名な寺の仁王像のを取り外してきたものだったのだ。
六世梅幸の機知や遊び心に、数寄者たちは大喜びをしたそうだ。
昔の優雅な話だ。今はそんな話、聞きもしなくなった。

『源氏物語図屏風』 傳・宗達らしい。これは胡蝶か。すると先程土佐派でも見たな。

『桜花図屏風』 抱一のセンスが凄い。下を一面銀で潰した。上は金地で桜を描く。これは普通の暮らしからでは生まれないセンスだと思った。
弟子の其一は、それから五十年後に薄青い『菖蒲に蛾図』を描いている。
わたしはこの師弟で主従の二人がどんな感じだったのか、見てみたいと常々思っている。

『三十六歌仙図屏風』 池田孤邨は知らないが、この絵の元ネタは知っている。
光琳の画稿を先月出光で見て、抱一ならぬ抱二とやらが完成させたような絵を見ている。
このちょっと戯画風な絵は、当時流行したのかもしれない。

『六玉川絵巻』 井出の玉川のブルーに心が惹かれた。他の五つもみんなきれいな青色だ。

『唐美人図』 源の唐美人はいつ見ても・どれを見てもなんだか可愛らしい。座る女と立つ女。明朝の小説の挿絵に似ていると感じる。

『月下白梅図』 若冲のこの梅の絵、メトロポリタンにあったのか。時折見かけていたように思う。いや、見ていたから、知っているのだ。
若冲の梅は野梅なのだろうか。
私は梅の種類に詳しくない。息苦しいほどの梅。
しかし今まだ梅は咲いていない。
若冲は京都の人だから北野の白梅を見ているだろう。その梅がまだ咲かない。
梅は咲いたが 桜はまだかいな 
そんな俗謡があるが、もしかするとこちらの梅は桃と桜と一緒に咲くかもしれない。福島の三春のように。

『双鶴図』 これがニガテなのだ。昔はなんとも思わなかったが、あるとき赤江 瀑の『禽獣の門』を読んで以来、鶴のくちばしが怖くて仕方なくなった。だから岡山城の鶴が郭若泡さん(誤字かもしれない)縁のものだと聞いても、怖くて見に行けないのだ。

蕪村、呉春は地元・逸翁美術館でおなじみなのだが、この辺りは申し訳ないことにパスする。雰囲気を味わえたらそれでいい、という気持ちがあるからだろう。

池大雅の奥さん玉瀾さん(なぜかさんづけだ)の『牡丹に竹図』 こういう薄い青色が好ましい。この仲良しご夫婦の逸話が好きだ。
池波正太郎はどうも池大雅のファンだった気がする。『剣客商売』で小兵衛が池大雅の赤富士をせしめる話もあり、また『おとこの秘図』でも主人公の隠し子が玉瀾だという設定があった。
なんとなくほのぼのする。

『飲中八仙図』 わいわいしている。おや、お茶も沸かして。子供らにわんこ。破門されても芦雪はやはり応挙の弟子らしくわんこを描いている。わんこ可愛いゾ。

『月夜瀑布図』 同じく芦雪。なにやら師匠の幽霊画を思わせる色合いで、これは月夜とはいえ靄いでるのか。それともマイナスイオンの力なのか。しかし、カリエールの絵のようにも見えるし、シルバープリントの古い写真のようなにおいもする。これが滝の絵でなく都市なら『死都ブリューゲル』のようだ。

