美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

アンコールワットへのみち

龍谷ミュージアムにまで「アンコール・ワットへのみち」展を見に行った。福岡に始まり京都に来て、更に全国へと回るそうだ。
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クメールの神仏像を堪能した。
今回福岡のチラシと京都のチラシとを持っていたが、どのような内容なのか知らないままで見に行ったが、とにかく神仏像がずらり。それに圧倒された。

福岡のチラシ
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真ん中から開くようになっている。
裏はこう。イメージ (41)
全面を開くと…
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ブラフマーだった。

プレ・アンコール時代というべき時代の像から13世紀初頭のバイヨン様式まで70体以上の神仏が立ち並ぶ。
巨大なものはなく、中には青銅の小さいものも並ぶのだが、いずれも存在感が大きい。
そしてクメールのものだけでなくタイ、ミャンマーの仏像も並ぶ。文化というものは交互に影響を受けあうと、素人目には区別がつかなくなるものだと思った。

これまで見てきたクメールの神仏像といえば大阪市立美術館での大々的な「ロックフェラー・コレクション」と松岡美術館、東博のコレクションが主で、その胴体の肉の強さ、唇の厚さなどが印象に残っている。
今回は時代による様式の変化を詳しく解説もされていて、それで初めて知ったことも少なくなかった。

一概に「たくましい」体であることに間違いはないが、それでも時代により肥痩があり、堂々たる正面向きか・一歩進みそうな膝の出るものか・腰をくねるものか、それらの違いを知った。

基本的に男性像は立派な体格に編み上げた髪、それを覆う・あるいは抑える被りものをつけ、腰には褌と腰衣というスタイルである。
女性も半裸で豊かな胸を露わにしている。
暑い地方なので、当時はそのように半裸で過ごしていたのかもしれない、と想像をする。
ヒトの暮らしを神仏像に反映させることも少なくないからだ。
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1.カンボジアの石彫像
ヒンズーの神々が居並ぶ。
ヴィシュヌ、パールヴァティー、ラクシュミー、シヴァ、このあたりはほかにブラフマンも含めてよく知られている。
だがここで耳慣れない神も現れる。
プラジュナーパーラーミターである。漢字をつければ般若波羅見多となる。
日本では般若心経の中の文言としてその字面は知られているが、こちらでは三次元の形を得ている。

勉強不足なのまで初めて知ることも多い。
西暦802年からアンコール時代となるそうで、その800年前をプレ・アンコール時代と呼ぶそうだ。
実はわたしはカンボジアを最初に「認識」したのは1982-83年頃だった。
高階良子のコミック、アニメ「装甲騎兵ボトムズ」の第二部などでポル・ポト政権やクメール・ルージュを知った。
そして続いてあの映画「キリング・フィールド」に出会ったのだった。
十代半ばのことで、まだそのころはアンコール・ワットもクメール仏もなにもかも遠いままだった。

今回、6-7世紀のプノン・ダ様式から始まり、サンポール・プレイ・クック様式、クレーン様式、バケーン様式、コー・ケー様式、プレ・ループ様式、バンテアイ・スレイ様式、バプーオン様式、12世紀のアンコール・ワット様式、最後のバイヨン様式までのその時代時代ごとの神仏像を堪能したのだが、実は未だにその様式の細かい違いをきちんと把握しきれていない。

やはり共通して「立派な胴、やや平たい顔、厚い唇、冠」という姿しか思い浮かばぬのだが、この展覧会ではありがたいことに時代による様式の違いの表を出してくれていて、それを見ていろいろと納得した。

冠帯、褌、腰衣の表現などに少しずつ差異がある。
高い髻を抑える冠帯に施された精密な装飾。花柄が続くうち、時代が下がると連珠文も現れる。
後ろではその結び目がきちんと刻まれている。
妙なところで律儀だとも思う。そしてそれが愛しくもある。

もみあげの処理は男女共にきりりとされていた。鼻は正面から見れば広がってはいるが、横顔をみるといい具合に高い。

シヴァ神も三日月を髻につけ、その額に第三の目を開くのは10世紀前半のプレ・ループ様式のあたりからのようだ。

とはいうものの、やはりその細かいところの違いを教わらない限り、わたしの目にはほとんどその差異は映らなかった。
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・タイの宗教彫刻
こちらはインド様式を受け入れて独自に吸収消化した、と解説にあるが、やはりカンボジアのそれに似ているように思う。続くミャンマーでもそうだった。
三者ともたとえば女性の場合、豊かな胸を持つが、これは鳩胸らしい。やっぱり立派な体格をしている。

ミャンマーのパガン様式 11-13世紀の葉蝋石で造られた仏伝七相がいい。
中央に仏陀の触地印(要するに片手が地を触る)を置き、その周囲に彼の七つの出来事が配置されている。
狂った象を鎮める、生誕、涅槃、鹿野苑などなど。
これは30個近くあり、たいへん緻密。それ以外は皆像である。

ニューデリーの所蔵品や日本各地の所蔵写真をパネル展示して、それらとの違いを記したり、説明の手助けとしたりしているのもよかった。
わたしは降三世明王の足元にいるのがシヴァとパールヴァティ夫婦だとは気付いていなかった。

最後に子供らの感想と似顔絵を貼ったコーナーを見ると、ゾウの頭のガネーシャがやはりたくさん描かれていた。
みんなゾウさんが好きなのだ、やっぱり。

ところで今回の像は一体どこの所蔵品なのか、とうとうわたしにはわからないままだった。
複数の所から来たのか、どなたかのcollectionなのかどうかさえ。
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