さて、いよいよ蕭白である。
わたしは蕭白の『石橋図』が見たくて今回の東京ツアーを思い立ったのだ。

奈良県立美術館に『狂女図』がある。今はタイトルが変更したかもしれない。水色の着物を着た女が裸足で立っている。水鳥の羽が見える。この絵が初めての蕭白体験だった。
更に新聞で見たのが『石橋図』。丁度「連獅子」を続けて見ていた頃で、興味が倍増した。虹の飛沫のように見えたのだ。
ところがこの記事を切り取り損ねた。
不覚だった。そのままずっと意識に残り続けたのだが、一体何年かかったろうか。
それから千葉市立美術館での蕭白展のチラシ。青鬼と赤い腰巻の童子。ジャータカらしいが、どう見てもヘン。
不気味で愛らしい。そんなキャッチコピーだったと思う。
数年前、舞踏家の大野一雄が前述の『狂女図』に想を得て「枯れた狂気を舞う」という新作舞踏を発表された。
わたしはそれをドキュメントで見ていて感動した。モダンバレエ、舞踏に愛を感じるわたしは、当時既に相当な老人だった大野が静かな身振りで舞うのにも、蕭白の世界を表現するのにも、感動を覚えたのだ。
以来、大野一雄と蕭白が二重写しになり始めた。
そして昨年、京都国立博物館で蕭白展が開催された。
これには『石橋図』がなかったのでがっかりし、蕭白と芦雪をカプリングした画集を購入したのだが、私は元々『奇想の画家』を好むので、これはこれで随分楽しめた。
が、その直後にバーク・コレクション展のチラシを入手したのだ。
うれしかったなあ。
遂に見ることが出来るのだ。
関西ではMIHOさんに来る。待てない。広島へ行くか。行けない。
では東京だ。
1月3月は予定済みだったが、2月は考えていなかった。
18.19しか開いていない。幸いにも飛行機のバーゲンフェアが取れた。
行くと決めた途端、前川國男や大いなる遺産が目の前に現れた。
わたしは綿密なスケジュールを立てる性質なので、回り方を考えた。それで空港から直行で都美に向かうことにしたのだ。

2月18日午前9時少し過ぎ。
わたしはバークコレクション展の中にいる。


『許由 巣父 ・伯楽図屏風』 出たー出たー怪しいオジさんたち。
穢れた話を聞き耳を洗うというより、這いずる変なオジさんにしか見えないし、牛にその水を飲ませないようにしようとするのか、逆に飲ませたいのかわからんオヤジだー。
伯楽は薬物中毒なのか。怪しいなあ。馬も不穏な奴らだし。こういうのがいかにも蕭白なのですね。
へんな人々。

『石橋図』 ああ、遂にこの目で見る日が来た。
中ほどに立つ唐獅子がうちの猫・茶ーチャンによく似ている。わんさかわんさか登りよる獅子たち。堕ちます。あーれー。登る登る登る。なんだかツール・ド・フランスの山越えラルプ・デュエズみたいだな。このうちの一匹くらい拾うてもわからへんのちゃうかしら。そんな気がする。
しかしこんなにようけ(=大勢)獅子がいる言うのも、変な話だ。もしかして日本が世界に誇るラッシュアワーの情景なのかもしれない。


エハガキも色々購入して、機嫌よくわたしは都美を出た。
ここから不忍池を越えて弥生美術館へ向かうのだった。
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コメント
こんばんは。
いくら「すらすら~」っと書かれてしまうと
言われてもこれだけの文章と質だと
書き上げるのにさぞかし大変なことでしょう。
お疲れ様でした&有り難う御座います。

行ってからしばらくたつので
これを読ませていただき
忘れかけていた作品が
思い出されてきました。

蕭白の怪しげなオジサンの顔とか。。。
2006/02/27(月) 21:17 | URL | Tak #JalddpaA[ 編集]
こんばんは。TBとコメントありがとうございます。
ご感想を拝見してまた展覧会のことを思い出しました。
美の伝統展と同様に、
あれもこれも書きたくなってしまうような展覧会でした。

>しかしこんなにようけ(=大勢)獅子がいる言うのも、変な話だ。もしかして日本が世界に誇るラッシュアワーの情景

確かそうですね。
もうぎゅうぎゅうになって我先と電車のドアーへ向かう。
その先がまた会社というのが辛いところですが…。
2006/02/27(月) 21:51 | URL | はろるど #-[ 編集]
★Takさん こんばんは

もうホントに量が量ですし、いいのだけ抜粋しようと思うのですが、欲どおしいと言うのでしょうか、書かないと気が済まなくなりまして←バカバカバカ

字ばかりで読みにくいことハナハダシイので、まったく申し訳なく思います。



☆はろるどさん こんばんは

鮨詰めならぬ獅子詰めの『石橋図』でした。
行った甲斐のある展覧会と言うのは、長らく心に残るものですね。
へんな感想で恥ずかしい限りですが、とても楽しいキモチになる展覧会でした。
2006/02/27(月) 22:34 | URL | 遊行 #-[ 編集]
ただいま~どうやら戻って参りましたぁ・・・
でも、未だに現場にいる夢でうなされてます。
ふり返りレポを書いて提出するまでは、折角の遊行ワールドに
浸れそうになくて・゚・(つД`)・゚・
私のもう一つのブログひっそり貼っておきますデス。こんな活動をやっています↓(最初のh抜きになってます)
ttp://gsj-tky68.seesaa.net/
(今の所「天地と遊ぶ」とはリンクさせておらず、HNも道草でやっていますので、よろしくお願いします。)



読む前にどんどんログが増えて、いつ追いつけることやら~♪
2006/02/28(火) 09:47 | URL | 山桜 #-[ 編集]
おはようございます。

道草に 見上げて気づく 山桜

花びらが 降りかかる道 進むなり

乙女子を 連れて歩めり 光る道

山桜さん江。
2006/02/28(火) 10:17 | URL | 遊行 #-[ 編集]
遊行さん、こんにちは
バークコレクション展、実は1月に行ってましたのでTBさせていただきました。
「毘沙門天立像」私も朝青龍関に良く似ているなぁと思いました。(とっても精悍な顔つきでしたよね!)
かなりの量で最後には首が痛くなりましたが、これも大満足な展覧会でした。(今年は見ごたえのある展覧会ばかりで書くほうとしては嬉しい悲鳴が出てしまいます。)
2006/03/02(木) 12:12 | URL | アイレ #-[ 編集]
こんにちは アイレさん。

素敵な記事をTBありがとうございます。

本当に今年は良いのが多いですね。
わたしはただただダダダダダーっと書き倒すので読みにくいばかりですのでちょっと反省です。

もうお引越し終えられたのでしょうか。
今から遊びに行かせてもらいます。
2006/03/02(木) 12:32 | URL | 遊行 #-[ 編集]
遊行七恵さん
ありがとうございます。嬉しいです・゚・(つД`)・゚・
記念に戴いていってよろしいでしょうか?
大切にしてこれからの励みに致します。
2006/03/02(木) 13:13 | URL | 山桜 #-[ 編集]
こんにちは 山桜さん

いや、立派な活動にびっくりでした。
私には到底できない活動です。
いつも毅然としたものを感じていましたが、それがこうした活動に役立っているのですね。

俳句もらっていただけるとは、光栄です。
特に三句目はこれからの活動を寿ぐ気持ちで作らせていただきました。

無頼なわたしですが、やはりこれから道を行く人たちには光る道を歩いてほしいと思います。
2006/03/02(木) 14:37 | URL | 遊行 #-[ 編集]
こんにちは☆
TBとCMMT有難うございました。
まいどまいどのことですけど、本当に素敵な遊行さんの文章に出会えて幸せです。
あのお化粧をした埴輪、可愛かったですよねー。
朝青龍もいました!いました!わたしも同じことを思いました。
年末年始にカンボジアに行ったんですけど、あちらは目玉を盗まれた仏像が多かったので、
目玉のきれいな仏像達が幸せに暮らしてるように思いました。
MIHOさんは展示替えもそうですが、通路が狭いのが残念でした。
屏風絵なんてちょっと離れないと全体が見えないのに
それができなかったんですよね。。
でも、あれだけの山奥なので空いてたのがラッキーでした♪
2006/05/25(木) 17:52 | URL | はな #-[ 編集]
こんばんは はなさん
めめめ、目玉ナシの仏像~~?あそうか、ガラスか宝玉かなのですね。いやもしかしてクメール・ルージュ・・・

>目玉のきれいな仏像達が幸せに暮らしてるように思いました。
なんだか想像してしまいました。
仏の畑の落穂・・・

MIHOさんは中国のよいものを沢山持ってはりますね。
2006/05/25(木) 21:50 | URL | 遊行 #-[ 編集]
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